不運にもターゲットにされてしまった転生者のはなし
「ニーレ=ダンケルハイト!今日この場をもって貴様との婚約を破棄する!」
ここはプラッツェン王国という、周辺国に比べ領土は小さいが周辺国に負けず、途轍もなく長い歴史を有して来た国であり、その由緒正しい国の中でも由緒正しいプラッツェン王立学院である。
まあようするに古くからあって歴史的価値があるとかそんな感じである。
この学園は将来有望な貴族達がこぞって集う学園であり、今日はその学園の卒業パーティが行われていた。
就職を決めたり結婚をしたり、将来に希望を持った卒業生達の門出を祝う為に昔から開催されているパーティである。
学生として参加する最後のパーティであり、恩師や後輩との別れを惜しんだり、祝福してもらったりなどとてもめでたい賑やかで華やかなパーティでもある。
そんなパーティに相応しくない声が突然響き渡り、賑やかだった会場が一瞬で静まり返る。
「はぁ」
「貴様はここにいるリアに数々の嫌がらせをしていたらしいな。他国の下級貴族であり立場が弱いリアに、侯爵令嬢である貴様が身分を翳し虐げていたのだろう!俺は貴様との婚約を破棄し、今ここに、リアとの婚約を宣言する!」
そう言って婚約破棄を迫っているのは、ブルーノ=リーベ=プラッツェン王太子殿下。
この国の王子であり、勉学も武術もトップクラス、学園では優秀な成績を修めている人物であり、次期王という立場が約束されている人物である。
対して婚約破棄を突きつけられているのはニーレ=ダンケルハイト侯爵令嬢である。
キツめな顔立ちと言動から勘違いをされる事も多いが、その美貌とカリスマ性や、魔法師としての優秀さ故に女性であるにもかかわらず一目置かれている人物である。
キツイ言動も相手を想っての事であり、そんな所が可愛いと令息や令嬢達にも密かな人気がある。
というかニーレちゃんファンクラブという過激派集団がいる。こわい。
「ブルーノ様、それはこの様な場で仰るべき事でしょうか。その様な契約ごとでしたら、正当な場で手続きに則り行わねばならないと思いますが」
「フン、そんな事を言ってお前の行った悪事をはぐらかそうなどと思っていてもそうはいかない。今この大勢の場で貴様の罪を暴き、それ相応の報いを受けてもらう!」
「・・・・・・・・・」
あれ?なんかこれ見たことある気がするっていうか既視感っていうか。なんだっけなーえっとーあっ!そうだ!ゲームだ!姉ちゃんに強制的にやらされて感想を強要されたゲームに似てるんだ!
・・・姉ちゃん?ゲーム?あれ、オレなんでこんな所に・・・?
まてよ、オレの名前・・・オレの名前は、イェルク=クライ・・・
いやそうじゃなく元の名前、元の?
♢♢♢♢♢
『弟君〜!どうかね、ちゃんと全ルートクリアしたかね?どうだった、良かったでしょ良かったわよね!?』
『よく分かんねえよ姉ちゃん。あぁ、でも後編のRPG編はおもしろかったよ!』
『本当!?あの後編のRPG、あんたが好きそうだなって思ってたのよね。か、勘違いしないでよね、別に弟君の為で勧めた訳じゃ無くて私がただ単に感想が欲しくって、うわぁ!・・・たはは、後ろ向きで歩いてたから転んじゃったわ。恥ずかし』
『もー何やってんだよ姉ちゃん。ハイハイわかったから。帰ったら感想言ってやるから今度はオレのゲームに付き合ってくれよ・・・ッ!姉ちゃん危ないっ!!!』
♢♢♢♢♢
そうだ、オレはあの時確か姉ちゃんを引き上げてその反動でトラックに轢かれてそのまま・・・
姉ちゃん大丈夫だったかなあ。
オレ達姉弟にしては仲良かったし、オレが死んで絶対泣き喚いて悲しんでいるだろうな。
自分のせいだってきっと思ってるだろうし、ちゃんと生活できてんのかなあ。心配だ・・・
そしてオレは最後にプレイした姉ちゃんのおすすめのゲームだったこの『ドキドキトキメキプリンス』略して『ドキプリ』の世界の攻略対象者であるイェルク=クライに転生し、王子の横に居るわけなのか。
というかこの場面って乙女ゲーム編のクライマックスなんじゃねえのか!?
確か大勢の前で糾弾された悪役令嬢はこの後、余りの悲しみから負の感情が溢れ、魔族の仕組んでいた罠により魔族化してしまい、このパーティ会場を滅茶苦茶に破壊し、魔族の姫として魔族に迎え入れられることになるんだっけか。
その後間も無くして、自分を裏切った者達へ復讐するために魔族と協力し、国を潰そうと攻め込んでくるんだが、その時国の危機により聖女としての力を覚醒させた主人公が魔族を退けた事から王命が降り、ヒーロー達とパーティを組み、魔族の姫となった悪役令嬢や魔族の王を倒しに行くというRPG編が開始するって流れだったはず。
しかしそれにしては少し様子が違うように思えた。
「お前はリアの礼儀がなってないと冷たい言葉を浴びせ、取り巻きどもと共に笑い者にしたそうだな」
「そう思うならそう思ってもらっても構いませんが」
「・・・・・・・・・・」
「私からも言わせてもらいますが、貴女は優秀な魔法師であると吹聴し、魔法を上手く使うことの出来ないリアを陰で馬鹿にし、さらには授業中に魔法をリアに放ったりしたという証言もある!」
「うーん、まあそうかもしれませんね。それが何か」
「・・・・・・・・」
「それに3日前、お前は階段からリアを突き飛ばしたらしいな。多くの目撃者が確認していた。もはや言い逃れはできない」
「自分から落ちた、の間違いではないでしょうか」
「・・・・・・・・・・」
ニーレは悲しむどころかどこか呆れたような、心底面倒臭そうな態度で適当な返事をしているように思えた。
それに王子達の背後で震えている、桃色の髪に金の瞳を持つリアという令嬢の表情は最初から現在までずっと真顔なのだ。正直こわい。
しかし真顔ではあるのだが、その可愛らしく愛らしい中にも少し品のあるその顔は、世の男性の庇護欲をそそる。
さすがヒロインだ。守ってあげたくなるような、そんな雰囲気がある。
いや、待てよ。確かこのゲームの主人公の髪色って桃色じゃなくて蜂蜜色の髪と栗色の瞳というどこにでもいる平凡な少女(しかし乙女ゲーム主人公なので可愛い)という設定じゃなかったか?
ふむ、やはりゲームと現実は違うということなのか。
そんな事をボーッと考えていると、王子から、お前からも言いたい事があるだろう?さぁ、言え。とかなんとか言われてしまった。
ねえよそんなの。というかニーレ嬢、色々役員とかもやってたし、嫌がらせする暇もなさそうだし、王子達の言ってることってやけに主観的というか、決定的な証拠が無いというか・・・
というかその前に気づけよこの空気によぉ!みてこの楽しかったパーティを台無しにされたという残念な空気とか、ニーレ様になにいちゃもんつけてんだ殺すぞみたいな殺意のオーラを!
ニーレちゃんファンクラブの人達とかもう視線だけで人を殺せそうな目つきと顔付きだよ!超怖いんだけど!オレもうこのポジションから逃げ出してもいいかなあ!
オレ何も言ってないし!突っ立ってるだけだし!
正直泣きたい。
「なんでアンタみたいなモブがそのポジションに居るのよ!そこは本来なら私の場所なのよ!さっさと退きなさいよこのモブ!!!!」
このいたたまれない空気の中から急につんざくような甲高い叫び声が聞こえ、人混みを掻き分け騒動の中心であるオレ達の場所へと進んでくる女が現れる。
蜂蜜色の髪に栗色の瞳、どこにでもいるような普通に可愛い女の子・・・
「私がヒロインなのよ!それを何処の馬の骨か分からない他国の下級貴族であるアンタみたいなモブが奪うなんて!まさかアンタも転生者なの!よくある小説みたいにヒロインより先にルート構築して搔っ攫モブなの!?キィィ!」
なんか地団駄を踏んで勝手にキレ出した。ああもう滅茶苦茶だよ。どうしてくれんだよ。
突然のヒロインもとい全く知らない女が、金切り声を出し、訳わからない言葉を発しながら近づいてきたもんだから王子達も驚き過ぎて黙り込んでしまったじゃないかよ!
後ろの桃色の髪の女の子なんて震えてついに腹を押さえて吹き出し・・・ん?あれ、もしかしてこの子・・・
「あっはっはっは!!いかん、ツボにはいっ、ゴホッ、いかん、面白すぎる!ずーっと平常心、平常心と心を無にしていたが、そこの女生徒が乱入して訳のわからん事を言い始めたのは流石に我慢できなかった!ひーっ、腹が痛い、助けてくれニーレ!あはははははは!!!」
そう言って可憐で庇護欲を唆る守ってあげたくなるような見た目の少女は、令嬢らしからぬ言葉と仕草で豪快に笑い始める。
震えていたのは笑いを懸命に堪えていたせいだったようだ。
「ふふっ、というかなんで、なんで私とお前が結婚、する事になっているんだ?私がいつ好きと言ったというんだ?」
「え・・・だってリアは強い男が好きだと言っていたじゃないか!この学園で一番武力に優れているのは武術大会で優勝した俺・・・ということは俺の事が好きだということではないのか!?」
「あぁ、確かに強い者を好きだと言った覚えはある。お前を好きとは一度たりとも言った覚えはないけどな。しかし、王族を立てなければならないなど、この国も難儀なものだよな、そこの黒髪の騎士殿?」
桃色の可憐な少女はその顔に似合わないような鋭い眼差しでニヤリと口角を上げながらオレに向かって指を指す。
「人に指を指す行為は失礼に当たるので、人に指差しちゃいけません!!!」
ハッ、前世で散々母ちゃんと姉ちゃんに耳にタコができるほど言われてたせいで人に指を指す行為について注意してしまった。
桃色の可憐な少女は先程の如何にも悪そうな表情からポカンとした表情へと様変わりさせる。
「は、はは・・・全く面白い奴だなお前は・・・いつも仏頂面をしていたくせに、こういう突拍子の無い予想外の場面になるとコロコロと表情を変えて・・・」
桃色の可憐な少女・・・ああもうリアでいいか!リアはそうオレに向かって引きつった笑いを浮かべながらそう話す。
なんかさっきまでの印象と変わり過ぎて混乱しそうだよ。いや混乱したからさっき変なこと口走っちまったのか。
「な、なんなのよアンタは!わ、私を差し置いてこんなことしても良いと思っているの!!!」
またヒロインさんが騒ぎ始めた。ヒロインさん脈なさげなのに諦めないな。
「ふふ、ふふふ・・・他国の下級貴族というのは仮の姿・・・私こそは!強い者を求め隣国トレーネ帝国からこの国へと赴いた第一皇女、ヴァルスリア=ウル=トレーネである!刮目せよ!!!」
やっぱりゲームでは出てこなかった名前だ。
それにしても、皇女様だったとは・・・可憐な中にも品のある顔に何処か只者ではないオーラを出していただけはある。
しかしトレーネ?それって大国だよな?たしか地理の授業で聞いた事がある。
代々女帝が国を治め、女性の人口比率が高い国であり、常に新しい物を求め、男性も女性も関係なくすべて平等であるという国だ。
古いしきたりにとらわれ、男尊女卑が根深く、女性は常に淑やかであれというこの国とは正反対の国である。
トレーネはその住みやすさから移住者や土地を献上する者も多い為、その領土は広大である。
そんなトレーネの第一皇女と答えたこの少女はその大国の皇位に一番近いものであるのだ。
そんな彼女の言葉に空気はガラリと変わり、皆一様に耳を傾け始める。
「まあようするに婿探しに来たというわけ、だ。私より強い奴、若しくは私を楽しませてくれる者を探しにな。ウチの国にはそういう輩がいなくてな、そこでこの国に探しに来て、その、」
「ではますます俺の他にリアに相応しいものはいないではないか!俺は強さも持ち、王族の血も引いている。血統も良い筈だ!そうだ、俺が一番ふさわしいではないか!」
王子諦めねえな。というか庇護欲を感じさせる見た目だったのに全然だったことにショックは無かったのだろうか。
むしろギャップが良いとかそんな奴か〜?
一方当の皇女様はというと、言葉を遮られてしまったせいか、スンとスナネコのような表情になっている。
そんな表情をしていても顔は可愛いから恐ろしい。
そして繰り出される一言。
「お前といても楽しくないんだが。あっ、さっきの茶番は少し面白かったけどな。なあニーレ」
痛恨の一撃!ズバッというなあこの人。
「まあ、そうですわね」
あれ、なんか二人とも仲が良さそうな感じじゃないか。もしかして知り合いだったのか?。
「そうだニーレ!有耶無耶になろうとしていたがお前の罪は晴れてはいないぞ!!!」
「ええと、なんでしたっけ?『礼儀がなってないと冷たい言葉を浴びせ、取り巻きと共に笑い者にした』でしたか。多分アレじゃないかしら。あの死霊が蘇りそうな動きの・・・」
死霊が蘇りそうな動き・・・?
「いやー、私の国は何というか礼儀作法というものに囚われない国でなあ。ダンス?なにそれ美味しいの?って感じで、授業の時ウチの国で当時流行っていたBONダンスを披露したら凄い勢いで笑われてしまったのだが、『これでは礼儀もクソもありませんわ!ダンスの先生なんて酷過ぎて寝込むレベルよ!』と注意してくれたんだよな」
「アレはもう腹が捩れるかと・・・しかも本当に先生が寝込んでしまった時はどうしようかと!」
BONダンス・・・ボンダンス・・・もしかして盆踊りの事か?そりゃあこんな超絶美少女が突然盆踊りし始めたら笑うわ。
「で、では優秀な魔法師であると吹聴し、魔法を上手く使うことの出来ないリアを馬鹿にし、授業中に魔法をリアに放ったりしたのはどうなんだ!」
「ニーレが優秀な魔法師ってのは周知の事実って奴ではないのか?」
その言葉を耳にしたニーレは途端に顔を真っ赤にさせながら心底嬉しくて顔がにやけそうになるのを我慢しているようだった。
「なっ、ほ、褒めてもなにも出ないんだからね!でもどうしてもって言うならば、あなたが以前好きだと言ったお菓子なら分けてあげても良くってよ・・・」
この様子を見守っていたニーレちゃんファンクラブの方々が『本日のツンデレ頂きました!!!』という表情で歓喜している。今日もあいつらこわい。
そしてリアはというと、お菓子のことを思い出しているようで、可愛らしい顔をさらに可愛らしく傾げている。
「アレ超超超美味しかったんだよなあ。あー、思い出した。魔法を放った奴って、私が剣の風圧で大きな炎も消せるからってねだった奴だな」
「結局貴女のお願い攻撃と周囲の声に屈してしまい発動させましたけれど。でもまさかあんなに大きな火柱を剣だけで消してみせるなんて思いませんでしたわ」
「・・・それに炎よりその後のコブラツイストの方が「何か言いました?」
「言ってないっす」
この皇女、もしかして:やばい。
そしてニーレさんアレだ、ツンデレだ。しかも可愛い感じのツンデレだ。ファンクラブができるのもまあわからんでもないかもしれんな。
「しかし、3日前に階段からリアを突き飛ばした件!これは多くの目撃者が確認していたんだぞ!」
「あれは本当に自分から落ちた・・・というか飛び降りましたわよね」
「下に人もいないしショートカットしようとして、油断してたのか少し蹴つまずいてしまったんだよな。あの時思い切り地面にぶつかってしまったから心配してニーレがボロボロ涙を流して・・・」
「なっ!泣いてなんかいませんでしたわよ!あれは、そう、ゴミが、ゴミが目に入ったのですわ!決して泣いてなんかいませんわよ!」
この皇女、もしかして:やばい。とかでなく確定でヤバイ奴ですわ。
そしてニーレさんがとても良い人だと言うのは確実に分かった。あと絶対泣いてる。
ファンクラブの人達も尊い・・・といった感じで涙を流し手を合わせ天を仰いでるし。
「まあ100歩譲ったとしても元凶は私の方だよな」
「そうですわね。しかし私もこんな奴に片想いをしていただなんて・・・この国にそんなに思い入れもないし、あなたの国にでも行こうかしら?」
「お、おぉ!来てくれるのかニーレ!お前が来ると聞いたら我が国にいる精霊達も喜んでパーリィナイトで二日酔いだぞ!」
「そ、それは遠慮してもらいたいのだけれど・・・はぁ、そろそろ正直に話した方が良いですわよね。私実は人間ではなくて闇精霊なの。今まで隠していてごめんなさい」
そう言いながらニーレはパチンと指を鳴らす。するとどうだろうか、その姿は濃く黒い靄に包まれ始める。
そして靄が晴れそこに現れたのは、頭部に立派な二本の角を生やすニーレの姿であった。
その姿はゲームの魔族化したニーレの姿と全く同じであった。
「キャアアアア!魔族よ!あの二本の角が動かぬ証拠だわ!王子様方、実は私は聖女なの!はやくあの魔族を懲らしめましょう!」
すかさずヒロインがその甲高い声を発し、王子達へと近づく。
あざとい表情を作り出し、なんだかくねくねとした動きをしている。
なんかチンアナゴみたいだな。チンアナゴの方が可愛いけど。
「何を言っている。闇精霊には角があるのは当たり前だろう。ナイアート・シュタインという作家が作った本を読んでいないのか。みっともなく騒ぎおって」
ナイアート・シュタインか・・・確か御伽話に出てくる妖精とかそんな感じの図鑑を描いてる人だっけか。
小さい頃によく読んでたなあアレ。
「ハァ!?訳わかんないこと言ってんじゃ無いわよ!そんな設定ドキプリにはなかったじゃない!悪役令嬢は魔族になってヒロインであるこの私にやっつけられないといけないんだから!そうじゃないとハッピーエンドなんて達成出来ずに国も滅ぶわ!いいから始末されなさいよ!」
というか皇女の話によると、妖精とか精霊とかってもしや本当に存在するのか!?まあ魔法が存在するくらいだしな!あり得なくもないのか。
うわー、すっげえ気になる。なんか興味が湧いて来たぞ。
・・・それにしてもヒロインさん諦めねえな。
しかも後半言ってること滅茶苦茶だし、国が滅ぶなんて滅多に言うもんじゃねえよ・・・
「イェルク=クライ殿・・・興味がおありのようだな?他にも湖畔や川のほとりにはウンディーネという水の精霊が住んでいたり、その友人のサラマンダーという羽が炎のように燃えている炎の精霊なんかもウチの国には居る」
興味ありますとも!そりゃあね!
ウンディーネっていうとやっぱ綺麗なお姉さんなんだろうか?サラマンダーは言い方的には火蜥蜴っぽくないなし羽が生えているということは妖精寄りの見た目なのか!?
なんか一気にファンタジーが押し寄せて来て興奮して来たぞ・・・!
いやでも、しかし、しかしだな。
「その、お前さえ良ければ・・・ウチの国に来てくれても良いのだぞ?今なら好待遇もあるし・・・」
「ウッ・・・オレは、オレは次期王宮騎士団長だ!騎士団長としてこの国と共にあらねばならない運命なんだ。とても、とても魅力的なお誘いだが、すまない」
断られるとは思っていなかったのか、リアはきょとんとした表情を浮かべる。
というかやっべ、皇女様の話遮っちまった。怒ってる?怒ってるよな?
「イェルク=クライ貴様!この私が!振られたみたいな扱いを!うぅ、屈辱だ・・・求婚される事は数あれど、こ、こんな公開処刑のような仕打ち・・・あんまりだ!うわーん!こんな屈辱は初めてだ。必ず、必ずお前を手に入れてやる!ついでその死んだ魚の目のような濁った青い瞳も輝かせられるくらい面白い事をしてやるからな!覚えてろ!」
そう捨て台詞を吐きながら皇女はパーティ会場を勢いよく飛び出していった。
ついでにパーティ会場の入場のドアも吹き飛ばしていった。こっわ。
どうすべきか困惑しながらも、ヴァルスリアに続いてニーレもしれっと会場から姿を消して行った。
後に残されたのはニーレが闇精霊だと知り、『ニーレ様はやはり人間の枠には収まらない方だったのだ』『角っ子、可愛すぎか』『尊い・・・』などと呟き涙を流すニーレ様ファンクラブの方々と、自分の事を好きだと信じて疑わなかった相手が微塵も自分の事を想っていなかったと言う事が発覚し、意気消沈とする王子達とその側近達、それと途中から蚊帳の外と化していたパーティの参加者達であった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「かくして次々と王国の住民達を吸収していき、ついには行手を阻むもの達を峰打ちでバッタバッタとなぎ倒し、王城を無血開城進行したヴァルスリア皇女率いるトレーネ軍は、最終的には皇女VS騎士団長が三日三晩戦い、そのとてつもない威力と攻撃の余波により、王城周辺は破壊しつくされ更地となり、長年栄えた古く由緒正しい王国は地図からその名を消したとさ」
「ねえねえおとーしゃま、けっきょくおとーしゃまとおかーしゃま、どっちがかったの?」
オレの膝の上に大人しく座り見上げてくる、桃色の髪に青い瞳、髪の隙間からチラリと覗く金色の瞳を持つ幼い子供はそう問うてくる。
「も、勿論父様が勝ったに決まってるだろ!圧勝だ圧勝!」
「もう、嘘ばっかりついて。辛勝でしょ?それも死んだフリして心配になった相手が近づいて来たところを拳でズドンと。咄嗟のことで反応が遅れたリアはそのままノックアウト。僅差でアンタも力尽きた。これが真実よ。分かったかしら?」
「にーれちゃん!」
「な、なんてこというんだお前は!」
「あら、事実じゃない!でもね、少し卑怯な手を使ったにしても勝ちは勝ちだったし、今まで卑怯な手を使ってでも勝てる人はいなかったから、トレーネ帝国側は皆大歓喜、その後あなたのお母様はそれはそれはもう熱烈で猛烈なアタックをして、超弩級鈍感ニブチン堅物筋肉戦艦のあなたのお父様を轟沈させたってワケ」
「人を勝手に変な船にするな」
しかしあの後のことは凄かった。ギリギリの所で勝ったとはいえ、オレは満身創痍だし周囲はトレーネ軍だらけ。
相手の大将を伸してしまったんだからその場で殺されるか良くて捕虜として捕まると思ったら何故かその場で胴上げされ始めるわ、周囲は歓喜の涙を流すわそのままトレーネ帝国に連行されるわ・・・
「へーそうだったのね!あれ?にーれちゃんとおとーしゃまとおかーしゃま、いっしょにがっこーいってたんだよね?にーれちゃんなんさいなの?」
「・・・・・・・17歳よ。それとニーレお姉様ね」
「精霊だから歳を殆ど取らないんだよ。それなら若いままでいたいんだ。察してあげなさい」
「な、何よその目は!」
「ねえねえ、それでそのあとおーじしゃまたちはどうなったの?」
「ん?その後はだな・・・」
「そいつらに関しては他の貴族たちと違い抵抗してきたからな。その身分の保障をせずそのまま放逐してやったんだ。それに私が王城へ踏み込むと、以前も言ったように『リアにはやはり私こそが相応しい、考え直してくれないか』だとか『君には男の真似をして剣を握るなんて似合わない』、果てには女性はかくあるべきだという事を話し始めたのでな。あまりにもムカついたからぶっ飛ばした」
オレの膝に乗っていた子どもをヒョイと抱き上げながらカラカラと笑う可憐で美しく、そんでもって庇護欲を誘うような風貌をした女性がオレの代わりに答えた。
「おかーしゃまおそーい!きょうはおでかけのひでしょ!べねとおとーしゃまずっとまってたんだからね!」
頰をいっぱいに膨らませ、その子供・・・オレ達の娘は妻に対して抗議をする。
「すまなかったなベネ。少し準備に手間取ってしまってな。あぁ、ニーレも来ていたのだな。また私の旦那が何か失礼な事でも言って来たのだろう?詫びと言ってはなんだが、上手い酒が手に入ったのだ、今夜一緒にどうだ?」
「たまたま通りかかっただけですわ!べ、別に気にしてないけど、貴女がどうしてもと言うのだったら付き合ってあげない事も無いですわよ?」
今でもツンデレは健在である。だからこそ冗談を言ったりするのだが反応が面白くてついついイジり過ぎてしまうんだよな。
「所で今日は何処へお出かけに行くのかしら、ベネディクタちゃん?」
「あのねーべねたちね、たいりょーはっせいしたまじゅーをたおしにいくの!だからね、きょうはおべんととすいとーもってるの!にーれちゃんもいっしょにくる?」
オレ達の娘はにこにことご機嫌に弁当と水筒を入れた鞄をニーレに見せる。
対してそれを聞かされたニーレはというと、強張った笑いを口元に浮かべる。
「へ、へぇ、そ、そうなの〜そんな軽装で大量発生した魔獣を・・・それは楽しそうだけど私今日は外せない大切な用事ができた気がするわ。とっても嬉しいお誘いだけど、また今度誘って頂戴?」
「にーれちゃんこないの・・・そっか・・・」
しゅんと下を向きながら心底残念だと言う表情と言葉を発するオレ達の娘を見て罪悪感に苛まれているだろうニーレ。
「ニーレお姉様ね。ウッ・・・これ以上この空間にいるとこのまま頷いてしまいそうですわ。ではリアはまた今夜会いましょう。それでは失礼」
そう言うと足早にオレ達の前から姿を消す。
闇精霊だからか影?というか闇というかその中を移動できるらしくて便利でカッコいいっていつも思うんだよな〜いいな、アレ。オレも欲しい。
「な、イェルク!何故そんなにニーレの後を見つめているんだ!まさか浮気か!浮気なのか!?浮気記念日か!?」
「おとーしゃまうわきなの?うわきならベねとしよ!べねおとーしゃまとけっこん!」
「浮気記念日ってなんだよ、あの某野菜記念日的なやつか!?ベネはベネでそんなこと言っちゃいけません!めっ!」
「そうだぞ、お父様はお母様のお父様だからな。欲しければ私の屍を越えて行くがよい!」
「ほらほら、辺境の街に悪さをしているらしいエンシェントドラゴンを狩りに、いや捕獲しに行くんだろ?早くしないと今夜の約束に間に合わなくなるぞ?それに怒っている顔も可愛いがリアは笑っている方が可愛いぞ」
「なっ、ひゃっ、あっ・・・あぅ・・・」
「あははー!おかーしゃま、おかおがりんごみたいにまっかっかー!」
最初に出会った時は王子達が熱を上げてる見目麗しい可憐なだけの女の子であったが、実際は好戦的だし勝気だし顔と中身が合ってないしで怖いとも思った。
しかしこうして見るとなかなかに可愛いところもあるのだ。
♢♢♢♢♢
オレは騎士団長の息子でその後騎士団長として国には仕えてはいた。
しかしあのパーティの一件で王子達に愛想は尽きていたし、あの子にしてあの親ありという感じで、トレーネに攻め込まれた時も、これはニーレのせいだという王子達の言葉を鵜呑みにして王は強制的に徴兵して戦を行おうとしたりしていたし。
あの時のトレーネ軍は流石というか、抵抗してきた人達には峰打ちをしていき絶対に死なせる事はなかったし、行軍しながらも、『トレーネのここが良い!』と宣伝・アピール・勧誘して行ってたしとにかく凄かった。
その姿勢と熱意によってどんどん吸収されていったんだよな。
オレの両親達もいつのまにか絆されてた上に、姫様があなた方の息子を気に入ったようなのですと相談までも受けていたらしい。
両親達は、『婚約を断るくせになかなか良さそうな人を連れて来ないから心配してたんだ。うちの不肖の息子で良かったらいくらでも持って行ってください』と快く了承していたらしい。
そう、オレが連行されていた時は既に外堀が埋められている状態であり、リアの要求にはイエスかハイとしか答えられない状況だった。まあその時にはもう覚悟を決めていたんだが。
転生したのに気づいたのは乙女ゲームの終盤で、ゲームだと断罪され倒すべき敵になっていただろう悪役令嬢であるニーレともこうして今でも仲良く出来ている。
ヒロインが聖女に覚醒する事が無かったせいなのかは分からないが、結論として国は滅び、実質ゲームのバッドエンドのようなものは迎えてしまったのだろう。
転生前の生活を懐かしんだり、姉ちゃんの事を思い出したりする事もあり悲しくなったりもするが、可愛い妻と娘に囲まれこうして一緒に出かけたりできてオレは今とても幸せだ。
♢♢♢♢♢
「それにしても本当に幸せそうな家族って感じだったわね。・・・あなたのことだから、記憶を思い出した時に泣き喚いて悲しむものかとも思ったけど。安心したわ。弟に先を越されるなんて・・・はぁ、私にも早く春が来ないかしら」
そう言いながら、少女は影へと溶けていったのであった。
読了ありがとうございました!
イェルクは転生特典とたゆまぬ努力でヴァルスリアと並ぶほどの実力を手に入れているのと、ゲームのイェルクは細身のイケメンだったのに、コイツは体を鍛えすぎて屈強になりすぎてしまっているとかいう裏設定もあったりなどしました。