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第七話








「アンヌお嬢様、お美しゅう御座います」


「ありがとう」



 この日の為にと新調した"可愛らしさ"よりも"美しさ"を主張するドレスに身を包んだアンヌは、誇らしげに自分を見る老執事ににこりと微笑んだ。



 両親と共に馬車に乗り込み、どこか物悲しげにぼんやりと窓の外を眺めるアンヌの横顔は、ハッとする程綺麗だ。


 あれから一年という月日が経ち、あの頃は幼さを残していたアンヌには大人の女性としての美しさが目立つようになってきた。



「アンヌ、せっかくの顔合わせの日にそのような晴れない顔をしていてはならん」


「……そうですね、お父様」



 にこりと優しく微笑んで言った父に、アンヌは困ったような笑みを向けた。



 今日は来月に控えた婚儀の前の、顔合わせの日だ。

これまでにも何度か相手には会っているのだが、今日が婚約者として会う最後の日になるだろう。



 次に会うときには、もう夫と妻となっている。

一言二言しか交わしたことのない相手が自分の夫になるなんて、未だにアンヌは実感が湧かなかった。



 相手の男性は侯爵子息で、見目はそう悪くなく寧ろ穏やかな顔付きが好感を誘う優しい人だ。


 向こうはそれなりにアンヌに好意を示していたのだが、アンヌの心が彼に向くことはなかった。



 そんな中で、とうとう婚儀が間近に迫った今。

アンヌは朝からずっと浮かない顔でぼんやりとしている。



 あれから結局クロードからはなんの音沙汰もなく。

予想していたのだけれど、やはりアンヌは晴れ晴れと嫁ぎに行く気にはなれないでいた。



 あの手紙の差出人が自分だと気付いてくれただろうか。


 それとも、たった一言綴られただけの紙切れの事なんて気にも留めずに捨ててしまっただろうか。



 彼は、私がいなくなって少しでも…ほんの少しでも"寂しい"と感じただろうか。



 アンヌは胸の痛みに伴うようにきゅっと苦しくなる喉に、眉を潜めた。




 寂しい。



 会いたい。



 でも、会えない。




―――貴方はもう、私の事は忘れてしまいましたか?





 自分達に決して悟らせまいと声を押し殺して涙を流す娘を、アンヌの父と母は悲しげに見つめていた。






 やがて馬車は、立派な屋敷の前で停まった。

差し出された父の手を取り、アンヌは馬車をゆっくりと降りる。


 最後まで両親に心の内を明かそうとはしなかったアンヌは、もう後には戻れなかった。



 

 屋敷の執事頭に迎えられ、両親は相手方のご両親が待つ居間へ、アンヌは相手の男性が待つ客間へと案内された。



 扉を前にして、躊躇するように視線を落とすアンヌ。

それに気付いた優しげな執事頭のお爺さんは、綺麗に腰を折るとその場を後にした。



"執事頭"



 その存在は、どうしてもクロードの姿を思い出させる。

この一年間、何度忘れようとしたか分からない。



 あの時、ペンと紙なんかに頼らずに自分の口で想いを伝えていたら。

そう、何度悔やんだだろうか。



 悔やんで嘆いても、胸に残るのは痛みばかり。

忘れてしまえたら、どれだけ楽だろうか。



 だけど、忘れることなんか出来る筈がなかった。



 きっちり撫で付けられた黒い髪と、眼鏡をかけた姿も


 冷ややかに見下ろすその冷たい視線も


 眼鏡を外した時の、あの吸い込まれるような瞳も


 


 自分を見て優しげに細められた瞳も。




 何もかもが、アンヌの記憶に、心に、深く刻み込まれていた。



 胸と、喉を見えない何かが締め付けて、つんとした痛みが鼻に走る。

それでも、アンヌは扉へ手を掛けた。



 話そう。きちんと、相手の男性に。

こんな気持ちのまま一緒になるんなんて相手にも自分の気持ちにも失礼だ。


 それでも受け入れてくれるというのなら、もう後ろを振り返らないで、前を向こう。




 泣きそうになりながら、アンヌはそう心に誓った。







「―――扉を開ける前にはノックをしろと言った筈だ。たったの一年でそんなことも忘れたのか?」




「え……?」




「―――なんて顔をしてるんだお前は」





 扉を開いて一歩足を踏み入れたアンヌの耳に届いたのは、聞き覚えのある呆れたような声だった。



「…クロード、様……?」



 不意に、アンヌの頬に一筋の涙が伝った。




 脚を組んでソファーに腰掛けていたクロードは、手にしていたカップをカチャリと置いた。

そしておもむろに立ち上がってアンヌの前までゆっくりと歩いて行くと、アンヌの後頭部を優しく引き寄せた。



「泣くな、馬鹿」



 顔をクロードの胸に押し付けられているアンヌは、状況が理解できずにぴくりとも動かない。


 それでも、溢れ出る涙だけは何故か一向に止まらない。



「どうしてここに…?」



「どうしても何もここは私の家だ」



「い、家?ここが、クロード様の?そんな、まさか…」



 アンヌは、驚いて顔を上げて、身を離した。



「私は侯爵のご子息様の家へ挨拶にとここへ来たはずなのに…」



「私の所へ嫁ぐのは不満か?」



「ふ、不満もなにも、だって私は…」





「お前の両親は何の不満もなく了承してくれたがな。まあ、あの侯爵の息子には悪い事をしたが」



 しれっと言ったクロードに、アンヌはますます困惑の色を濃くする。

すると、クロードは突然鋭い眼差しをアンヌへ向けた。



「公爵であるこの私が、侯爵や伯爵なんぞに土下座までして回ったと言うのに。一体何なんだお前の走り書きのようなあの紙切れは」



 一歩、また一歩とアンヌへ詰め寄りながらそう吐き捨てるように言ったクロード。

あの手紙が自分からだということに気付いていた事を知ったアンヌは、顔を真っ赤に染め上げて後退した。



「あ、あれは、その…」



「言いたいことがあるのなら口で言え」



 じりじりと間を詰められ、とうとう背後の扉に背中が当たる。

咄嗟に横に逃げようとしたアンヌを、すかさずクロードは両腕で囲い混んだ。



「ほら、どうした。たった一言だろう?口に出して、言うんだ」



 面白がるような眼差しでそう囁くクロードに、恥ずかしさが限界に達したアンヌはさらに顔を真っ赤にして叫ぶように言った。



「わ、私だって、クロード様から何もお聞きしていません!」





 少しの間沈黙が流れ、アンヌはぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開ける。

すると、自分の前に方膝を立てて跪いているクロードの姿が目に飛び込んで来た。



「ク、クロード様!?や、やめて下さい、どうしてそんな…」



「―――私、クロード・オードランは」



 アンヌの目をじっと見つめて、クロードは華奢な白い手を取る。



「アリアンヌ・ロランスを愛しています」



 アンヌは、大きく目を見開く。



「オードラン公爵家へ………」



 不意に煩わしそうに言葉を止めたクロードは、少し赤い顔で立ち上がってアンヌと向き合った。




「―――お前を、愛してる」




 吸い込まれるような瞳は、顔を真っ赤にしたアンヌを映し出していた。



「クロード様……」



「こんなものじゃ、足りない」



 そう言ってクロードが取り出した紙には、"貴方が好きです"と、たった一言だけが綴られている。



 不満そうな顔でそう言ったクロードが、アンヌは愛しくて愛しくて堪らなくなった。

そして、あの頃の、花が咲いたような笑顔でクロードへ飛び付いた。




「私も、貴方を愛しています…!」




 そう言って飛び込むように抱き付いて来たアンヌを受け止めたクロードは、その華奢な身体を強く抱き締めながら口を開いた。



「もう私の前からいなくなるのは許さない」



「…はい。ずっとお側にいます」



「お前を俺の妻にする。不満か?」



「いいえ、喜んで」



 そう言って涙を浮かべて微笑んだアンヌを愛しげに見つめたクロードは、柔らかい微笑みを浮かべてその赤い唇に触れるような優しい口付けを落とした。





「愛してる」






このお話で完結です。

読んで下さった皆様、ありがとうございました(*^^*)

番外編や、その他諸々執筆するつもりですので、よろしければ見掛けた時に覗いてって下さい♪

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