2―16 本意②
「それはお前がしつこいからこっちが言わないとずっと終わらないから」
「だったら私のアプローチは大成功だったわけだね。……でも、そうだなぁ……私の身体を乗っ取った奴より先に私が夜月くんをデートに誘いたかった。それで告白して……たぶん、断られると思うんだけど、諦めずに何度も告白して……そしたら、そしたらさ……あぁ、でもデートは楽しかったなぁ。私の中にいるものは悪い奴だったけど感謝しないといけないかも」
「馬鹿言うな。それまでの積み重ねがあったから、俺は誘いに乗った。罪滅ぼしでもあったけど……」
「そっか」
星宮が俺の後ろに立つ銀髪の女に視線を向ける。こいつ、いつの間に俺の後ろに移動したんだ。
「綺麗な……人……。夜月くんはこういう大人っぽい女性が好きなんだね」
「違うっ。俺はお前が……星宮が……っ。俺がお前にあんなことをした時点で、俺は星宮のことが殺したいほど好きだったんだ」
「……え。あえ、えへへ……ふふ、そっか……、そっかぁ……」
呆然とした表情で星宮は涙を流した。たぶん、嬉し涙と死にたくなかったという悔し涙。それと別れはやっぱり悲しいという涙。仮に俺がいつも通り彼女を突き放せば、彼女は未練なくあの世に行けただろうか。俺がお前のことなんて好きじゃないって、俺は今この女と付き合っているんだって嘯けば、いや、そんなわけない。それじゃあ彼女に残るのは失恋だけ。今泣いている涙が悲しいものだけになってしまう。そんなのは彼女には似合わない。
俺は星宮の頬に流れる涙の粒を拭う。その涙は死んでいるはずなのにまるで生きているみたいに温かった。だけど、彼女が想う心とは反対にこの世から消える準備をしているみたいに彼女のカタチが薄れていく。だから言わないといけない。彼女が消えていなくなる前にこれだけは絶対に。
「星宮、俺なんかのためにひたむきに声をかけてくれてありがとう。嬉しかった」
「……っ、なぁーんだ、嬉しかったの? ふふふ、もっと早く、言ってよ……」
消え入りそうな声で言って彼女は微笑んだ。それに俺は彼女が安心して成仏できるように笑って見せた。
「わぁ……笑った顔、すごく素敵……ずっとその笑顔が見たかった。うん、もう大丈夫……ありがとう、夜月くん」
「待て、未練があるって……何だったんだよ、お前の未練って」
「ないよ。未練はもうなくなった。私の願いはもう叶ったから。夜月くんが叶えてくれた」
星宮の肉体が綺麗な白い星屑のように足先から徐々に崩れて消えていく。黒い闇の中、そっと輝く瞳が俺を見つめて、慈しむような声で言う。
「これから先、たくさんの人と巡り合う。きっと夜月くんを大切に思う人、夜月くんが大切にしたいと思う人が現れるはずだから、その時は私のことなんか忘れて、その人を好きになってね。……でも殺していいのは私だけだよ」
星宮は最後に俺には守れそうにない約束を残した。その約束が俺には難しいことかもしれないと、そんなことを言いそうな顔で笑って、ばいばい、夜月くん、俺の前から姿を消した。残ったのは優しく照らす月の光に輝く彼女の血だけだった。




