4―13 望まれぬ祓い②
クラスメイトの皆は朝からその事件の話で持ち切りだった。この前の晩に見たあの死体はやはり宗像義弘の遺体だったらしい。誰に殺されたのか、犯人の詳細は不明らしいが、中学生の殺人鬼なら刀童一夜によって始末されたはずだ。その少年の死体がどうなったのかは知らないが、その少年が巷を騒がしていた殺人鬼だったのかはわからない。ただこの街は様々な異変が歪に交錯していて、クラスメイトの口からはどこから入手したのか、様々な情報で入り乱れていた。
『ねえねえ、知ってる? この街で一人の少年が失踪したんだって』
『え、それって口無くんのこと? 今日も学校休みだったし』
『口無くんはただの風邪でしょ。昨日だって水瀬さんがプリント届けに行ってたじゃん』
『あ、そっか』
『それに失踪した子は中学生らしいよ』
『ふ~ん、中学生ねえ……そんなことより星宮さんはどうしちゃったの? ずっと学校来てないけど』
『もしかしたら隣の奴に殺されたんじゃね』
『やめなよ、変な噂立てると私たちまで殺されちゃうって』
『あはははは、こわ~』
楽しそうに笑い合う女子グループに聞き耳を立てる。俺が殺したかどうかは置いといて、一人の中学生が失踪しているというのはおそらく刀童一夜が始末した少年で間違いないだろう。だが、他の生徒の口から聞こえてくる、昨夜隣街で一人の男性が胃に穴を開けられた状態で見つかった話や一人の女性が性器を切り抜かれた状態で殺された話を聞くに通り魔殺人事件の犯人はまだ捕まっておらず、あの少年は殺人鬼に憧れを抱いた模倣犯みたいなものなんだろうか。それとも――。
『なあ、最近立て続けに人が死に過ぎやしないか。この街、なんかやばくないか?』
『でも俺はその殺人鬼に感謝してるぜ。だってめんどくせえ部活が休みになるんだからな』
『お前、そんな心構えでいるならとっと部活なんかやめちまえよ』
『だって顧問の野郎が超こえーんだもん。辞めるなんか口が裂けても言えねえよ』
『腰抜け』
『お前にだけは言われたくない。でも異様だよな、今朝も駅前は騒然としてたし、パトカーの数もすごかった。話によると行方不明だった人間が律儀に死体になって街の中に置かれていたらしいぞ。それだけじゃない、近くの廃ビルが爆破したとかでもう何が何だかしっちゃかめっちゃかだったし。たぶん、表に出てないだけでもっと人が死んでるんじゃないか?』
『急に怖いこと言うなよ』
教室の後ろでは二人の男子生徒が話し合っていて、まあ、クラス全体を通して言えることは皆、見えない脅威に恐れ慄いているといった感じだった。その中で事件とは関係のない話題を持ち出した男子生徒がいた。
『大袈裟だな、お前ら。鹿児島県で鶏がインフルになって十二万羽を殺処分した方が衝撃的だろ』
『は? 鳥なんかどうでもいいだろ。あいつらは食われるために生まれてくる家畜なんだから。鳥も豚も牛も、虐待行為が産業のためだっていう意味合いさえ付け加えれば、何をやって許されるんだよ』
『それは迷信だ、感情がなくても動物も生きているんだ』
『何だよお前、てか誰だよお前、たかが鳥ごときで何ムキになってんだよ。人一人と鳥一匹、命の価値が違うことくらい見れば分かるだろ。お前だって唐揚げが食卓に出てきたら普通に食うだろ? テレビ見て、高級和牛の肉の塊が出てきたらうまそうだって思うくらい、あいつらはそれくらいの価値だってことだよ』
『……その命に生かされているのは誰だよ』
『あー、うぜえな、ヴィーガン信者かよ。お前の思想を勝手に押し付けてくんじゃねーよ。ならお前は一度も食ったことねーのかよ』
『ああ、食べたことがない』
『は、嘘つくんじゃねえよ。何なんだよ、こいつ』
『もう行こうぜ、安藤。めんどくせえ』
『ああ、そうだな。話が通じねえ奴は言っても仕方がねえしな』
教室の後ろで話していた二人の男子生徒は呆れたように廊下へと出ていった。俺は言い合いをしていた生徒の顔を見る。谷屋獅狼。黒い眼鏡をかけた地味な少年。教室の隅の席に腰を下ろしている谷屋は俺と同じく孤立していて、いつも何を考えているのか分からない奴だったが、熱心な菜食主義者であることだけは分かった。
「……面白い奴」
分かり合えない論題を持ち掛けてクラスメイトと衝突して、隠れ信者のままでいればいいものを。とまあ、どうでもいいが、肝心の口無音は放課後になっても姿を現さなかった。
下校時刻になって俺は席を立つ。前方の席に座る女子生徒に声を掛ける。
「水瀬さん」
「え、あ、なに? 夜月くん」
「今日も口無にプリント届けに行くのか?」
「うん、まあ、家が近いからね」
「なら今日は代わりに俺が届けに行くよ」
「え、でも悪いよ」
「いいよ、どうせ暇だし、ちょっと口無に聞きたいことがあるんだ」
「……分かった。夜月くんがそう言うんなら……じゃあこれお願いします」
「ああ」
口無音の連絡物と宿題のプリントを水瀬さんから手渡された俺は、彼の住所を彼女から教えてもらった後、教室を出た。プリントを届けるついでに口無音の容態を確認しに行く。
学校から口無音の家までは歩いて二十分ほどの距離で、街から少し離れた場所にぽつんと建っていた。白を基調とした一軒家。家そのものは、そう古くない。
インターホンを鳴らす。が反応はない。家のドアをノックして、持ち手に手をかけると鍵はかけられておらず簡単に開いた。
「あのー、すいません、学校のプリント届けに来たんです、けど――――――」
玄関に入った途端、異様な空気とニオイに息を呑んだ。居間へ続く廊下を歩いて、居間に入り込めば、人間の死体が一つあった。女性からして口無音の母親だろう。強盗にでも押し入られたのか、にしては人とは思えないほどの力で殺されている。撲殺なのか殴殺なのか、どうやったらそんな殺され方をするのか、説明がつかない。母親の頭部は原形がないほど損壊していて、壁にはぶちまけられた脳漿がこびりついていた。二階へと上がった俺は口無音の自室だろう、その部屋のドアを開けた。
「……どこに行きやがった、口無」
部屋には誰もいなくて、家には母親の遺体だけが残っていた。ヘレナが危惧していた通り、事態は最悪な展開を迎えていた。