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おんせーん!

「はぁ……」

「広いな」

「今日中に突破は無理だよ」

 ヴィートが弱音を吐いた。

「ああ、言い忘れたけど。出口はもうわかってるんだ。僕たちがやってるのはフィールド調査だからな」

「えーっ! そうなの?」

「ミケーレ、知らなかったのかよ」

「てっきり出口を探してるもんだと」

「イザベルたちがもう調べてるよ」

 僕が書き込んでいるメモを、全員が覗き込んだ。

「この数字は歩数だよね」

「一歩の長さがわかれば距離が割り出せる」

「追い掛けられたりしてわからなくなったら?」

「追い掛け回される前の場所から計り直しだな」

「すごい、何、この記録。行ってない場所の情報までびっしりだ!」

 オリエッタが感心するニコロの前に顔をぬうーっと出す。

「索敵担当はこれくらいできるようにならないと駄目」

 鼻水を啜った。

 そういうお前はこのフロアでは役に立ってないけどな。

「そうか、索敵担当ってこういうこともできないと駄目なんだ」

 地図の書き方は以前、ジョヴァンニたちには教えたけれど、ニコロたちには話だけで、現物の資料を見せたこともなかった。

 獣人の探知能力は人族の想像の外にある。『認識』スキルを持つオリエッタはさらに輪を掛けて能力が高い。そのせいもあって今は苦しんでいるわけだが。

 自業自得だ。匂いのない世界には耐えられないと悪臭漂う結界の外に飛び出しては、卒倒しかけて戻ってくるのだから。

「リュックのなかに入っていた方がいいんじゃないか?」

 オリエッタは意地を張ってリュックの上でしばらく踏ん張っていたが、諦めてすごすご頭から潜っていった。

 リュックのなかは外部に匂いが漏れないように匂いを遮断する付与がされているので、僕が結界を解いたとしても、オリエッタが悪臭に襲われることはない。

「ああ?」

 僕は思わず声を上げた。

「ん? 師匠?」

「団体が来る。八体だ」

「え?」

「え?」

「犬?」

「スケルトンとゾンビだ」

「割り振るぞ。右からトーニオ、ヴィート、ミケーレ、ニコロ、ジョヴァンニ。魔力多めで一撃で仕留めろ。第一波を片付けたら同じく右からトーニオ、ヴィート、ミケーレ。ニコロとジョヴァンニは突破されたときを想定して待機!」

 僕の張った結界の後方に荷台を横付けし、子供たちは一列に並んで到来に備える。

 敵はこちらの存在に気付いたようで、アンデッドなりに足早になった。

「ナーナ!」

 ヘモジが先頭に立って身構える。

「第一波が来た!」

 オリエッタがリュックから顔を出した。

「全員、構え!」

 トーニオの指揮の元、全員が荷台に並んで杖をかざした。

「間合いに入り次第、それぞれ攻撃開始!」

 射程の長いヴィートとジョヴァンニが先制した。あっという間に二体が燃えた。

「ニコロ、ミケーレ、頑張れ。僕たちが付いてる!」

 意を強くしたふたりも炎を放った。

 ふたりを見届けたトーニオもほぼ同時に魔法を放った。

 第一波を全員が余裕でクリアーした。

「次やるぞ! 構え!」

 一斉に第二波が放たれた。

 接近される前に無事、残りを撃破した。

 青く周囲を照らしていた骸の炎がゆっくりと消えていく。

「やった!」

「おっしゃーっ!」

「師匠!」

「よくやった。今日一番の戦果だな」

「ナーナンナ!」

 全員が諸手を挙げて喜んだ。

 感激が一巡すると避けては通れぬ探索タイムである。こぞって持ち物を漁る。ゾンビからは何も期待できないので、というより誰も近づきたがらないので、まずスケルトンからだ。

「ヴィート! 盾だ。付与付きがあったぞ。使うか?」

 小型の円盾をトーニオが見付け、オリエッタがすぐさま鑑定した。

 ヴィートが持つと中型の盾になるな。

「重い……」

『重量軽減』の付与が入っていたようだが、やはり、それでもヴィートには早かった。当人も今の自分には無理だと悟って、すぐ手放した。

 そして意を新たにした。

 結界の方が今の自分には有効だと。


「ゴブリンの攻撃を返せるようになったら、とりあえず合格だな」

「弓矢は怖いよ」

「ほんとはもっと弱い敵で練習するもんだけどな」

「安全な練習法はないの?」

「安全な結界の外側に自分の結界を展開させて貫通しても大丈夫な状況で練習するとか。ちょうど荷台に乗ってる今の状況で自分の結界をガーディアンの結界の前に展開させるんだ。後はそうだな…… 雪合戦ならぬ砂玉合戦もいいかもしれないな」

「それ知ってる! 雪をぶつけ合うんだよ」

 ヴィートが声を上げた。

「雪って氷だろ? 痛そう」

 ミケーレが言った。

「違うよ。かき氷よりふわふわなんだよ。僕も見たことはないけど」

 冒険者だった両親から教えて貰ったのだろう。

「ようし、明日は砂玉合戦だ!」

 ジョヴァンニが拳を握りしめた。自分が有利だと思ったのだろう。

「その前に術式、覚えないと」

 ニコロが冷静に夢想を遮った。

「あー、もう! 術式覚えるの苦手だよ」

 ミケーレが首を振る。

 その歳でエルフ語を覚えようというのがそもそも無茶なのだ。単語を砕いて意味を覚え、難しい発声も正しく身に付けなければならない。

 遊びの延長で身に付くものなら、多少困難が伴うとしてもその方がいい。

「怪我しないようにな。勿論、顔を狙うのは絶対駄目だからな」

「わかってるって」

「トーニオ頼むな」

「了解」

「俺にも頼めよ!」

「…… ちゃんと加減しろよ」

「師匠ーっ!」

「冗談だよ、冗談! 頼んだ。頼んだぞ、ジョヴァンニ」

「全然頼まれた気がしないよ!」

 子供たちの笑い声がカビ臭い通路の果てまで響き渡った。

「砂玉は表面だけ薄くカリッと、当たったら簡単に割れるようにな。中はそのまま、ふわっとパラパラにな」

「師匠、なんか料理みたくなってるぞ?」

「兎に角、怪我だけはしないように!」


 アンデッドフロアは意外に広く、ただゴールを目指すだけでも一日掛かりだということを知った。

「宝箱ぐらいあると思ったんだけどな」

 全体図の三割が未踏に終わった。昼食を外で取らなきゃ行けたかもしれないが、さすがにそれは致し方なきこと。

 結局、最後まで碌な報酬がなかった。おかげで躊躇なく回収品を手放せるというものだが、果たしていくらになることやら。

 売り物にならない物は人手があるうちに倉庫で解体することにした。

 装備品に使われていた金属は不純物を取り除いて純度の高いピカピカの塊にした。

「うわぁあ、きれい」

「師匠、これ欲しい! 部屋の置物にする!」

「俺も!」

 ヴィートにジョヴァンニが乗っかった。

「自分で形変えてもいい?」

「みんなの報酬だからな。好きにしていいぞ」

 子供たちはその場で粘土細工ならぬ、金属加工を始めた。

「鉄は硬過ぎて、ちょっと無理……」

 全員が音を上げた。

「そっちの銅でやってみろよ」

「あ、これならなんとか」

「でも、あっちがいい」

「ほっとくと錆びるからな」

「毎日、磨くだけでも土魔法の練習になるな」

「誰もやらんだろうに。婦人の手間を増やすな」

 後でゴミ扱いされて捨てられちゃいそうな前衛的な代物から、ただ四角くカットしただけの横着な物まで思い思いの置物ができ上がった。

「三日で飽きる」とヘモジとオリエッタが確信を持って頷いた。


 ボロボロの布なども捨てずに洗い、即席で作った箱のなかに放り込んだ。汚れや不純物などを拭き取る手拭きに使える。

 革も使えそうな部分は取っておく。原皮から始めなくても済むので、ちょっとした革製品の修繕や小物作りに重宝するだろう。

「ガーディアンだ!」

 モナさんの『ニース』の陰に噂の中古が置かれているのをジョヴァンニが発見した。

 外装を取っ払ってあるところを見ると、内部に問題が生じているようだ。

 駆動系か?

 以前、ヘモジが壊したケースに似ている。

「この部品さえあれば…… パーツごと交換しなくても済みそうだな」

 補給物資はすべてパーツ単位で持ち込んでいるので、部品だけ取るのはもったいない。最新鋭機と骨董品の『ニース』の物だから、合うとも思えないし。

 部品取り用の古い機体がもう一体あればいいのだが、あいにく今ここにはない。

 僕のスキルなら壊れた部品の完全再生も可能だが……

 モナさんとしては自分で直したいところだろう。気長に部品が手に入るのを待つか…… 形だけなら旋盤でも造れるだろうが……

 金属という物は純度が高ければいいというものではない。靱性や耐熱性を上げるために敢えて一定量不純物を混ぜていくことも必要なのだ。工房でも熱心に研究しているが、ドワーフやエルフの秘術、冶金という技術がまさにそれである。

 だから部品によっては形だけマネしても役に立たないことがある。

 壊れた部品はまさにそれだった。

 どうするのだろう?

「本人に聞くのが一番。もう一回消臭して」

 オリエッタに四度目の浄化魔法を掛ける。

 どうしても臭いが気になるようで、臭いを嗅いでは浄化魔法を繰り返しせがんだ。

 鼻が馬鹿になってるんじゃないか? もう気のせいだって。

 じゃなきゃ、無臭という臭いが気になってるんだ。

 猫は自分の匂いを気に入った物になすり付けて安心する生き物だから、自分の体臭がないと困るんじゃ? 猫又はどうか知らないけど。

 そのオリエッタが帰宅後、目を丸くした。


「温泉! おんせーんッ!」

 爪を立てながら両手を天にかざした。

 我が家の四階地下倉庫に新しい扉が追加されていた。

『空室』の下げ札が扉の脇にぶら下がっている。

「はーはっはっはっ。見たか! チビ共!」

 大伯母が子供たちとオリエッタとヘモジの前でふんぞり返った。

 扉を開けるとすぐに男女の仕切りがあって、奥に小さな脱衣場ができ上がっていた。が、浴室前で一つに繋がっていた。

「混浴?」

 オリエッタがのぞき込む。家庭の風呂を混浴と呼ぶのはどうかと思うが、要は仲良く使えということだ。

 子供たちは見慣れない脱衣場の棚と竹籠のセットを見ながら首を傾げた。

「その籠に脱いだ物と着替えを入れるんだ」

「ふーん」

「変なの」

「この籠どうしたの?」

「回収品だ。ちょうどよさそうな品を見付けたのでな」

 なるほど、脱衣籠にしては若干深過ぎる。

「うわー、でっけー」

 ジョヴァンニがいきなり曇りガラスの浴室の扉を開けた。

「湯気で何も見えない」

 湿気に満ちた空気がいい感じに暖まっていた。

 自作のタイルが壁にも床にも填め込まれていて、既に爺ちゃんちの風呂場と遜色がない。

 地下なので窓がないのが気掛かりなのだが。

「換気どうなってんの?」

「上から抜けるようにしてある」

 どこから抜けてるのかわからない。高い天井に独特の美意識で積み重ねられた化粧板のどこかに空気の流れがある。

「では、次行くぞ」

「次?」

「我が家だけではズルかろう? 当然、住人のために大浴場を用意してある」


 入り口が砦側と居住区側からの二カ所あると言っていたが、脱衣所までが別なだけで、その先は一緒だった。

 豪華絢爛。巨大な浴場だった。浴室の半分は港湾区を囲う壁に面した露天になっていた。当然、のぞかれないように高い場所にあり、むしろ港湾区を望む絶景ポイントになっていた。

 勿論、混浴ではない。

 男女とも温度差で湯船が三層に分かれていた。

 我が家まで水を引くための縦坑予定地がまるまる消えた。

「うちの水道は?」

「水を汲み上げるためだけに広い空間を使うのはもったいなかろう? それに粉を挽かんでどうする」

 僕たちが造っていた水道橋の砦側がすごいことになっていた。

 水路が三段に積み重なっていて、それぞれの高さまで三台の大きな水車がリレーしながら水を上層へと上げていた。

 水路は我が家を頂点とした勾配を利用しながら砦中を巡り、いつでも家庭に水道を通す準備がなされていた。

 廃墟から回収された脱穀用の水車小屋が、組み上げられようとしていた。

 脱穀できる穀物が育つまで急ぐ必要はなさそうだが。

「いつの間に……」

「廃墟から回収品がいろいろ入ってきたからな。町の様子もがらりと変わるだろう」

 空には星が。港の大型船にはまだ明かりが灯っていた。



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