4―12 望まれぬ祓い①
浮遊していた美鈴が地に降り立つ。
闇夜に光る蒼い瞳と紅い瞳が交錯する。視線だけで語るような間があった後、美鈴は背を向けた。
「待ちなさいっ」
ヘレナの声は怒っている。だが美鈴は振り返ることなく手をひらひら振りながら夜の闇へと歩き始める。
「ごめん、シフォンティーヌ。街の人たちが目を覚ましちゃったみたいだから私、帰るね~、ばいばい」
自分には何も悪気がないかのように朗らかな声で言って、この場を立ち去った。実際、彼女に悪気はなくて、彼女は霊媒師としての仕事をしただけなんだろう。だがたぶん霊媒師としての在り方は三流なんだろうと隣に立つヘレナの表情を見て何となく思った。
「最悪だわ、今のは完全なる悪手よ」
「? でもやり方はあれだったが一応祓われたんだろ? だったら口無音は昏睡状態から目を覚ますんじゃないのか」
「分からないわ。強制的に祓うことと自らが望んで成仏することは大きく逸れるから。死神も退魔師も祓うことはできる。けど成仏させた後、支障が生じない祓い方ができるのは死神だけで霊媒師が執り行う祓い方には何らかの不確定な支障が生まれる。その支障こそが呪いなの」
「ならどうして、お前が祓っておけば穏便に事が進んだんじゃ――」
「私が祓えば彼女の魂は私の冥界で管理されることになる。彼女の息子と再会することは絶対に叶わないわ。だから私は――」
悔しそうに表情を歪めて、拳を握り締めるヘレナは自分の不甲斐なさを嘆いているようだった。その姿は超人的な力に酔う美鈴よりもよっぽど人間的だった。
「悪い。お前を責めるようなこと言って……」
「別にいいわよ、謝らなくて。少なからず私にも落ち度はあるから。それよりも早くここから離れましょう」
深夜の大騒音に街は目覚め始めていて、騒ぎを聞きつけた人がちらほらと外に出てきていた。ヘレナと一緒に街から離れた俺はずっと彼女に腕を掴まれていた。
「おい、ヘレナ、手を放してくれ」
「……」
俺の声を無視したままヘレナは歩く。
「おいって」
「琉倭、さっき何であんな無茶をしたの?」
「無茶? ああ、飛び降りたことか、別にいいだろ」
「よくないわ。もしクンティラが助けにこなかったらあなた死んでたかもしれないのよ」
立ち止まり振り向いたヘレナは俺の軽はずみな行為を咎めるように言った。
「殺した奴に心配されるなんて笑えるな」
「琉倭っ! 笑いごとじゃないわ。命を軽々しく投げ出さないで、同じ死に方をした人間にも失礼だわ」
「うるせえな……」
「もうああいうことしないで頂戴」
「……」
「琉倭、返事は? しないならずっとこの手を放さないわよ」
「……分かったよ。だから放せって」
強引にヘレナの手を振り解くとヘレナは「あっ、もう。むーっ」と頬を膨らませた。すぐ不機嫌になるよな……こいつ。そしてこうなると面倒くさい。
「そんな怒んなよ。ずっと握られるのは照れくさいんだ」
「え、私に握られて恥ずかしいんだぁ……だからぶっきらぼうな態度を取っちゃうのね」
「は、ちげえし、適当なこと言ってんじゃねえよ、ばか女っ」
「……ふはっ、やっぱりそうだぁ~、可愛いところあるじゃない」
「っ……!」
俺の顔を窺うように顔を近づかせてくるヘレナがうざったいので俺は顔を背けて歩き出した。何はともあれ嬉しそうに笑っていたので機嫌を取り戻したみたいだ。ほんと、単純なやつ……。
「琉倭」
「何だよ」
「明日、学校で口無音を見かけたら彼のことを注意深く監視しておいて。何かしらの支障が生じるとしたら彼にまつわるはずだから」
「……ああ」ヘレナの要求に俺は頷く。
「じゃーね、琉倭。今宵はすごく楽しかったわ」
「……別に楽しくなんかないだろ」
一夜にして二度目の別れを交わした後、ヘレナは街を監視するため舞い戻っていった。
明くる日――口無音は学校には来なかった。そして担任教師である宗像義弘の遺体が墓地周辺で見つかったという訃報を代理の先生から聞かされた。