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ルーク視点

ルークの年齢は、十九歳です。

 

 世界は二つに分かれている。

 一つは俺が住む人間の世界。二つ目は魔族が住む世界。どちらも一つの国と成している。


 この二つの世界は一つの大陸で綺麗に二つ分かれており、生活環境も異なる。二つの世界は、表向き友好的な関係を築いている。


 だが、人間の国では、魔族を蔑み見下す者が多い。なんと嘆かわしい。


 俺は、魔族の方が人間より優れていると常々思っている。

 魔族は人間より慈悲深く、聡明だ。身体には、角やしっぽなどが生えている。治癒能力は高く、寿命は人間の約二、三倍ともいわれている。



 そして、争いごとを好まない者が大半だ。

 これが何よりも優れていると俺は思う。



 人間はすぐに争いを始め、上に責任を求める。自分たちで解決しようとしない。目先の欲に目が眩み、大切な物を見失う。そして、魔族を下等な種族と見下し、裏で売りさばく。もちろん、人間すべてが悪いわけではない。総評した結果だ。俺にも人間の友人はいる。



 さて、俺の家、ブラッケン家にはある少女が住むようになった。名前はエーデル。魔族の娘で、かのデーリン家の子孫だ。


「おはよう、エーデル」

「―ぁ――ぅ―」


 口をぱくぱくさせて、自分の意志を伝えようとしてくる彼女に、自然と憂鬱とした気持ちが晴れやかになる。

 彼女は最近、やっと声が出るようになってきた。まだ会話には程遠いが、彼女が一生懸命に話をしようとしてくれる。その気持ちが、俺には最も喜ばしいことだった。


「体調はどうだい?」

「ぇ――」

「そうか、良いか。では、今日は庭で散歩しようか」


 彼女を抱き上げて車いすに乗せる。ハンドルを握って、行くよ、と声を掛けてから部屋を出る。


 彼女は奴隷として酷使されていたところを、父に発見された。


 父はすぐさま彼女を保護。あまりにも酷い状態だったので、家で療養することになった。なんとも素晴らしい父だ。見ず知らずの魔族を助け、あまつさえ家で療養させるなど。なんと心根の優しい持ち主なのだろう。

 父は社交界で噂になり、人気が上がっている。父はこのような慈善活動をよく行い、領民や貴族達から人気を得ているのだ。


 だが、そんなものは見せかけだ。ただの人気取りに過ぎない。


 エーデルを救ったのはただの慈善活動ではない。

 彼女はデーリン家の血を継いでいるのだ。




 約五〇〇年前、二つの世界は幾度も争いを繰り返していた。しかし、俺達の王が魔族の世界を統治したことにより、戦争は終結。以降、争いは起きず双方良好な関係を築いている。


 当時、魔族と、ある貴族の娘との間に子供が設けられた。


 魔族は寿命が長い代わりに繁殖能力が低い。さらに流産の危険性も高く、妊婦はどこぞの姫のような待遇を受ける。

 また、魔族の赤ん坊は、その治癒力の高さから、人間の赤ん坊よりも倍の栄養がいる。

 そのため、繁殖能力の高い人間が妊娠できたとしても、赤ん坊を産む前に母体が死んでしまうか、流産してしまうのだ。しかし、その貴族の娘は妊娠し、あまつさえ出産までした。しかも母子ともに健康。



 終戦直後の出来事だった。さらに、生まれた子供の父親が魔族の王子だったこともあり、赤ん坊は友好の証として人間の世界で育てられることになった。その後、母親の血筋は魔族との相性が非常に良い事が判明。以降、王は友好が切れていない証明として、魔族との婚約が義務付け、子供を設けるよう命令。その貴族は、社交界で高い地位を得ることになる。


 それが、デーリン家だ。


 だが、デーリン家の血筋は途絶えてしまう。魔族との関係が破綻することはなかったが、いつしか人間の意識が変化していき、魔族は下等な種族と言われるようになり奴隷として売られるようになってしまった。この間に何が起きたのか、こちらの世界では空白の歴史になっている。魔族の友人に聞いてみると


「人は優位性を求める生き物だからね」


と言われしまった。悔しいが同意だ。



「いつ歩く練習を始めるんだ?」

「―ぅ―」


 エーデルが、二つ指を立てた。


「明後日、かな?」

「ぅ!」


 黒い髪の間から生えた白い角が神々しい。耳は尖り、肌は透き通るように美しい。骨と皮しかなかった体も、やっと柔らかくなってきた。


「時間があれば俺も練習に付き合おう」

「~~!!」


 彼女はしゃべれない分、体全体で気持ちを表現する。それがこの荒みきった心を溶かしていく。


「綺麗だ」


 はっきり言おう。俺は彼女に惚れている。




 偶然だったのだ。


「デーリン家の生き残りを見つけた」


 滅多に息子に顔を見せない父に呼び出された。渋々出向いて発した開口一番の言葉がこれだ。

 デーリン家の話など、俺達の間ではすでに眉唾物、夢物語になっていた。俺も信じておらず、気でも狂ったかと思った。


「デーリン家は、滅んだはずでは?」

「生きていたようだ。下町の宿場で働いていたのを、私が発見した」

「それで、今はどちらに?」

「この家にいる。アレがいた部屋に置いた」


 自分の妻をアレ呼ばわりとは、この男は相変わらずだな。



 母は政略結婚でこの家に嫁ぎ、俺が三つの頃に亡くなった。病気だ。母は体の弱い女性だった。

 父は家の繁栄にしか興味がない。母との結婚も、彼女の血筋がブラッケン家より古かったからだ。ブラッケン家は侯爵家ではあるが、どの家よりも歴史が浅い。だから、母と結婚して家に由緒正しい歴史を与えようとしたのだ。


 俺が知っている伝承では、デーリン家は一時期王族よりも権力が高かったとも言われている。俺は、この時から嫌な予感しかしなかった。


「デーリン家というのは、たしかなのですか。魔族は国中にいますでしょう」

「お前も見ればわかる。あの色はデーリンにしか出せまい」


 なぜ、俺が会うこと前提なのだろうか。俺は関わりたくない。正直な話、その者が父に不当な扱いをされようと、俺にはどうでもいい。たとえ露見しても、俺は知らぬ存ぜぬを突き通す。

 この男の考えることは碌なことがない。幼いころから、嫌というほど分からされてきた。

 父は、正面に立っている俺を見ない。ずっと書類仕事をしている。


「ブラッケン家をより強い家にするため、彼女にはお前との子どもを産ませる」

「……は?」


 取り繕うことを忘れてしまった。いま、俄かには信じがたいことを聞かされたような。



「ちょっと、お待ちください。保護した者は、女性なのですか」

「そうだ」

「私には婚約者がいると聞いておりますが」

「誰が結婚しろと言った。お前は子供だけを作ればいいのだ。デーリン家の血を継いだ者が我が家にいるとなれば、王も無視できまい。これを土台に、ブラッケン家は新たな繁栄をもたらすのだ」


 筆舌に尽くしがたいとは、まさにことのことか。

 政略結婚は、どこの家でも行われていることだ。貴族の義務として、俺も文句はない。だが、これはあまりにも。


「仮に子どもが生まれたとして、彼女はどうなるのです。私の婚約者も納得されるのですか」

「役目を果たした後のことなど、気にせずとも良い。子どもも、養子に貰ったとでも言っておけば良いのだ」


 明確な答えは得られない。しかし、長年父の背中を見てきた俺は、彼の考えが手に取るように分かってしまった。


 彼女は“処分”されるのだろう。証拠隠滅されるのだ。そして、子どもは何も知らずに育てられる。ただ、ブラッケン家の繁栄のためだけに育てられ、死ぬまで父の傀儡にされる。

 ここで父が、ようやく俺を見た。とても実の息子に向ける目ではない。無機物を見るような目。


「今は子供を産める体ではないが、回復次第、役目を果たしてもらう。お前はそれまでに、アレの心でも手中に収めろ。その方が、何かと都合がよかろう」


 以上だ出て行け、無情な一言により、俺は部屋を追い出された。



 俺は、頑なに彼女に会いに行かなかった。それが、俺にできた僅かな抵抗だった。それも父には、赤子の癇癪とでも思われていたのだろう。


「すまない、エーデル。俺はそろそろ仕事に行かねばならない。あとはジーナに頼んでくれ」

「―ぁ―」


 とまあ、だらだらと語ってしまったが、結局俺は彼女にベタ惚れしてしまったのだ。あれは衝撃的だった。父に逆らえぬ自分と、真にデーリンの者か確かめたい自分。家に居たくなくて、宛てもなく外に出かける日々。

 そんな毎日を繰り返していたある日、悶々とした思いを抱えながら帰ってくれば、見知らぬ少女が庭にいた。

 しかも、その少女は黒い髪に白い角、金色の瞳と、伝承通りの特徴を持っていた。これだけ言い伝え通りの容姿なら、誰であろうと間違えようがない。


 俺は彼女の美しさに心奪われた。一目ぼれ反対派だった俺が、見事彼女のすべてを愛してしまったのだ。初対面の女性に新しい名前を付け、暇を見つけては彼女に会いに行き、プレゼントを用意したり、リハビリに付きあう。この間は、膝に乗せて見たのだが、あの時の彼女の愛らしい表情といったら…。


 人間嫌いの俺がここまでするなんて、自分でも夢にも思わなかった。



 彼女は家に来る前、奴隷としてこき使われていたとメイドから聞いた。

 身体は栄養失調により、歩くのもやっとの状態。声は長年のストレスにより出ない。俺と会った時よりも酷かったのだと、メイドから聞いた。



 観念しよう。俺は今、彼女を篭絡させようとしている。父の言いなりとなっている。



 名残惜しく何度も振り返る俺に、エーデルはずっと手を振っている。俺も振り返す。すると、彼女はさらに大きく手を振ってくる。彼女の姿が見えなくなるまで毎度繰り返される応酬に、胸がくすぐったい。


 愛の力というのは偉大だ。俺は彼女を好きなってから、悉く実感する。

 あれほど父を恐れ、逆らう気など起きなかったのに、今はやる気が漲ってくる。彼女との子供は大歓迎だが、父に利用されるのはいただけない。顔も知らない婚約者も、どうにかしなくてはいけない。

 

 ああ、彼女の存在をどう認知させるかも考えなくてはならない。俺と結婚する前に彼女のことを知られてしまえば、王族に奪われる可能性がある。事は慎重に運ばなくてはならない。


 彼女と結ばれるには、問題が山積みだ。



 だが、幸い友人には恵まれている。彼らに助力を乞えば、何とかなるだろう。なんなら、魔族の世界に逃げてしまうのも良い。


「お前はネガティブが過ぎる」


と、よく友人に言われるが、こんなにも楽観的に考えられるのは、やはり愛する者が出来たからだろう。



 エーデルワイスの花言葉を知っているかい?

 エーデル、君にはいつか話そうと思う。


 君の名前には、君の新しい人生だけでなく、俺のすべてが詰め込まれているんだよ。



「さて、やるとしよう」


 これから忙しくなるぞ。


エーデルワイスの花言葉

“大切な思い出” “勇気” “忍耐”


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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