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司祭

 俺たち三人は敷地内の端の方にあるレトロな便所まで歩き、リリーは周辺の掃除に入る。

 そして俺とお下劣女の方は便所の裏側へと回り、息を潜める事にしたのだが、この親愛なる相棒はここに来て唐突に予定にない事を言い始めた。


「ちょっとあたしはやる事があるから、その聖戦だか革命作戦とやらは弦次郎くんに任せるよ」


「何だよ、おい。連れない奴だな。別にお前は何もしなくてもいいから歴史が変わる瞬間くらい見て行けって」


「その歴史が万が一にも悪い方に転ばないよう、保険をかけに行くんだよ」


 お下劣女は背中を向けると振り返りもせずに去っていく。是非も無しといった態度だ。

 その口ぶりから察するに、おそらくは警察にでも行くのだろう。ドーム状になっているこの敷地のどこから出て行くつもりなのか知らないが、こいつは言い出したら聞かない所があるし、多くの便利道具を用意してきているようだし、何より俺の相棒らしく自由で好き勝手に振る舞う猫のような奴なもんだから、俺はそれ以上引き止める事もなくお下劣女を見送ると一人、便所裏側で身を潜める事にした。

 後はここで隠れてリリーを見守り、血相変えて飛んでくるであろう司祭のハギワラを捕まえて締め上げるだけだ。

 俺は時計を見て時刻を確認する。午前五時半。毎朝の礼拝の時間まであと三十分。

 もうそろそろハギワラの奴が懺悔部屋にある例の仕置き箱を確認し、汚らしい顔面に青い絵の具を塗りたくったようにしている頃だろう。


 それから十五分程が経ち、暇を持て余した俺が大欠伸を三度ほど繰り返した頃、どすどすといった慌ただしい足音が聞こえ出した。

 どうやら来たようだな。遠目からでもわかるが結構な大男のようだ。リリーはそれとない動きで掃き掃除をしながら便所側の方へとさりげなく寄ってくる。

 その姿を確認した司祭とやらは駆け出すと、野太い声を上げた。


「リリー、お前は何をしている!どうやって懺悔部屋から出たんだ!」


 ハギワラはリリーへ近付くと、およそ聖職者とは思えない剣幕で声を上げ、詰問の姿勢を見せる。

 リリーは片手を便所の壁に突くと震える声で答えた。


「司祭様。あの、懺悔部屋の事なら、私は何もしておりません。勝手に開いてしまって、それで私、司祭様か大司教様が私を憐れんで開けて頂けたのかと思ったのですが……」


「嘘を吐け!どうせメリーかアリーかサリー辺りが侵入したのだろう。しかしどうやった?一体、どうやってあの鍵を壊したんだ。またあの缶詰みたいに何処かから工具でも見つけてきたんじゃないのか」


「私にはわかりません。あの箱は気付いた時には開いていました。私は何もしておりません」


「反抗するつもりか、リリー。鍵をかけた扉が勝手に開くはずがないだろう。嘘も大概にしろ。一体、誰がお前たちを育ててやっていると思っているんだ。鍵を壊しに来た仲間がいるのだろう。まさかお前、男であり、神の使途である俺の事を馬鹿にするつもりか?」


「本当です。信じて下さい、司祭様。私は本当に何もしていないのです。扉は気が付いたら開いていました」


「あくまでしらを切るつもりなんだな。まあいい。もうすぐ朝の礼拝の時間になる。礼拝が終わり次第、徹底的に調べ上げてやる。体の方も、もう一度丹念に調査してやるから、そのつもりでいるんだな!」


 このクレイジーなやり取りを見る俺は思わず拳を握る。

 しかしまだだ。まだ出て行く訳には行かない。頑張れ、リリー。

 この腐れ外道に言ってやれ。ぶちかますんだ、リリー!

 二人のやり取りを陰から眺める俺は祈るように心の中でエールを送る。


「とりあえずは礼拝だ。掃除はもういいから来い!」


 堪り兼ねたハギワラがリリーの腕を掴み、強引に引き連れようとした時、彼女の蕾のような口は震えながらも、ついにそれを言い放った。


「や、やめてください、ぶた、豚野郎様……」


 便所の裏手で思わず口元を緩める俺は、オリンピック短距離走選手のスタートダッシュが如く動きでクレイジー司祭に躍りかかった。



※※※



 初めに言っておく事にしよう。

 俺は今回、このクソったれ野郎に対して今までにないくらいの憤りの念を感じていたが、かなりの手加減をする事にした。そうだ。こっちの方も今までにないくらいの手加減だ。

 それと言うのも、こういう純真無垢な少女の手前で暴力を使うからってのも勿論、この今まで大量の悪魔を打ち破って来たと吹かしている豚司祭が図体だけの木偶の坊だったという事が、戦歴豊富な俺には一目でわかったというせいもある。


 だが、それ以上に俺は今までやってきたような容赦ない暴力で、こいつを壊しすぎちゃならねえ気がしたんだ。

 あんな地下道で暴力が通じねえ事もあるってのを知ったせいかな。

 それとも、いつか安藤の奴が言った綺麗事のせいなのかな。

 もしかしたら単純に全力を出す必要性が薄いだけだったのかもしれないが。


 ともかくも後ろから豚司祭めがけて躍りかかった俺は、その頭を掴んだ右手に力を込めるが、野郎、少しばかりは武道の心得があるのか腰を落として姿勢を保ち、そのついでとばかりに一本背負いでも決めてやろうって動きを始めやがった。

 まさか、この俺から一本取れるだなんて思いやしないが、こういう態勢からならば、ある程度の技術があれば強引な形ながらも下へと投げ飛ばす事は可能だろう。もちろんそれにしたって、俺を相手にしている以上、万が一以下の可能性しかないがな。


 俺は即座に野郎の汚え道端のドングリ染みた頭を掴んだままの右手を離し、スマート極まるといった美しき制圧術へと移行する事にした。

 そいつをどうやるかって言うと、ドングリ頭を解放されたクソったれ野郎が反射的に振り向こうとする瞬間、俺は空きっぱなしの左手に出番を与えてやればいいだけさ。


 俺は奴が首を向けた瞬間、太いだけが取り柄って感じの左腕を取り上げてやると同時に捻り、破壊する事なく痛みだけを与えてやる。

 事は簡単イージー。野郎が「ああっ」と唸り声を上げた時には、もう殆ど勝負は決まりだ。更に捻じり上げ、そのおかげで腕全体に広がっていく鋭い痛みを上手く扱い、利用し、この豚の態勢を座り込む形へと誘導してやる。こりゃあ警察官の逮捕術検定でも受けたら即合格だな、なんて思いながら。


 豚司祭への制圧術は、呆気ないくらいにあっさりと――

 極めて簡単イージーに。そうだ。赤子の手をひねるように。なおかつスマートに決まり。

 奴は一瞬にして地べたに蹲ると、痛みに呻く声を発するだけの壊れたラジオへと変わり果てた。

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