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第1章「遅刻」

2028年。東京。普通の高校生・ソウタの、普通の一日。

テストをさぼって、友達とくだらない話をして、コンビニでツナおにぎりを買って帰る。

ニュースでインドの感染症のことを言っていた。遠い話だと思った。自分には関係ないと思った。

まだ時間はある、と思っていた。


目覚まし時計が七時に鳴った。


ソウタは動かなかった。仰向けに寝たまま、天井を見つめていた。天井には小さなシミがあった。去年の雨漏りの跡で、父はいまだに塗り直していなかった。ソウタはそのシミを暗記するほど見慣れていた。ときどき北海道に見えた。ときどき猫に見えた。今日はただのシミだった。


数学の小テスト。今日。三時間目に。


勉強していなかった。


ソウタは習ったことを何か思い出そうとした。二次方程式。判別式とかいうもの。公式は教科書のどこかにある。教科書はカバンのどこかにある。カバンはドアのそばのどこかにある。


全部、遠すぎた。


目覚ましは鳴り続けた。ソウタはボタンを押して、誰にともなくあと五分頼んだ。誰も反対しなかった。目を閉じた。


五分が十分になった。それからお母さんがドアをノックした。


「ソウタ。ご飯が冷めるよ。」


「行く。」


「五分前にも同じこと言ったよ。」


「今度は本当に行く。」


ベッドから起き上がった。部屋は狭かった――開いたこともない教科書が積み重なった机、陸上大会の参加賞のトロフィーと何冊かのマンガが並んだ棚(最下位だったけど)、もう聴かなくなったバンドのポスター(剥がすのが面倒だった)。普通の男子の、普通の部屋。


ソウタは起き上がり、靴下を見つけ、制服を見つけ、二回髪を梳かして、それで十分だと判断した。


朝食


台所は味噌と焼き魚のにおいがした。お母さんは背を向けてコンロの前に立っていた。父はもう出かけていた――茶碗は洗われて流しに置いてあり、スーツのジャケットはハンガーから消えていた。


テレビでアナウンサーが話していた。


「……インド・ウッタル・プラデーシュ州で原因不明の感染症が数百人に確認されました。症状はインフルエンザに類似しています。インド当局は状況は管理下にあると述べており、WHOは専門家チームを……」


ソウタは箸を取り、テーブルについた。


「食べた?」お母さんは振り向かずに聞いた。


「食べてる」とソウタは答えた。


「教科書は全部入れた?」


「入れた。」


「数学忘れてない?」


ソウタは部屋の机の上の教科書を思い出した。「入れた」と言って素早く立ち上がった。


三十秒後、教科書を持って戻ってきた。お母さんが振り向いてソウタを見た。ソウタは涼しい顔で座り直した。


「小テストの勉強した?」とお母さんが聞いた。


「もちろん。」


お母さんはもう一秒ソウタを見た。それからコンロに向き直った。ソウタは息を吐いて、ご飯を手に取った。


ご飯は温かかった。魚はおいしかった。窓の外では東京がいつも通りに目を覚ましていた――騒がしく、予告なしに、誰にも許可を求めずに。ソウタは食べ終え、皿を片づけ、カバンを取った。


「帰りに牛乳買ってきて」と台所からお母さんが叫んだ。


「わかった」と廊下からソウタが叫んだ、スニーカーを履きながら。


忘れるだろう。でもそれはあとの話。



東京の秋はアスファルトのにおいがした――夜の雨上がりの。それと、地下鉄の出口で売っている焼き栗のにおい。ソウタはカップを一つ買った。すぐに指が温かくなった。歩きながら栗を食べて、急ぎ足で通り過ぎる人たちを眺めた。


みんなどこかへ急いでいた。みんなスマホか足元を見ていた。誰も誰も見ていなかった。それが普通だった。ここは東京だから。


電車の中はいつも通り混んでいた――肩と肩、カバンとカバン。ソウタはドアそばに場所を見つけ、つり革に寄りかかってスマホを出した。ゲームを開いた。ゲームを閉じた。ミキとのトークを開いた。


最後のメッセージは昨日の夜だった。ミキが猫の画像を送ってきて「これあんたじゃん」と書いていた。猫はふくふくしていてボサボサで、不満そうな顔で座っていた。ソウタは「違う」と返して、涙を流して笑う顔文字を三つ送った。ミキはいいねを返しただけで、それきり何も書かなかった。


ソウタはスマホをしまって目を閉じた。電車は一定のリズムで揺れた。隣では女性が二人、デパートのセールについて何か話していた。誰かが音楽を大きすぎる音で聴いていた――重いビートの何か。向かいの小さな子供がソウタをじっと見ていた。瞬きもせずに。


ソウタは変な顔をしてみせた。子供は反応しなかった。見続けた。


ソウタは諦めてまた目を閉じた。


自分の駅で目が覚めた。体が覚えていたから。降りた。人の流れがホームへと押し出してくれた。


学校


ミキは校門のそばに立ってスマホを見ていた。隣でサクラが何か話しながら盛んに手を動かしていた。アスカはすでに三回同じ話を聞いたような顔で聞いていた。


ソウタが近づいた。「おはよう。」


ミキが顔を上げた。「あと一分遅かったら置いてったよ。」


「遅刻してない。時間通りだ。」


「チャイムの三十秒前は時間通りじゃない。」


「それは哲学的な問題だ。」


ミキは目を細めた。サクラはすぐに自分の話からソウタへと切り替えた。「ソウタくん!今の話聞いてた?」


「聞いてない」とソウタは正直に言った。


サクラがぷっと頬を膨らませた。「うちの猫の話してたの。昨日、植木鉢を全部ひっくり返しておいて、知らないふりしてたんだよ。」


「賢い猫だ。」


「お母さんはそう思ってないけど。」


ソウタはカバンからクラッカーの袋を取り出した。サクラはすぐに猫のことを忘れて袋に手を伸ばした。アスカは無言で一枚取った。ミキは袋を見てからソウタを見た。


「またご飯で懐柔しようとしてる。」


「これは友情と言う。」


「これは操作と言う。」


でもクラッカーは受け取った。


チャイムが鳴った。校舎へと歩き出した。入口でサクラが自分のカバンに躓いて悲鳴を上げた。ソウタが一番大きく笑った。サクラは耳まで赤くなった。アスカが低く、抑揚なく言った。「二人とも無理」そのまま前を歩いていった。


廊下でミキがソウタに並んだ。彼だけに聞こえるように小声で言った。「小テストの勉強した?」


間があった。


「"勉強した"の定義を教えてくれ。」


ミキが一秒目を閉じた。「ソウタ。」


「だいたいの内容はわかってる。」


「全然わかってない。」


「それもだいたいのうち。」


ミキはしばらくソウタを見た。ソウタはできる限り無邪気な笑顔を作った。


「あんたが嫌い」とミキは言って教室へ入っていった。


「ありがとう」とソウタは言って後に続いた。


小テスト


山本先生はプリントを配った。もう何でもどうでもいいという顔で。数学を二十年教えていて、人間の愚かさに驚くことはとっくになかった。クラスが問題に向かって頭を傾けた。


ソウタは最初の問題を見た。二次方程式。判別式。判別式はDという文字に関係することは覚えていた。DはBの二乗から何かを引いたもの。あるいは足したもの。確かではなかった。


ソウタはゆっくりとミキの方に顔を向けた。


ミキは通路を挟んだ席ですでに三問目を解いていた。視線を感じた――顔を上げず、何も言わず、ただ自分のプリントをそっとずらして、ソウタから見えるようにした。


ソウタは一問目を写した。二問目も。三問目も。字はミキより汚かった――大きさがばらばらで、数字が色々な方向に傾いていた――でも答えは合っていた。


四問目で混乱して間違えて写した。ミキがそっと鉛筆で机を一回叩いた。ソウタはもう一度ミキのプリントを見てミスを見つけた。


五問目のとき、山本先生が顔を上げた。


ソウタはすぐに自分のプリントを深い数学的思索の顔で見つめた。眉まで寄せた。判別式について考えていた。判別式に完全に集中していた。


山本先生は十秒ほどソウタを見た。


それからまた顔を下げた。


ソウタは鼻から静かに息を吐いて、写し続けた。


授業後、廊下でミキが立ち止まらず、ソウタを見ずに言った。「借り一つね。」


「わかってる」とソウタは言った。


「自販機のコーヒー。」


「妥当だ。」


自販機まで歩いた。ソウタはミキにミルクコーヒーを買った。自分は緑茶を取った。二人は廊下を歩きながら黙っていた。悪い沈黙じゃなかった。長く知り合っていると、そういう沈黙が生まれる。


昼休み


屋上には四人で上がった。禁止というわけでもなかった――ただ誰も特に奨励もしていなかった。でも眺めがよくて、風が涼しくて、声を落とさずに話せた。


ソウタは卵サンドを食べた。サクラはサラダを食べながら二分おきにまずいと宣言した。アスカは少し離れたところに座って、灰色の雲と灰色の屋根が混ざり合う地平線を見ていた。ミキはスマホをスクロールしていた。


「ニュース見た?」とミキが聞いた。


「何の?」とソウタが口をもぐもぐさせながら聞いた。


「インドの。なんかウイルスが出たって。もう何百人か感染してるらしい。」


ソウタは肩をすくめた。「WHOがどうにかする。」


「人が死んでるんだよ。」


「あそこはいつも何か起きてる。インドだから。十五億人いて、暑くて、衛生状態が悪い。毎年何かある。」


サクラがサラダを食べる手を止めた。「それ、ひどくない?」


「ひどくない。現実的なんだ。」ソウタはサンドを食べ終えた。「遠い話だ。うちらの問題じゃない。WHOが専門家を送って、隔離して、全部終わる。」


ミキはスマホをしまった。一瞬黙った。「そうだといいね。」


アスカは何も言わなかった。地平線を見続けた。


サクラはサラダを食べ終えて、やっぱりおいしかったと宣言した。アスカが「毎回そう言う」と言った。サクラが「毎回本当のことだから」と言った。ソウタが笑った。


東京の空は低く灰色だった。どこか遠くで雨が降っていた。ソウタは雲を見ながらミキの誕生日のことを考えた。一ヶ月後。ちゃんとしたものを買わないといけない。もう読んだ本じゃなくて。すぐ割るマグカップでもなくて。


ブレスレットかもしれない。甘いものでもいい。甘いもの好きだから。


あとで決めよう。まだ時間はある。


夕方


放課後の東京は違った。もっと騒がしく。もっと明るく。人々がオフィスや店から出てきて、大きな流れに合流した――みんなどこかへ向かい、みんな何かを持ち、誰も急いでいないのに全員が急いでいた。


ミキは日本語の補習に残った。サクラとアスカは反対方向へ乗った。ソウタは一人で帰った。


駅そばのコンビニに寄った。ツナおにぎりと冷たいお茶を取った。レジでお姉さんが打ち込む間、立って待った。後ろの小さなテレビにまたニュースが映っていた。


「……インドの感染者数が千人を超えました。ウッタル・プラデーシュ州当局は……」


ソウタは袋を受け取って外に出た。


入口で立ち止まり、おにぎりを開けた。一口食べた。通りを眺めた。


まだ明るいのに街灯がもう点いていた。東京はゆっくりと、しっかりと夜の支度をしていた。二階の開いた窓から音楽が聞こえた――静かな、ジャズのような。隣の店からラーメンのにおいがした。歩道を犬連れのカップルが通り過ぎた。犬がソウタを見た。ソウタは犬に頷いた。


いつも通り。全部、あるべき場所に。


牛乳のことを思い出した。コンビニに戻った。牛乳を取った。また外へ出た。


帰り道、小さなアクセサリーショップの前を通りかかった。ショーウィンドウに灯りが入っていた。中にはブレスレット、ペンダント、ピアスが並んでいた。ソウタは立ち止まって見た。


アクセサリーはよくわからなかった。ミキがそういうものを好きかどうかも知らなかった。たぶん好きだろう。あるいは違うかも。学校でアクセサリーをつけているのを見たことがなかったけど、それは校則のせいかもしれなかった。


ソウタは三分ほどショーウィンドウの前に立った。何も選ばなかった。歩き続けた。


家ではお母さんがもう夕食を作っていた。肉じゃがのにおいがした。お父さんはリビングでニュースを見ていた。テレビではまたインドの話をしていた。


ソウタは牛乳を冷蔵庫に入れた。カバンを下ろした。テーブルに座って宿題を始めた。


窓の外では東京が動き続けていた。街灯が灯っていた。人々が家へ帰っていた。遠いインドでは、ここでは誰も知らない人たちが死んでいた。


ソウタは歴史の教科書を開いて、頬に手を当てた。


明日、ミキへのプレゼントを決めよう。まだ時間はある。


今日は全部うまくいっている。


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