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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
六章 追憶のグランギニョール
83/111

6―11 強欲の死魔④

「告げる――」


 ヘレナの口から発せられた宣告にレヴィナスは地面を蹴ったが、その足はすぐに止まった。間合いを詰めるよりも前に地面を押し上げるように現れた巨大な門を見て、立ち止まったのだ。レヴィナスの前に立ちはだかる不気味な門らしきソレ――神秘と畏怖の象徴である冥界の門が一足早く顕現した。


 圧倒的な威厳を放つ巨大な黒曜石の門。その門は二枚の分厚い石板で構成され、表面には長い年月の果てに風化し、もはや誰にも解読できないほどのルーン文字が刻まれている。


「ちっ」


 舌打ちを零したレヴィナスは肢体に絡みついている八本の肉の管を地面に突き刺した。ヘレナの攻撃を真正面から迎え撃つ気なんだろう。


「常闇の深淵より響くは断罪の鐘。律動する死の大地に灯るは魂の篝火。今宵、母ヘカティの血にあてられし霊力をもて、常夜総ての悪を挫く門を今開く。消え失せろ――冥界心象=クル・ヌ・ギア」


 その詠唱は世界を書き換えるものだった。風のない幽玄とした世界。灰色がかった暗黒の境地。どこか遠くで除夜の鐘のような音がこだまし、幾千もの灯篭のようなモノに灯がともり始めていく。


 ヘレナの口から詠唱が紡がれた時、世界は彼女が統べる死の領域にカタチを変えていた。


「っ」


 苦悶と嘆きの吐息。レヴィナスの動きは緩慢の限りを極め、動きは完璧なまでに封殺されていく。

体感からして一秒後、現実世界の構造物はねじれた枯れ木の凝集体に変貌し、横断歩道は底の見えない暗黒の川と成り果てた。


 生と死の境界。

 突拍子もなしに門が開く。

 その奥には何が見えているのだろうか。レヴィナスの見開いた眼球が動揺するかのように左右に揺れた。そして――。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ。


 耳を塞ぎたくなるほどの異音。

 それは門が動いた音。

 迫る。迫る。門が迫る。亡霊の手。罪人の喚き。差し迫る死の門を前にレヴィナスは動けずにいる。その門をくぐれば、というよりは喰われれば最後、それは二度と戻ることはできない――魂の終着。


「――、っ――」


 その恐怖と絶望をレヴィナスは知っている。知っているからこそ、彼女は臍帯を通して冥界から霊力を自身の身に取り込んでいた。往生際の悪い女の霊眼が赤紫に染まりだす。それに伴い、足が手が、身体が動いて、レヴィナスの背中に生えている黒い翼が彼女を守るように覆い尽くした、瞬間――獰猛な肉食恐竜の口みたいに開いた門が彼女を吞み込んだ。


 ばこんと閉じて消える門。だが門を潜り抜けたレヴィナスは再起不能なほどの損傷を負いながらも存命していた。翼はすべて千切れ飛び、ツノは折れ、右半身は潰れ、身体中から血をまき散らす。それでもまだレヴィナスには明確な殺意があった。


 彼女の舌が威勢よく動く。


「二度も同じ手が、通じるかよ。終わんのはお前の方だ、バカヘレナ!」


 反発心見え見えの言葉を吐き捨てながら牙を剝きだしたような目でヘレナを睨み付けるレヴィナス。今にでも崩れそうな身体を奮い立たせて、悪魔のように黒く長い指先を彼女に差し向けた。


 自身の左腕を砲身に、弾頭はこれまで女が奪ってきたモノ全て、即ち母子の憎悪と絶望に満ちた魂の結集。どす黒い光が指先にかかる。彼女の胎内で蓄積された負のエネルギーが砲弾として今――解き放たれた。


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