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 がしゃんと、ヒステリックな女の叫びにも似た音を立てて硝子が砕けると同時に、俺は礼拝堂へと突入する。

 突然の乱入者に巨豚デカブタ大司教様は、ちょっと筆舌に尽くしがたいような阿保面をぶら下げるが、少女たちはというと、俺という新しい神の登場を合図にでもするかのように一斉に動き出し、各々が隅に置いてある竹箒を握った。

 俺は武器となるデバイスを振りかざし、スイッチを入れると檄を飛ばしてやる。


「よし、お前たち!この偽物の神気取り豚司教をやっちまうぞ!」


 叫びと共に手元のデバイスからは激しいロックン・ロールが流れ出す。

 すると、竹箒を構える彼女たちは、わっと神風特攻隊もかくやと言わんばかりに大司教へと躍りかかった。そりゃあもう一斉攻撃といった所だ。

 襲い掛かってくるのが今まで服従、隷属させてきた少女たちとはいえ、こんな風に突然歯向かわれたら支配者とて、たまったものではないだろう。

 何しろその支配者といったら、武道の心得がある訳でもなければ、修羅場に慣れている訳でもない、服ばかり立派な太ったジジイ一人だけなんだからな。

 実際、想定通り、巨豚デカブタの顔色はみるみる内に戦慄の色に染まっていく。


 それでも何かあれば俺が出て行く事になってはいるんだが、そんな必要性は全くなかった。

 だって彼女たち、七人の乙女といったら、これが初めての戦いとは思えないくらいに立派な動きをしてたんだぜ。秒で制圧と言っても過言ではないくらいの立派な戦いぶりだ。

 グリーンベレー並みのその動きに、俺の方はというと、特に何をする訳でもなく、何をする必要がある訳でもなく、ただ、襲い来る竹箒から逃げ回る巨豚デカブタの代わりに壇上へ立ち、ロックン・ロールを鳴らすデバイスを指揮者にでもなったようにして振り回す事に終始した。

 竹箒で殴打され続ける哀れな巨豚は、最終的には短い足で広間を逃げ惑いながらも自分の司祭服の裾を踏んですっ転がっちまったもんで、今度は引っくり返ったカブトムシか何かの物真似をし始めていた。

 こりゃあビッグな虫箱でも用意しておきゃ良かったかな。

 俺は終戦の宣言をするために口を開く。


「攻撃、やめだっ!今、勝敗は決した。よくやったぞ、みんな!」


 戦いの悦びを知りはしたが、決して優しさをも忘れない彼女たちは、ぴたりと攻撃の手を止める。

 その勇敢で誇り高い少女たちの姿にすっかり満足した俺は鼻を鳴らすと大司教のマツモト・巨豚・アヤトの元へと駆け、その薄汚い肥えた体をロープで縛り付けてやった。



※※※



「ねえ、弦次郎様。薬っていうのは大司教様が加護の力で作るものではないの?」


「弦次郎様。私たちの食物となる素材は聖なるお力で大司教様が作っていたものではないの?」


「弦次郎様はこれから私たちをどこに連れて行ってくれるの?」


「リリーと弦次郎様はケッコンっていうのをするの?ねえ、いつするの?」


「男性様って、みんな弦次郎様みたいに強いの?」


「違うよ。地上最強の男性様であり、最も尊い本物の神様が弦次郎様なんだよね」


 牢代わりの硝子を突き抜けた朝の陽光が礼拝堂へと降り注ぐ中、俺は決戦を軽やかな舞いで終結させた少女たちから質問攻めにあっていた。


「ああ、薬はプロのお医者様が作るし、食い物はプロの料理人が作ったりもするけど、素材を手に入れて来るのはまた別の人だ。そして君たちはもっといい所に行ける。ただ、俺よりも強い男ってのは、ちょっと見つからないかもしれないし、もしかしたら宇宙まで行けば数人くらいはいるかもしれないが……」


 俺は巨豚の背中へと腰を下ろし、禿散らかしたその頭を小突きながらも早口に答え、リリーに助けを求めるようにして言った。


「おい、リリー。ちょっと、みんなを落ち着かせてくれよ。このままじゃ喉が枯れちまうって」


「ごめんなさい、弦次郎様。私、少しずつではありますが、この数日間、弦次郎様の事やお聞きしました外の世界の事をみんなに話していたんです。いつか、紹介したいなって思ってて」


 一体、話をどれだけ盛ったのだと思ったが、自分の言動をよく思い返してみればリリーは全く悪くないどころか正直でさえあると俺は気付く。

 もしかしたら、あんまり素直な人間に大きな冗談を言うのは禁物なのかもしれないな。


「それで、リリーとはいつケッコンするの?マンホールの下で運命的な出会いをしたんでしょ?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問攻めの止めと言わんばかりに放たれた一言にリリーの頬が赤く染まる。

 だが、俺はその質問には答えずに立ち上がり、話を切ると、改めて言った。


「さて、ちょっと聖域ってやつでも見てみないか?この巨豚大司教、きっと何か色々と隠している物があると思うぜ」


 俺は嗚咽を漏らしている巨豚の奴を軽く踏みつけてやると、少女たちに案内を頼み、全員で教会奥の聖域と呼ばれる場所へと足を運ぶ事になった。



※※※



「開かずの間だよ」


「禁断の場所」


「誰も入った事がないし、見た事もない」


 少女たちが扉の前で口々に言う中、俺は先ほど締め上げた豚から奪ってやったカードキーをかざし、聖域と呼ばれる部屋の扉を開けた。ほとんど音も立てずに開くそれを見ている少女たちは小さな声を上げて驚く。

俺たちは内部へと侵入し、広がるその光景に目をみはった。


 防音壁に囲まれた白を基調にした綺麗な部屋を豪華に彩るように配置された家具たち。

 最新式のホログラム・ゲーム、現代のテクノロジーを見せつけるようにしたハイセンスな音響器具にモニター、大きくてふかふかなベッドに格調高いソファー。レトロな漫画本とお菓子の山。

 そして中央にある大きなテーブルには豪勢な料理が食いかけのままで放置され、その脇には高級な酒。

 室内のそこかしこには煙草の箱が転がり、高級にして高性能な自動清掃ロボットは文句も言わずに埃を吸い取っている。

 少し奥まった場所の棚の上には、持ち出し可能な医療用AI搭載の小型デバイスが二台置かれ、その横にはコンパクトな医薬品製造機。

 製造機の方は俺は見た事がないが、デバイスの方は一般家庭でよく見る物よりも幾らか高価そうで、流石に体調管理には気を払っていた事が窺えたため、その点だけには安堵した。

 まあ内部はどうせこんなものだろうとは思っていたが、実際にこの目で見るとハラワタも地獄のマグマで煮えたぎりそうになるもんだ。


「ここは面白くねえから戻ろうか」


 それらが何なのかわからない少女たちは目を丸くしながら踵を返して言う。


「ねえ、弦次郎様。これからどうするの?」


「もっと面白い所へ連れて行ってくれるんだよね?」


 俺は礼拝堂へと歩きながらも静かに、呟くように彼女たちへと告げた。

 最後の儀式を済ませる必要があるからな。


「ああ、もっと面白い所には行けるぜ。けれど、その前に言っておかなくちゃならない事もある。礼拝堂へ行こう。これから新しき神様である俺が、お前たちに最後の儀式を執り行ってやる」



※※※



 俺は儀式執行のため、引っくり返ったカブトムシそっくりの恰好で転がり続けている巨豚を部屋からつまみ出した後で、礼拝堂の小さな壇上に立つ。

 そして今までにないくらい真面目ぶった顔をして――

 そうだ。全く悪びれる事もないっていう風にして、椅子に座る七人の少女たちへ言ってやった。


「悪いな、みんな。実は俺、リリーの貰い手でもなければ、みんなの貰い手でもないんだ」


 突然放たれた無慈悲な言葉に少女たちは驚き、硬直するが、リリーだけは驚きながらも一人、皆を代表するように聞き返してきた。


「弦次郎様……?そんな、嘘でしょう。では、大司教様と司祭様は私たちを騙し、捕らえている悪魔ではなかったのですか?弦次郎様はそのような悪魔を倒しにきて下さった貰い手であったのではないのですか?」


「ああ、リリー。その話は全て嘘っぱちさ。だがな、奴らが神の使途を騙る豚野郎だったというのは事実だ。お前たちだって、その事には薄々気付いていたんじゃないのか?」


「そんな事はありません!私たちは皆、寄る辺なき者として力を合わせ、日々を祈りに捧げ、大司教様たちは――」


「だったら、リリーはどうしてマンホールになんか飛び込んで探検じみた事をしていたんだ?」


 俺は以前から気になっていた事、あの出会いの日の事を振り返りながら問いかける。

 その強い問いかけに、リリーは一瞬、体をびくりと震わせたかと思うと、口を噤んでしまった。


「自分の口から言い辛いなら俺から答えてやろうか、リリー。きっとお前は、この修練に、あるいは確定された貰い手に、もしくは支配されるのみの日々に不満を感じていたんだろう。そしてそれ以上に興味があったんだ。大方、この敷地を越えた先に何があるのか知りたかったってとこだろう。しかし、こんな場所で鳥のように飛び立つ事も叶わない。だから元々開いていたのか、どうにかして開けたのかは知らないし聞かないが、マンホールの中だなんて探検していたんだ。違うか?」


「そ、そんな事は……」


「みんなだって、薄々はわかっていたんじゃないか。あの豚野郎どもがやっている事は変だと。おかしいと。ここは奇妙だと。だからリリーから俺の話を聞いてはいても、豚野郎たちに言いつける事はしなかったんだ。だって、お前たちが奴ら、豚野郎を心から信じていたとしたら、俺から与太話を聞いた時点で言いつけたはずだ。なのに、お前たちはそれをせず、俺に助けさえ求めたじゃないか」


 リリーは俯いてしまうと、周囲にいる少女たちは狼狽えながらも立ち上がり、口を開き始める。


「だったら、私たちはどうすればいいの?弦次郎様が貰ってくれるのではないの?」


「弦次郎様は最強の神様で貰い手なんでしょう。ねえ、違うの?」


「新しい神様として私たちを導いてよ。私たち、外の世界の事なんて何もわからないの」


 今にも泣き出しそうな少女たちの悲痛な声が耳に届くも、俺は決して態度を崩す事なく返す。


「悪いが、それは出来ない。俺には俺の、やるべき事があるからだ。第一、俺は神様なんかじゃないし、男性様でもない。たった一人のただの男なのさ」


 俺の言葉を受け、皆が意気消沈して立ち尽くす。

 すると、さっきまで俯いていたリリーも立ち上がり、俺の方へと歩みを進めながら言った。


「弦次郎様。私たちを騙した上に捨てるというのですか?ならば、この世に神様はいらっしゃらないという事なのですか?酷いです。あまりに酷い……」


「いいや。安心しろ。神はいるぜ」


 リリーの足がぴたりと止まる。俺は続けた。


「ただし、そいつは貰い手の男性様でもなければ、俺でも大司教様でもない。神ってのはな、自分の胸の中にいるものなんだ。つまり、お前の神はお前だ、リリー」


「神様が、弦次郎様でもなく大司教様でもなく、貰い手様でもなく、私……?」


「そうだ。リリーの胸の中にある思いが、神の正体だ。それはお前だけの物だ。それこそが、決して誰にも打ち倒す事が出来ない自分だけが感じられる唯一無二の神様なのさ」


「嘘、嘘です。弦次郎様は嘘吐きです。だって、貰い手だって、私たちの本当の貰い手だって言って、ここまでしてくれたのに、どうして……」


 戸惑うリリーの顔に僅かな感情の光が見え始める。

 それを確認した俺は、いよいよ決着を付けるための言葉を放つ事にした。


「全て真っ赤な嘘八百さ。何もかもがな。それに、こう見えて俺は外では結構なワルで通っていたんだぜ。嘘吐きの俺はお前たちを貰ってなんかやらねえ。どうだ、よっぽど腹が立っただろう」


 すまねえな、リリー。

 けれど、きっといつかわかる日が来る。

 この日こそがお前の新しい旅立ちの日だったって事がわかる日が必ず来るからな。


「裏ボス討伐と行こうか。相手は今まで散々お前たちを騙して争いへと駆り立てたこの俺だ。今、感じている落胆と怒りを腕に込めたら、嘘吐き野郎の俺を、思い切りぶん殴ってこい。そうしたら晴れて卒業だ」


 リリーも周囲の少女たちも絶句し、物も言えずに押し黙った。

 落胆。怒気。期待外れ。神様、男性様へと芽生えた反骨心と、当てが外れた貰い手の欺瞞の弁。


 その顔は、皆、一様に色んな物をごちゃ混ぜにしてかき回したような、怒りとも悲しみとも付かない色を浮かべるが、リリーが一歩、前へ足を動かすと、周りの少女たちも目が覚めたように動き出し、各々が竹箒を握り締め、やがて弾けたように動き出す。


 そして、俺は彼女たち、七人の乙女に滅多打ちにされてやった。

 もちろん巨豚みたいにみっともなく逃げ回ったりしねえ。

 全ての攻撃を真っ向から受け止めてやったという事をここに強く明記しておくぜ。正直にな。

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