7―1 朝の名残
当然と言えば当然のことだが、しばらくの間、学校は生徒の安全を確保するために休校の措置を取った。
刀童一夜は失った薬指の治療を終えた後、刀童美鈴が八尋星奈の条件を却下した旨を報告しに屋敷を後にした。美鈴はというと相変わらず炬燵の中で自堕落な生活を送っていて、しばらくすると一夜の弟子である芽夢が部屋に入ってきた。
「あれ芽夢、どうしたの?」
美鈴が寝そべった状態で訊く。
「師匠を探しているんですけど、どこにもおられなくて……もしかしてまだお帰りになってない感じですか?」
「一夜ならもう出ていったよ」
「はや……お昼には帰ってきます?」
「ん~、帰ってくるんじゃない」
「そうですか……あ、あの……」
もじもじして何か言いたそうにしている芽夢を察するに怪我をしていないか心配なんだろう。
「一夜なら平気だ。大した怪我じゃない」
「当たり前です。師匠が負けるなんてこれっっっっっぽちも思ってなんかないんだからっ!」
ふんっ、とむつける芽夢は反抗期の子どもみたいで面白い。沙月にはそういった時期が来ていないから尚更。
「なぁに笑ってんだーっ、お前――っ!」
「別に笑ってなんかない。ただ反抗期の妹を持つとこんな感じかって思っただけだ」
火に油を注ぐ発言に芽夢のイライラは止まらない。
「っ、子ども扱いすんじゃあねええっ!」
「あー子どもっぽい」
「て、てめぇ……」
おお、すごい好戦的だ。殺気と霊気の昂りをひしひしと感じる。次、何か言えばそれこそ言葉よりも先に手が出そうな……堪忍袋の緒が切れる寸前といったところだろう。
「二人とも静かに……眠いんだから」
何の感情もこもっていないような声で美鈴が制止をかけると芽夢の苛つきは徐々に収まっていく。炬燵から上半身だけを出して頬杖をつく美鈴は続けて言う。
「夜月くん、人が気にしてることをからかうのは良くないと思うよ。芽夢もいちいち反応してたら相手の思う壺、こういうのは言わせておけばいいの。普段からそんな乱暴な言葉、使わないでしょう?」
「うぅぅ…………はい。でも師匠が帰ってきたら言いつけてやるから」
「おお、そうきたか」
「夜月くん」
美鈴の諭すような視線に観念して、俺は美鈴の部屋を出た。
「あ、逃げた」
「芽夢」
「……ごめんなさい」
「うん。一夜が帰ってくるまでみかんでも食べて待ってればいいよ」
「え、でも美鈴さんのお部屋で私なんかがくつろぐなんてそんな恐れ多いこと……」
「あはは、なにその言葉遣い……私がいいって言ってるんだから、ゲームもあるよ」
「え、したいっ!」
「いいね! そうこなくちゃ。一夜とはどんな鍛錬してんの?」
「えーと、朝は刀稽古をして、昼は霊符と結界術の勉強をして、夜は怖がりを克服するためにホラー映画を観ます」
廊下を渡っている間にも聞こえてくる彼女たちの会話を聞いて、俺は内心で微笑んだ。
「なんだ、仲睦まじいじゃないか」
そろそろ家を出る時間帯だ。和館から洋館に移動した俺は自室に戻って私服に着替える。部屋を出て階段を降りようとする時、ちょうど伊予柑が部屋から出てきた。
「おはよう」
「おはようございますっ!」
「相変わらず元気だな」
「はい、それしか取り柄がありませんからっ!」
「美柑はまだ寝てるのか?」
「はい、そりゃあもうぐっすりと」
「そうか」
「夜月くんはお出かけですか?」
「ああ」
「珍しいですね、こんな平日の朝から」
「まあな、学校もしばらく休みだし」
「……? インフルエンザか何かで学級閉鎖にでもなったんですか?」
「聞いてないのか……昨日の昼間、死魔の襲撃があったんだ」
「それはご愁傷様です……」
「……ま、だから外に出るのは気晴らしだ」
「なるほど、じゃあ、お気をつけていってらっしゃいませね!」
元気よくお見送りをしてくれた伊予柑に挨拶して、階段を下りた。洋館側の玄関ホールには誰もいない。あんなことを言ったんだ、七羅の姿がないのは当たり前だろう。脳裏に過ぎるいつもの日常に蓋をするように俺は七羅の面影を消し去るように家を出た。




