そして二人で
杏とマリアが現代に戻ってきてから、既に一年。今日はクリスマスだ。
当初、マリアは杏のことを相変わらず『天使様』と呼んでいたが、杏の粘り強い説得により『杏』という名前を口にするようになった。
ちなみに杏はマリアを、これまで通りの名で呼んでいる。マリアは育ての親がポルトガル人の司祭であったため、洗礼名と本名が同じだったのだ。
アパートの自分たちが暮らしている部屋で、天より降ってくる雪を窓から眺めつつ、マリアが呟く。
「それにしても、どうして、わたし達は〝たいむすりっぷ〟? ――時空を跳んだのでしょう?」
「ああ、それは……」
マリアの疑問に杏が答える。
「マリアは〝天使に会いたい〟と、私は〝聖母に会いたい〟と、強く願うことで、時代の境を越えたんだ。でもその奇跡の魔法は〝天使〟あるいは〝聖母〟と思った相手と口づけすることで解けてしまい、元の時と場へ引き戻される――そういう仕組みだったんだと、思う。私の推測だけど」
「でも、あの刑場で」
恥ずかしそうな口調になる、マリア。
「杏がわたしに口づけした時、杏だけが戻るのでは無く、わたしも一緒にこの時代へやって来ました」
「だって、あの日はクリスマスだったろう?」
杏は、いたずらっ子のような表情になった。
「神様が、私とマリアに特別な贈り物をしてくれたのさ」
「天帝様が……」
マリアは胸元で十字を切り、少し心配げな顔になる。
「もし、わたしと……杏がまた口づけを交わしたら、わたしはここから消えてしまうのでしょうか?」
「あれから一年、私たちは唇を合わせることは無かったからなぁ……。それじゃ、良い機会だから確かめてみよう」
「え! そんな、ダメです!」
「その〝ダメ〟は、どちらの意味?」
「ふざけないで、杏! わたし、あなたの側から、離れてしまうのは……」
涙ぐむマリアの顔を、杏は両手で優しく包む。
「ごめん。からかいすぎたね。でも大丈夫だよ。もうキスしたとしても、タイムスリップが起こることは無い」
「どうして、そう言い切れるんですか!」
「あの奇跡は、私がマリアのことを〝聖母〟だと、マリアが私のことを〝天使〟だと、固く信じ込んでいたからこそ、起きたんだ。ただの人間相手に、奇跡が起こることは無い。マリアはもう、私のことを天使だとは思っていないよね?」
「当然です! あ……あんな淫らな天使様は居ません」
マリアの頬が真っ赤になる。杏はタイムスリップ現象が二度と起きないように、口づけ以外のことを、マリア相手にイロイロとやっていたのだ。
「お風呂で、あんな、あんなところに手を滑らせて!」
「いや~。私が天使だっていう誤解を、マリアがなかなか解いてくれないから」
「杏は、エッチすぎます! 天使様は、エッチじゃ無いんです!」
マリアは現代で過ごすうちに、変な言葉も覚えてしまった。
おもに杏の責任である。
「私も、もう、マリアのことを聖母だとは思っていないよ。マリアは、マリアだ。たった一人の私の大切な人だ」
「杏……わたしにとっても、あなたは〝たった一人の人〟です」
杏とマリアは身を寄せ合い、口づけをした。
長い時間、それとも一瞬か。二人の唇は離れる。
二人の周りの風景は、何も変わっていなかった。
もう、奇跡は起きない。
でもそれこそが、二人にとっては掛け替えのない奇跡だった。
「メリークリスマス、マリア」
「メリークリスマス、杏」
今日はホワイトクリスマス。
二人が一緒に迎える、二度目のクリスマスだ。
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