ep1 3宇宙へ 02
誰も来ない、ガレージの様な場所に美月は捕らわれる。周囲には、使われていないコンテナやクレーン。腕はロープで縛られ、目の前には、先ほど邦堂の両脇に現れたガラの悪い男二人。両方とも、東郷ほどではないが、体格の良い体育会系で、美月が暴れたところで敵わないのは、先ほど証明済みである。美月は絶体絶命の大ピンチだった。
邦堂は、美月を捕らえたのを見届けると、後は手下に任せてそのまま、国際銀河空港行きゲートの方へ歩いていってしまった。
信じていたのに、この前は助けてくれたのに、邦堂に裏切られた。結局、邦堂の事を疑っていた東郷のほうが正しかった。悔しくて、悲しくて、涙が出そうになるのを必死に堪えて、目の前の男たちを睨みつける。
美月の姿を見た男のの片方が
「おぉ、怖いねぇ。お前も殺しはしねーよ。終わったら返してやる」
と、口を滑らせる。
「ミィも捕まったの?」
「いや、そっちはこれからだ。別の仲間が張ってるから。そろそろ連れてくる頃だろうよ」
美月の質問に、腕時計に目を向けながら、つまらなそうに男が答える。もう一人の男が「あまり余計なことをしゃべるな」と、たしなめた。
無機質なガレージを沈黙が支配する。口を開くことで、少しだけ和らいでいた不安が再び大きく膨らみだす。
そんなさなか、不安に駆られる美月に追い討ちをかけるように、停電が起こった。辺りが暗闇に閉ざされる。
「きゃっ」
突然の出来事に、美月は短く悲鳴を上げて目を瞑る。恐る恐る、目を開けると、非常電源に切り替わったようで、電気系統は回復していた。しかし、ただの停電ではなかったようで、館内アナウンスが「通信設備に異常が発生したため。設備の回復まで全ての便を欠航します」としきりに報じる。美月を見張る男たちは慌てた様子もなくニヤニヤしているのが不気味だった。彼らの仲間が何かを仕組んだのだろうと、容易に想像が付く。
しかし、ここまで順調だった男たちの予定に僅かな狂いが生じた。突如、
「フォォォオオオオオオオ!」
という、なんとも妖しげな叫びがガレージに響き、急接近してくる。
「なんだ!?」
男が振り向き上を見上げると、そこには天井から吊られたクレーンのワイヤーに掴まり、振り子の原理で急落下してくるミィの姿が!ミィの捕獲は失敗していたらしい。
「石膏ボンバー!!」
バコーン!
安易な技名を恥ずかしげもなく雄叫びつつ、ギプスをはめた左腕を突き出しラリアットを喰らわせる。あまりの衝撃に吹き飛ばされた男は、もう一人の仲間も巻き込んで、ドラム缶の山に頭から突っ込み、哀れ、白目をむいてドサリと倒れた。
「うひょー。想像以上の破壊力!ミィ様108の暗殺拳でも殿堂入りだね、こりゃ。……あ、美月。おっまたせー」
ついでと言わんばかりに美月に手を振って、なおも揺れるワイヤーから、猫のしなやかさでストンと床に下りるミィは、何故か丈の長いスカートのセーラー服姿で、丹念に潰された薄い革の学生鞄を携えていた。
「ちょっと、ミィ。腕大丈夫なの!?」
「へーきへーき。ほら、鉄板仕込んであるもの。ぐるっと腕を囲むパイプ構造で強度も万全だぜ。昔、師匠が学生鞄に鉄板仕込んでたの思い出してさ、これだ!って思ったのよ。女番長師匠、ありがとーっ」
虚空に向って涙を流しながら敬礼するミィ。
「学生鞄に鉄板?何?昔の不良マンガ??」
「女番長師匠は、寒い雨の公園で濡れるミィをそっと抱き上げてくれたのだよ。くぅっ、泣けるね!」
「…高濃度のホラ話はいいから、早くあたしのロープ解いてくれないかな」
助けに来てもらってアレだけど。とは少しだけ思ったが、完全に冷めた口調で催促する。
ミィにロープを解いてもらって、今度はそのロープで伸びている下っ端二人を縛り上げる。
そして、ミィが二人の顔をペシペシ叩いて起こし、美月が問い質す。
「さっき、お前『も』殺しはしない。って言ったわよね。あたし以外の行方不明者。それって、京浜さんの事じゃないかしら?」
「ねえ、ど う な の?」
黙り込む男の胸ぐらをつかんですごむ。男は情けない悲鳴を小さく上げてポツリポツリと話し始めた。
「そうだ。持っていた名刺にそんな名が書かれていた」
「ほーう。それで、今は?」
「い、いま?」
「無事なんでしょうね」
「危害は加えちゃいねーよ」
最後は涙目で、白状する。
「どこにいるの?」
「埠頭の倉庫」
「はぁ?」
「こういうのは埠頭の倉庫がお約束だろう?ドラマなんかでよくあるだろう?」
「これはドラマじゃないんだけど」
「お約束通りがかっこいいって、ボスが…」
「誰よ、そんな事言うの」
法堂さんじゃないよね。心のなかで焦りつつ問い質す。
「斎藤って奴ですよ。普段は切れ者なんだが、こういうのが好きなんだよ」
男の言葉に安堵する。
「それで今度は何を企んでいるの」
「大使の暗殺だよ。日本にいる間は責任問題になるから手を出せなかったんだが、ここから先は実行犯としてバレなければ日本だけが責められることもないって訳でな」
縛り上げた悪漢から京浜の居場所を無事に聞きだして、ミィに向かう。
「ミィ、法堂さんを追うよ」
「りょーかい」
「と、その前に。京浜さんの居場所を報告しておこう」
「そだね、東條ちゃんが必死に探していたし、黙っていたら可哀想
だ。にししっ」
地上と連絡を取ろうと、携帯電話を取り出す。地球全体をカバーする通信衛星ネットワークを用いる携帯電話は、今や低軌道上のオービタルポートさえも通話圏内に数えている。通話料金が少々お高い
のが玉に瑕だが、仕事の経費で落ちるので些細な問題である。しかし、何故か今は圏外表示で使えなくなっていた。仕方が無いので、ガレージにあった内線で管制に繋ぐ。最初、相手は英語で話しかけてきたが、まったく解らないので日本語で一方的に騒いでいたら、見かねた日本語の堪能なスタッフが出てくれた。誠心誠意話せば解ってくれるものだ。日本語が通じるのなら、話は早い。みなし公務員で警察権限を持つIDで身分照会を行いまずは信用を得る。日本に連絡を取りたいと申し出るが、外部との通信が一切出来ない状況だと聞かされた。
美月たちが搭乗する予定だったアースポート行き118便が管制宙域を離れた途端、アンテナ設備が破壊されたのだという。さらに、レーダー類も破壊されているため以降の便は全て欠航したまま、再開のめどは立っていないという。
フーリア大使暗殺の危機だと事情を説明したら、「旧ISSの名残を残すファストリング(車軸部分)に残る、今は使われていないアナログ通信システムから、静止衛星軌道上に残る、昔にハム無線の通信用に打ち上げられたアマチュア衛星の生き残りを介して地上と交信できるかもしれない。と提案される。
「ただし、今時アナログ通信を受信できる環境を持っていて、今現在誰か1人でも通信回線を開いて受け取ってくれる人がいなければ無駄に終ってしまいます。可能性の低い賭けだと思います。それでも構いませんか?」
管制官の声は晴れなかったが、ハム無線なら問題ない。JA3Sの標準装備の一つである。まさか、こんな所で役に立つことがあるとは思わなかった。そのことを管制官に説明すると、すぐにでも決行しようと言う事になった。
美月たちは、管制官に指示されたとおりに、スポーク部に設置されたエレベータに乗り、急いでファストリングへと向かう。(縛り上げた悪漢は、常駐の警備班が回収してくれるそうだ)
回転の遠心力による擬似重力の影響が弱いファストリングは、ほぼ無重力状態だった。それに、一部にISSのモジュールがそのまま残されているせいか、無機質で狭くて古めかしい。昔にテレビで見た宇宙ステーションの姿そのものだ。初めての無重力に戸惑いながら、狭いトンネルを潜り抜けるようにして、アナログ通信機の残るモジュールに入り、内線で管制に繋ぐ。さっきの日本語が話せる管制官が出てきて、日本上空の静止衛星机上にあるアマチュア衛星を中継して地上に繋ぐ準備をしてくれた。「あまり、あまり長くリンク出来ないから、簡潔にね」管制官がそう忠告する。「周波数はわかっているの?」
「ゴクローさんでお願いします」
「?。あぁ、日本の語呂合わせネ」「少しだけ待ってね。⋯はい、オッケーよ」
「こちら美月です。東條さん。当間さん。聞こえていますか」
しばらくは一方的に呼びかけていたのだが
、程なくして東條から応答があった。
「え、氷守か?何だ珍しいな。どうした、何かあったか?」
「それが、緊急事態なんです。」
美月はできるだけ簡潔に説明をした。
「なんだって、京浜の居場所が分かった?ふむ。ー埠頭の倉庫だあ?そんな場所を選んだバカはどこのどいつだ?」
「知らないけど斎藤って人らしいよ?」
「斎藤ってあれか、太陽の子供達の斎藤か?」
「だから知らないわよ。下っ端が愚痴でそんなことを言ってたの!」
「まあいいか。捕まえるきっかけがあるわけでもないし」
「それにしてもナイスタイミングだ。良くやった!」
「ちょうど京浜の別居中の奥さんと娘さんが来ていてな。いつかこうなるんじゃないかって心配してたのよー。って泣かれて大変だったんだ」
「それはそれは、ご苦労さま」
「今から行って、京浜の野郎を解放してくるわ。」
「いってらっしゃい」
「やあやあ、話は聞いていたよ。美月くん、お手柄じゃないか。あとは暗殺を阻止しないとだね。」
無線の相手が東條から当間にかわった。そして、
「何としてでもキュアストル・デイルへ行き邦堂を止めろ!」
との指令が出た。
「通信衛星、地球の影に入ります」
管制官の声と共に通信はノイズにまみれて、地上との通信は切れた。
「何としてでもキュアストル・デイルへ行き邦堂を止めろ!」通信の最後で当間隊長は言っていた。そうは言っても、今日の定期便シャトルはもう無いという。
「よし、そこらのシャトルを頂こう!」
ミィが大真面目にとんでもないことを言い出す。
「はぁ?この子は何てことを言い出すの!?」
ミィの発言に呆れ声で美月が返す。
「隊長が何としてでもって言ったもん」
「そういう事じゃ無いと思う」
「隊長が何としてでもって言ったら、何しても良いんだよ」
言っていることが無茶苦茶だ。しかし、そうこう言っているうちに
手遅れになったら…。
「それじゃ、こうしましょう。そこらのシャトルをお借りする」「よっしゃー、決定!勝手にお借りするんだね!」
「ちゃんとことわります!」
「で、断られたら、強行でお借りするんだね!」
「……」
なんで、こうも物騒な方向に思考がいくんだろう?
そんな物騒な内輪揉めをしていたら、
「セカンドリングに1機だけすぐに飛べるシャトルがありますよ」管制のおねーさんがとんでもない事を言い出した。「セカンドリング27番ゲートです。大手商社のプライベートシャトルですね。」「よっし、それだ!」ミィが大張り切りで、来た道を引き返す。「え、ちょっと。待ってよ」置いて行かれてはたまらないと、慌てて美月も後を追う。
リングの直径が小さなセカンドリングでは、働く擬似重力がサードリングに比べて弱く、ふわふわする。が、無重力のファストリングよりはずっとましだ。美月たちは、指示された27番ゲートへと向かい、シャトルに乗り込んだ。IDで身分照会を行うと、ライセンスがありません。と、エラーが出た。宇宙船の免許なんて持っていない。「困ったことがあったら、こっちのIDを使ってくださいね」キャバ嬢が、にこやかに手渡してくれたもう一つのIDをかざすと、ライセンスOKとでた。「キャバ嬢やるねー」ミィは口笛を吹いたが、これって、偽造ID?とは言え、今はそんな事気にしている場合ではない。シャトルのAIを起動すと「対話型ナビゲーションシステム、DOLAです。当機はペーパーパイロットの方にも安心してご利用頂けます。」と音声アナウンスが出た。
アースポートへは、低軌道にあるオービタルポートが持つ軌道公転速度7.7km/sの遠心力を最大限に活用して、砲丸投げの要領で向かうのがもっともロスが少ない道筋なのだが、オービタルポートの公転周期である90分に1度(正確には、オービタルポートの公転周期と、アースポートが浮かぶL1ラグランジュポイント。つまり、月の公転周期の二つが出会うタイミング)にしかそのタイミングはやってこない。しかし、シャトルに搭載されたイオンブースターと光推進セイルを使えばそこまで大きな時間のロスにはならないという。何より、オービタルポートのシステムは侵食が進み崩壊寸前だという。職員にも避難勧告が出されているため、今すぐにでも飛び立つしかない。ただし、遠心力から擬似重力を作り出すオービタルポートは常に回転しているため、オービタルポートの射出タイミングだけは間違えてはいけない。間違えれば、最悪、地球に向けて一直線…という事もある。
美月たちは、キュアストル・デイルのフライトプランとオービタルポート、アースポートの現在位置情報を受け取って、管制官に礼を述べ、衛星軌道上を後にした。オービタルポートから、緊急避難艇が次々と飛び立つのが、ちらりと見えた。
位置情報をシャトルに入力したため、自動操縦で事足りる。ただし、キュアストル・デイルのフライトプランに変更があった場合は途中でランデブーすることは出来ないそうだ。その際は、アースポートで新たなフライトプランを受け取って、追いかけなければ行けない。何事もなく、キュアストル。デイルに出会えることを祈るばかりだ。
拝借したシャトルはセイルを展開して高速航行に入った。自動操縦なので、これといってやることもなく、ようやく二人は一息つくことが出来た。
「で、何なのよ、その服装」
落ち着いたついでに、さっきから疑問に思っていたことを聞いてみる。
「ん。正装」
「……じゃぁ、師匠ってのは?」
「え?何さ?」
「ほら、さっき口走ってた女番長師匠って」
「んー。昔、ちょっとね」
「まさか、お婆さんの若い頃とは言わないでしょうね」
「まっさかー。でも、おしいね。ばーちゃんの孫だよ」
「結局その関係者かっ」
「それがまた、なかなかのワルでさー。ちょーカッコよかったから師匠と仰いで夜な夜なミィも人間の姿になって、一緒につるんだもんさー。あの頃は若かったにゃー。いわゆる青春ってやつ?」
「そんなアウトローな青春なんか捨ててしまえっ!…それはそうと、ギプスは?」
「んぁ?それがさー、大笑い。さっきの石膏ボンバーで割れちった」
「笑ってる場合かっ。仕込んだ鉄板で安心とかいう話はどーしたのさ」
「そんな事言ったっけ」
「言ったわよ!それに、どーすんのよ。治りかけどころか怪我したばかりだってのに無茶して」
「あー」
「あー。じゃなくて」
「うん。治った」
「はぁ?」
骨のヒビはケロリと治っていた。「ちょっと痛くても舐めておけばすぐ治る」ミィの言葉は本当だったが、単純に回復力の違いで、舐める事に一切意味は無いのだろう。
ともかく、到着するまでに少し時間がある。なにせアースポートまでは32万キロメートルという、とてつもない距離なのだ。地球一周が約4万キロメートルなので、地球8周だ。
「いったい、どんだけマイレージ貯まるのよ」
美月がぼやく。アースポートから出港したキュアストル・デイルと途中で鉢合わせになる予定なので、まるまる32万キロの旅、という事にはならないはずではあるが、それでも途方に暮れるほど遠い。
「着くまでの間、少し休みましょう」
美月の提案に、「そーだね」とミィも同意する。二人は、シートでしばし仮眠を取る事にした。
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