病識について
事実を告げずに去り、傷つけたかつての、詩の仲間への謝罪も込めて。
こんにちは、龍です。
今日は暑いから、午前中は家でエッセイという名の雑談をすることにしました。
雑談とはいえ、内容はタイトルの通り重たいです。
人によっては具合が悪くなったり、激しい怒りが湧くような話をするので、諸々当事者の人はここで読むのやめることをお勧めします。
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私は、旧統一教会の宗教二世です。20年以上前に母と共に脱会しました。以来、いわゆるカルト教団・あるいは統一教会に類似した思想には極力近づかないように生きてきました。
が、世間を騒がせた「山上事件」が起きてからは、当事者コミュニティへの参加、通院等、より具体的な方法で自分の過去と向き合わざるを得なくなりました。
過去と向き合わざるを得なくなったきっかけはいくつかあるのですが、インターネットでの言論活動をしていたことは大きかったんだと思います。
元々は、アル中と希死念慮を抱えつつ何とか生きていくために、「なろう」でエッセイを投稿し始めたのですが。
そもそもの原因を避けながら生きてきたために、「自分でもよく分からない爆弾を持っている感覚」が常にありました。破壊衝動といってもいいのかもしれない、その爆弾を言葉で表現する手段が詩の投稿だったと、今になっては思います。
自分自身の「トラウマ」に向き合う必要があると意識し始めたきっかけは、ここ「なろう」の詩ジャンルのランキングでした。というのは、当時の詩ジャンル界隈には、いわゆる「精神世界系」のコミュニティができていて、神秘的な世界観のある作品を投稿される作家さん達が何人もいたのです。
私はそれらの作品群を初めて見た時に、こう思ったのです。
「統一教会コミュニティができてる!」と。
それでどうなったかといえば、付き合いのあった詩の仲間に迷惑をかけました。
あとは、別のサイトに移動することでしか、自分や知人を傷つけるのを防ぐ方法が無いような状態でした。
当時の私は「霊」などのオカルト的なものを極力避けて生きていたために、「スピリチュアル」「精神世界」などの、いわゆる亜宗教ジャンルの存在を知らなかったのです。知らなかったうえに、自分自身の状態に関して自覚が無かった。
今まで回避してきたものが突如目の前に現れ防ぎようがなく、恐怖と怒りに飲まれてしまったのです。
というわけで、あらすじやまえがきでしつこいくらいに住み分けを強調している次第で。
日本心理学会の記事(1)によれば
PTSDは①再体験症状,②回避症状,③脅威の感覚の高まりという中核的な3症状カテゴリーの症状をそれぞれ有し
とあるのですが。
これらの症状全てを自分が持っていると自覚したのは、39歳で通信大学の学生になり、心理学や精神医学の入門編、児童発達心理学、依存症、等の授業をを受講中のとき。
講義を聞き、テストを受けている最中にふと「あれ、私病気なのでは。しかも普通のPTSDではなくて、複雑性PTSDなのでは。大本の原因は、カルトだろうな」と腑に落ちたのでした。
(心の中で思った事をそのまま文字にしています)
と、ここまで語ってみて疲れてきたので、続きは夕方以降にでも。
良かったら、またお会いしましょう。ごきげんよう。
(1)日本心理学会【小特集】複雑性PTSD より
https://psych.or.jp/publication/world097/pw07/




