ep1 3宇宙編
ついに3章に突入です。この章で一旦区切りがつく予定です。
オービタル・スペースポート・ハブ。通称オービタルポート。それは、国際宇宙ステーション「ISS」をベースに増築・改修された宇宙港である。地球から来るシャトルと、国際銀河空港やその他、太陽系各地へ向かう宇宙船が係留する、言ってみれば乗り継ぎ用の空港という事らしい。どうして乗り換える必要があるのか疑問に思ったが、色々と複雑な事情があるそうだ。
美月が一番驚いたのは、宇宙にあるにも関わらず、地球と同じくらいの重力があったことだ。地球よりは少し身体が軽く感じるが、支障はない。寧ろ、体重計の恐怖から逃れられる好環境と言えるかもしれない。
2重の同心円リング状のモジュールと、6本スポークホイールを持つ車輪型の外観を持つオービタルポートは、その外観通り車輪の様に回転しており、遠心力を用いた擬似重力を発生させている。美月たちが居るこの外周のリングモジュールはサードリングと呼ばれ、地球やアースポートへ向かう定期便のターミナルや、レストラン・ホテルなどが並ぶ、民間人に開放された区画である。
サードリングの内装は、ありていに言ってしまえば、極一般的な地上の地方空港の様な物だった。通路の隅にガラスケースに入れて地方の名産品や、ご当地の祭り神輿でも展示すればまさに地方空港そのもの。といった感じである。外宇宙との交易がまだ本格化していない今現在、プレオープン状態で内装がガランとして、閑散としているためそう映るのかもしれない。利用者がほとんど居ないことも寂しさに拍車をかけている。
そんな寂れた通路を少し進むと、「出国審査」と書かれた電光掲示板の並ぶゲートに辿りついた。このゲートを越えると国境を越えて、どこの国にも属さない、本当の意味での『宇宙』に出るのだそうだ。なるほど。こうやって、宇宙への出入りを管理する。これが、ここで乗換えが必要な理由のひとつらしい。
一般客ではないということで、美月たちは簡単な身分照会をパスして、ゲートの奥へ進んでいった。
「まさか、外国よりも先に宇宙に来ることになるとはねぇ」
あたりをキョロキョロと見渡しながら、感慨深げに、美月が呟きをもらす。
「そっか、美月は初めてだっけ」
対して、横を歩くミィはもう慣れきったといった様子だ。
「うん。こうやって実際に見ると、宇宙時代なんて言葉をようやく実感できるよ」
「そんな大げさなもんかなー。地上からたった400キロだよ。小笠原より近いじゃん」
「いや、水平移動と垂直移動じゃ大変さが違うから」
ミィにツッコミを入れて、口をつぐむ。これ以上ミィの相手をしてこの感動が薄れてしまったら勿体無い。他国に降りたフーリヤ大使や、彼らが招待した各国の国賓と合流する待合ロビーに向かう道すがら、美月は、初めての宇宙旅行の行程を振り返る事にした。
「成田空港までは迎えのリムジンで行って下さいね」
キャバ嬢からのメールにはそう書かれていた。普通の空港?美月が不思議に思ったが、やっぱり迎えのリムジンが到着した先は普通の成田空港だった。
やたらと重いギュウギュウ詰めのトランクに苦戦しながら、空港のエントランスに向かうと、そこで木場にばったりと出会ってしまった。それもそのはず、木場もキュアストル・デイル行きのメンバーに数えられている。
「げ。木場……さん…」
うっかり目が合ってしまい、反射的に一歩引いてしまう美月。
「うっわ、三角形」
ミィは露骨に嫌そうな顔をして隠そうともしない。
「ふん。教養のない民間人が。せいぜい、日本に恥にならんようにおとなしくしていたまえよ」
なんて嫌味を言われる。こんなんだから、みんなに嫌われるんだ。
宇宙港で美月に嫌味を言うも、一緒にいるメリルとアランを見つけて「非礼があっては事だ」と顔を青ざめさせて退散していった。
「あの無礼は自覚あったんだ」
「だれだ、あんなの呼んだのは」
美月は呆れてミィが憤慨する。
「さぁ、どなたでしょうね」
「僕たちは政府枠として、招待状3枚お送りしただけなので」
「人選は自主性にお任せしてありますの」
「くじ引きだったのかな?」
「選考ミスかもしれませんわね」
メリル・アランの木場に対する評価もよろしく無いようで、言葉に刺がある。
これ以上、空気が悪くなるのも嫌なので、美月は3人を連れて、搭乗手続きを済ませることにした。
しかし。
キンコーン。
荷物検査でブザーが鳴り、美月は止められてしまった。
「大変申し訳御座いませんが、ご利用の便は手荷物の重量制限がございます」
ゲート係員にやんわりと注意される。
どんな服装で行けば良いのか解らずありったけの服を詰めてきた。他にも、化粧道具やらアクセサリーやら、手当たり次第持ってきた。「セレモニー」という身の丈に合わないセレブな響きの単語に完全に気圧され、始まる前から敗北を喫している美月である。
「ドレスは用意させましたわ。侍女も居ますし、くつろげるお洋服だけで大丈夫ですわ」
メリルがそう言ってくれたので、小さいバッグ1つに最低限の物だけを詰め替えた。
「ふひひ。美月、カッコ悪ぅー」
笑いながら隣のゲートをくぐったミィだったが。
キンコーン。
やっぱり止められた。
「お客様、武器の類の持込はご遠慮くださいませ」
「えー」
口を尖らすミィ。
「ちょっと!何持ち込むつもりだったのよ!!」
「ただの木刀だよ」
「なんでそんなものを…」
そんなこんなで、なんとか搭乗手続きを終えて、指定の便に乗り込む。
普通の空港で普通の搭乗手続きだったが、美月たちの搭乗を待っていたシャトルは、流石に外見から普通の飛行機ではなかった。
純国産の有人宇宙往還機、あかぼし。その3番艦 きらぼし(煌星)。
メリルとアランから見れば「危なっかしい超旧式」ということらしいのだが、3年前の夏の宇宙人初来訪時に得た技術資料の中から、現在の日本の技術・設備で再現可能な機能を最大限に盛り込んで開発された最新鋭宇宙往還機である。
そういえば、このシャトルの就航時には、「宇宙文明との交易が盛んになれば安く高性能な宇宙往還機が購入できるにも関わらず、交易が始まる前に国産の有人宇宙往還機が存在した。という前例を作るためだけに高い開発費と研究費を投じて建造した」等とメディアで叩かれていたのを思い出す。
そんな世間の向い風があった所為だろうか、普段は、種子島の宇宙センターでひっそりと運用されているのだが、今日は、ここぞとばかりに活躍を見せようと、フーリヤ使節団のお迎えという名目で成田まで来たそうで、一般の空港から乗客を乗せて宇宙に飛び立つのは今回が初なのだそうだ。
美月が「戦闘機を麺棒で伸したような外見」という設計者が聞いたら涙するような残念な評価をした、鋭角ながらも扁平なその姿は、大気圏再突入時にはリフティングボディとして機能し、厚みのある翼は、地球の引力を振り切るのに十分な燃料を蓄える燃料タンクになっている。ちなみに、燃料タンクは翼内部を全て占有してもまだ足りず、それこそ上等なタイ焼きのように、頭から尻尾の先までぎっしりと燃料が詰まっていると言われているのだが、その話は本当のようで、外観に対して機内は驚くほど狭かった。中央に人がすれ違うにも難儀しそうな狭い通路。それを挟んで両脇にはエコノミーを更に一回り小さくしたようなシートが1列。左右5席の計10席。天上も低く、飛行機の中というよりはマイクロバスの車内。といった感さえもある。更に、1席に1つの間隔で備え付けられている窓が、美月の携帯しているコンパクトの鏡とどちらが大きいか?という程に小さいのも機内の狭さを一層際立たせている。
美月は、荷物棚に少ない手荷物を押し込んで、席に着く。「高い開発費」と世間に叩かれたシャトルのシートは、高価なだけあってか、狭いながらも座り心地は悪くなかった。
美月とミィとメリルとアラン。それに、木場を含めた役人3名の計7名。全員の乗客が乗り込んで、パイロットが乗客シートベルトの確認を行いしばらくすると、シャトルはゆっくりと滑走路に向かった。
小型機には似つかわしくない巨大な2機のエンジンが唸りを上げて滑走を始め、ついにシャトルが飛び立つ。しかし…飛び立つプロセスは普通の飛行機と同じだった。
実際には、アフターバーナーを炊くエンジン音が普通の飛行機に比べ何倍も五月蝿い事と、小型機にも関わらず大型機用の長い滑走路を目いっぱい使って少々オーバラン気味に離陸したこと、離陸速度が一般の飛行機に比べ速いこと等、少々の違いはあったものの、よほど常日頃から飛行機に乗っているか、飛行機に詳しい人間でなければ気付かないだろう。
美月は、ロケットなのだから垂直に飛び立つくらいの事は予想していたのだが、あまりにも普通で拍子抜けしてしまった。
しかし、ここは宇宙往還機。離陸した後は、普通の飛行機とは加速力が違う。機内に備え付けられた現在の速度と高度を知らせる液晶モニタは、ものの20分で高度2万メートル・マッハ2の到達を知らせる。オンデマンドの映画や音楽配信も、飲み物の機内サービスも、機内食も、フライトアテンダントさえも存在しない機内での楽しみは、このフライト情報を流し続ける液晶モニタと、小さな窓からの眺めだけである。
美月は、窓に顔を寄せて、外の眺めを覗き見る。雲海が遥か下方に広がり、空は、地上や国内線の飛行機から眺めるよりもずっと暗い紺色に見える。空が暗いのは、大気が薄く、青い光を乱反射するレイリー散乱の効果が薄いためらしい。少しだけ、宇宙が近づいたような気がして嬉しくなる。
しばらく、窓から眼下の雲海を眺めていた美月だったが、今朝は朝まで語り明かして完全に寝不足。いつしか睡魔に負けて、うとうとと眠りに落ちていた。
そして、ミィに起こされて美月は驚いた。なんと、目が覚めたらそこは宇宙だった。ついでに言うと、オービタルポートに到着して停泊した後だった。機内に木場たちの姿は既に無い。「窓の外が青から紺色に変わる瞬間は感動しますよ」キャバ嬢に言われて是非とも見たいと思っていたが見事に見逃してしまった。
「なんで起こしてくれないのよー」
あまりのショックにミィに当たるが、
「あれだけのGがかかったのに、なんで起きないのさ」
逆に不思議がられてしまった。
そう。思い起こすも何にも、ほとんど寝ていて肝心な部分は覚えていない。帰りの便ではしっかりと起きて、キャバ嬢の言う「感動する瞬間」をしっかり目に焼き付けようと決意するのだった。
そう、これまでの行程を反芻しているうちに、待合ロビーに到着した。ロビーは、欧米・アジア・アフリカ各国の様々な人種と各国に渡ったフーリヤ使節団の面々で溢れかえっていた。日本からの便が一番最後だったようで、美月たち一行が待合ロービーに到着すると、みんなゾロゾロとアースポート行きの便が出るターミナルへと向けて歩き出す。美月もみんなの後について、一番最後に並んで歩き出した。周囲は大人ばかり。それも各国の政府関係者だったり学者だったり……。どうにも居心地が悪くて萎縮してしまう。
そんな、アースポート行きターミナルへ向かう途中でミィが急に立ち止まってこんな事を言い出した。
「あ、ヤベ。シャトルに忘れ物しちった」
「何よ、忘れ物って」
「正装」
「はぁ?」
「取ってくるから美月ちょっと待っててよ」
言うが早いか、ミィはシャトルの方に駆けていってしまった。
「え、ちょ、ちょっとミィ!」
ターミナルに向かう人たちは、どんどん先に歩いていってしまう。美月は、一人ぽつんとミィの戻りを待つ事になってしまった。
壁にもたれてボーっとミィを待っていると、不意に
「氷守さん」
と声をかけられた。
「え、あ。邦堂さん。邦堂さんも来ていたんですか」
声の主は邦堂だった。こんな場所で出会うのは何かの偶然……なんてことはないだろうが、少し、心ときめいてしまう。
「えぇ、何かあった際の代役としてね。政府の意向です。僕は1つ前の便で来ました」
「そうだったんですか」
「氷守さん、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」
「はい?あたしに?何でしょうか」
「キュアストル・デイル行きを変わってもらえませんでしょうか?」
「え?キュアストル…?」
耳慣れない単語に戸惑う美月。
「あぁ、フーリヤの母艦の名前です。全長4キロの式典用に改装された真紅の戦艦で、それはそれは美しい船だと聞きます。僕はどうしてもパーティーに参加してみたいのですよ」
芝居がかった大袈裟な身振りで力説する。男の人はやっぱり宇宙船とか好きなんだろうか。でも…
「それは…」
美月は言葉を詰まらせる。たしかに、自分が行くには場違いである事は間違えないし、自分から望んで来たという訳でもない。それでも、メリルとアランは美月がパーティーへの参加を承諾した時にとても喜んでくれた。だから…
「ごめんなさい。身勝手で、バカップルだけど。二人の好意を裏切ることは出来ないわ」
「そうですか…」
邦堂が残念そうにゆっくりと首を振った。
「でも、邦堂さんも参加出来ないかメリルたちに頼んでみます」
肩を落とす邦堂を見て美月が慌てて言い繕う。しかし、邦堂の顔が晴れることは無く、より一層の影を落とす。
「それでは困るのですよ」
邦堂持つ影が闇に色を変えた。
「はい?」
邦堂の重い口調に、美月の中に言い知れない不安がよぎる。
「僕は氷守さんたちの能力を高く評価しています」
「はぁ、えと。ありがとう……ございます」
褒められているとは思えない声のトーンに戸惑いながら、それでもなんて返して良いのか解らずに礼を述べる。そうじゃない。そんな事じゃない!美月の頭の中で、もう一人の自分が警鐘を鳴らす。「邦堂は信用ならねぇ」そう語る東郷の顔が思い出される。
「僕は、計画の邪魔になる要素は事前に排除することにしています」
眼鏡のブリッジを指で押さえる仕草で、静かに告げた。それを合図に、物陰からガラの悪い男が二人姿を現し、邦堂の両サイドに立つ。
「え?」
美月は意味が解らず、不安と恐怖に肩を押されて身じろぐ。
「それでは、代役を立てるために、何かあってもらわなくてはいけませんね」
邦堂が冷たい笑みを浮かべた。
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