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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―3 日曜―昼―①

 週に一度の貴重な休み。死神寄りと言ったヘレナの言葉が正しいのか、それとも昨夜一睡もしていないせいで単純に眠いだけなのか、とにかく今は目蓋を開けるのも億劫なほど眠い。


 泥のように眠って目を覚ましたのは何時ごろか。


「琉倭さま、朝ですよ。というかもうお昼です。いい加減起きてくださいませ。お休みだからと、ぐうたらしていたら体調を崩しかねません」

「休みだから思う存分、寝れるんだろ。今日は夜まで眠るつもりだから……七羅も適当に午後の休日を過ごせば、いい……」


 七羅に身体を揺すられる前に眠りにつこうとした時、彼女が発した言葉に目が覚めた。


「まったく兄妹揃って同じような言葉を口にして……沙月さまも今日は体調が優れないようで……」


 眠気も覚めて上体を起こした。毎日、規則正しい時間に寝て起き、朝昼晩、七羅が作るバランスの取れた食事を摂っている沙月が体調を崩すなんて珍しい。別に病弱なわけでもないし、どんなに健康的な生活を送っていても人間なんだから体調を崩すことだってあるだろうけど、まあ、兄として心配にはなる。


「沙月さまのことになると、琉倭さまも気が気じゃないようですね」

「うるさい」


 起き上がり、洋館から屋敷へ繋がる渡り廊下を歩く。


「琉倭さま、昨晩は何時ごろに帰られたのですか?」

「さあ、何時だったかな……五時前ぐらいか」

「五、五時……朝のですか?」

「ああ」


 何をそんなに驚いているのか、よくわからない。


「その、昨日のデートは楽しかったですか?」

「まあ、そうだな……楽しかったと言えば楽しかった……」


 デートはうん、楽しかった。でもデート相手がもう死んでいたことは悲しかった。……というよりは先に殺されていることが悲しかった。でもやっぱり殺してみると愉しかった。改めてどうしようもない。最期に言われた星宮との約束もきっと守ることはできない。殺していいなら殺したい。


「……それは良かったですね。具体的なことはあえて聞きません。プライベートなことですし」

「それは助かるよ。訊かれたとしても答えられないし」

「こ、答えられないようなことをしたのですかっ!」


 訊かないと言っておきながらもぐいぐいと興味津々な眼差しを向けてくる。


「ああ、誰にも言えない」

「……ふわぁああ」


 変な声が漏れ出ているぞ、気持ち悪い。処女みたいにうぶい反応をする七羅の顔は良からぬことでも想像しているんだろう、真っ赤に紅潮している。でも彼女が考えている以上に、良からぬことを俺はした。


「もういいだろ。それより沙月の容態が心配なんだ」


 体調を崩している沙月の部屋へ向かう。その途中、俺の足は止まった。あともう少しで妹の部屋の前だというのに、そこには刀童一夜の姿があった。屋敷の構造上、妹の部屋周りには刀童家の者がまるで妹の動向を監視するかのような配置になっているのは何となくだが、把握していた。それでもこれは異常だ。俺が腫物扱いなら妹は有害物扱い。


「そこをどけ、一夜」


 ドアに背中を寄せている一夜が蒼い目を向ける。


「お前、その変わりようは何だ? なぜ正気に戻った」

「お前こそ、何を言っていやがる。いいからそこをどけ」


 その眼が何を視ているのか、おそらく俺の中に揺蕩う霊力でも認識しているんだろう。こいつらはずっと霊眼を開眼し続けている。それはヘレナの理論によれば、ずっと相手に殺意を向け続けているということだ。だが、一人だけ、刀童美鈴だけは違った。常時、殺意を向けているわけではないのに彼女は一夜や他の刀童家の者たちと同じように発眼し続けていた。まあ、どうでもいいことだが、共通して言えることは扱い方に慣れているということであり、離れしている。疲れ知らずの霊媒師集団であるということだ。だが、ふと、彼ら霊媒師こと退魔師をヘレナはどう思っているのか、悪霊を退治する意味では目的は似通っているようにも思えるが、本当のことは訊いてみなくては分からない。


 俺は俺から背を向けて立ち去る一夜に殺意を向けてやめた。刀童家は代々から伝わる霊媒師の一族だ。確認しなくても霊力があることは分かり切っていることだ。

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