↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
向陽草は黄金の花を咲かせ、七年後、国を枯らした~箱の底の古文書は、続きを読まないと危険です~  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/6

06 黄金の花が枯れるとき

06 黄金の花が枯れるとき


 最初の収穫を迎えた日、ルーシーは王太子と並んで王家の農園を訪れた。


 畑には、人の背丈を超える茎が並んでいた。大きな花はすでにうつむき、中心にびっしりと種をつけている。


「これほど採れるとはな」


 王太子が、切り取られた花を覗き込んだ。


 農園の管理人は、日に焼けた顔をほころばせた。


「一粒から、これだけの種が採れます。来年は栽培地を大きく広げられるでしょう」


「油のほうは?」


「お持ちしております」


 差し出された瓶には、澄んだ黄色い油が入っていた。


 ルーシーはそれを受け取り、光に透かした。


「綺麗……」


 隣で王太子が笑った。


「君が見つけたんだ。もっと誇っていい」


 ルーシーは瓶を両手で包んだ。


 姉の机にあった紙には、確かに書いてあった。


 種を乾かし、殻ごと砕いて圧力をかけること。採れた油を漉し、不純物を取り除くこと。


 そのとおりに命じたら、油が採れた。


 (何も難しいことはなかった。姉は図書館で、古い文字を一つずつ辞書で調べたのだろう。姉の背中が目に浮かぶ)


「お役に立てて、嬉しいですわ」


 ルーシーが微笑むと、控えていた新聞記者が手帳に何かを書きつけた。


 向陽草の油を使った自動車が王都の大通りを走ったのは、その年の冬だった。


 沿道には人が集まり、窓から顔を出した王太子夫妻へ歓声を送った。


 家畜の脂を使った燃料より安く、まとまった量を確保できる。


 国外からも問い合わせが届いた。


 採油場の建設が始まり、向陽草の種を求める領主たちが公爵家を訪れるようになった。


「種そのものを売り切ってしまってはいけません」


 公爵は、応接室で帳簿を開いた。


「初めは栽培を委託し、収穫した種をこちらで買い取る。採油と販売はこちらで行うのです」


 向かいの席で、王太子がうなずいた。


「王家の農園だけでは、注文に応えきれない。協力する領主には税の軽減を認めよう」


「それなら、皆も安心して向陽草に替えられますわね」


 ルーシーが言うと、公爵は満足そうに娘を見た。


「お前のおかげだ。領地の者たちも喜んでいる」


 公爵領に最初の採油場が完成した日、母は新しい首飾りをつけていた。


「これから忙しくなるわね、ルーシー」


「ええ。でも、私にできることなら」


 工場の門前には、種を積んだ荷車が列を作っていた。


 公爵家の紋章をつけた箱が次々と運び出される。


 その光景を見ている間、ルーシーは姉のことを思い出さなかった。


 二年目には、公爵領の小麦畑の半分が向陽草に替わった。


 領地を視察した公爵は、道の両側に続く黄色い花を眺めた。


「今年の見込みは?」


「昨年の三倍ほどになるかと」


 隣に座った家令が答えた。


「ただ、一部の村で、秋蒔きの小麦を残したいという者がおります」


「何故だ」


「食べるものまで買うようになっては不安だと」


 公爵は眉を寄せた。


「小麦を作るより、向陽草を売ったほうが儲かる。数字を見せて説明しなさい」


「承知いたしました」


 向陽草の代金で、小麦を買っても金が残る。


 農民の家には新しい農具が入り、屋根が葺き替えられた。村の様相が変わった。


 翌年には、残っていた小麦畑も黄色い花で埋まった。


 王都へ入る荷馬車の積み荷も変わっていった。


 国内の領地から届く穀物が減り、港から運ばれてくる外国産の小麦が増えた。


 商人たちは、帰りの船に向陽草の油を積んだ。


 港の倉庫が足りなくなり、新しい倉庫が建った。


 王太子は議会で、燃料の輸出額が前年を大きく上回ったことを報告した。


 拍手は、しばらく鳴りやまなかった。


 四年目の秋、公爵領の収穫報告に、初めて減少を示す数字が載った。


「雨が少なかったそうです」


 家令の説明に、公爵は窓の外を見た。


「隣の領地は、増えたと聞いているが」


「あちらは昨年から栽培を始めたばかりでございます。こちらの畑は、少々、力が落ちているのかもしれません」


「肥料は入れているのだろう」


「はい。来年は量を増やすよう、手配いたします」


 翌春、畑には大量の堆肥が運び込まれた。


 茎は伸びた。葉も大きくなった。


 だが、秋に量った種の重さは、前年に届かなかった。


 種は同じようにできるが、中身がないものが多かった。


「畑を休ませてはどうでしょう」


 農園の管理人が申し出た。


「一部だけでも、別の作物に替えてみたいのです」


 公爵は机に置かれた契約書を指で押さえた。


「今年納める油の量は、すでに決まっている」


「ですが、このままでは――」


「東の林を開きなさい。新しい土地なら採れるのだろう」


 管理人は口を閉じた。


 採油場を建てるために借りた金をまだ返している最中だ。


 機械を止めても、返済の日は来る。


 公爵領では林が伐られ、丘の斜面まで耕された。


 新しい畑の収穫を加えると、その年の納入量はどうにか確保できた。


 報告を聞いた公爵は、深く息を吐いた。


「ほら、やりようはあるではないか」


 同じ頃、王宮には各地から相談が届いていた。


 中身のない種が増えた。


 採れる油が減った。


 去年まで青かった畑に、芽の出ない場所がある。


 王太子は報告書を読み、農政を担当する役人へ渡した。


「肥料の購入を支援しよう。開墾の申請も、早く通すように」


「殿下。栽培を減らすことも、お考えいただけませんか」


 年配の役人が言った。


「何を根拠に?」


「長く栽培している土地ほど、収穫が落ちております。一度、調査を――」


「調査はしてくれ。ただし、栽培を止めるという話は広めないでほしい」


 王太子は、別の書類を引き寄せた。


 外国との燃料供給契約だった。


「今、油の輸出を減らせば、食料を買う金が足りなくなる」


 役人は答えなかった。


 国内で減った小麦の生産を、すぐに戻せるわけではなかった。


 種麦の在庫も少ない。刈り入れの道具を手放し、向陽草を運ぶ荷車に買い替えた者もいた。


「まずは、今年を乗り切ることだ」


 王太子はそう言って、支援策に署名した。


 六年目の冬、公爵領の採油場で、操業を休む日ができた。


 運び込まれる種が足りなかった。


 機械のそばで働いていた者たちは、半分が帰された。残った者も、仕事のある日だけ呼ばれるようになった。


 町のパン屋では、パンがひと回り小さくなって値上げされた。


「小麦が値上がりしているんです」


 買いに来た女に、店主は言った。


「前と同じ大きさでは、この値段で売れません」


「油は、あんなに高く売れていたじゃないか」


「俺に言われても困るよ」


 店の前で、女は財布の中を数え直した。


 採油場で働く夫の賃金は、先月から減っていた。


「一時的なものなのでしょう?」


 ルーシーは、食卓で夫に尋ねた。


 王太子の前には、朝食の皿と一緒に書類が置かれていた。


「ああ。新しく開いた畑では、まだ採れている」


「では、そちらを増やせば」


「道から遠い。運ぶだけでも金がかかるんだ」


 王太子はパンに手を伸ばしかけ、やめた。


「公爵にも、契約分を確実に納めてもらわなくてはならない」


「父は、努力しておりますわ」


「わかっている」


 返事は短かった。


 以前なら、向陽草の話をすれば夫は笑った。


 今は、ルーシーが何か言うたびに、書類へ目を落とす。


「採油場の機械が悪いということはありませんの?」


「種そのものが減っている」


「でも、最初はあんなに……」


「だから、原因を調べさせているんだ」


 七年目の秋、王宮の執務室に、財務官が呼ばれた。


「足りないというのは、どの程度だ」


 王太子が尋ねた。


 財務官は帳簿を開いた。


「今季の穀物購入費の支払額は、油の輸出代金を超えております」


 王太子は顔色を変えた。


「外国の商会は、次の穀物については、代金の先払いを条件としてきました」


 財務官は続けた。


「これまで取引してきた相手だぞ」


「支払いの遅れが目立ってきておりますので」


 机の上には、油の出荷予定表があった。


 予定の欄には数字が並んでいたが、出荷を終えた印は半分にもついていない。


「公爵領の収穫が回復すれば――」


 扉が叩かれた。


 入ってきた侍従は、王太子の顔を見て足を止めた。


「何だ」


「地方から、至急の報告が届いております」


「公爵領か」


「いいえ。西部三領の代官より」


 王太子は差し出された封書を開いた。


 収穫は見込みの四割。


 農家に種を残させれば、採油場へ納める分がない。


 冬の穀物を買うため、王家の支援を求める。


「西部もか」


 つぶやくと、侍従は腕に抱えていた残りの封書を机に置いた。


「こちらは、北部からです。東部からも届いております」


 王太子は次の封を切った。


 向陽草を諦め、小麦を蒔いた畑の報告だった。


 芽が出ない。


 出ても育たず、根を掘ると細く短い。


 畑を替えようにも、村の周囲には、何年も向陽草を植え続けた土地しか残っていない。


 もう一通を開く。


 同じことが書いてあった。


 さらに一通。


 種を買う金がない。


 食料商人が、現金でなければ穀物を渡さない。


 村を離れる者が出始めている。


 王太子は封書の日付を確かめた。


 どれも、この数日の間に書かれていた。


「……地図を」


 声がかすれた。


 侍従が壁際から地図を運び、机に広げた。


 王太子は報告の届いた領地を、一つずつ指で押さえた。


 西部。北部。東部。


 公爵領から遠く離れた土地にも、同じ異変が起きていた。


 財務官が、開いたままの帳簿へ目を落とした。


「殿下。この収穫量では、油の収入を計算し直さなくてはなりません」


 王太子は答えなかった。


 地図の上に置いた手を、動かせずにいた。


 (公爵領を立て直せば済むと思っていた。一つの領地が不作でも、ほかから買えばよいと思っていた)


 だが、その買う先から、食料を求める手紙が届いている。


「国内の穀物の備蓄は」


「至急、確認させます」


 財務官が立ち上がった。


 扉へ向かう背中を見ながら、王太子はようやく地図から手を離した。


 机の端に積まれた報告書のうち、まだ半分は、封も切られていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。