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精霊王の愛し子は愛する王を奇跡の雨で祝福する  作者: 櫻井金貨
第2部 現世

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19/19

第19話(最終話) スミレの花の祝福と奇跡の雨(3)

「フィオリーナ!?」


 それはたしかに、フィオリーナだった。

 柔らかく揺れる、珍しいピンク色の髪。

 まるで花のような、スミレ色の瞳がイアンを見つめていた。

 フィオリーナが何かをしゃべっている様子さえ、はっきりと見えている。


 しかし、イアンにはフィオリーナの言葉は聞こえなかった。


「フィオリーナ……!!」


 イアンはフィオリーナに向かって手を差し出した。


「陛下!?」


 異変に気づいた人々が急いでイアンのもとに駆け寄ってくる。

 フィオリーナの姿は、やがて消えるように、見えなくなってしまった。


「陛下、いったい——? 今、フィオリーナと……!?」


 息を乱してひざまづいたのは、大神官アンドレイだった。

 心配げに、湖面とイアンを交互に見やっている。


「すまない。……幻を見たようだ」


 イアンは小さな声で言った。

 しかし、アンドレイは無言で湖水に手を入れると、何かをすくい出した。


「陛下、これを」


 イアンは差し出されたものを、見つめた。

 それは、みずみずしく甦った、一輪のスミレの花だった。

 ふんわりとした芳香が辺りに満ちる。


(枯れていたのに)


 イアンとアンドレイは言葉もなく見つめあった。


「王都に戻るぞ!」


 イアンは立ち上がった。

 甘い香りを放つスミレの花を、ふたたび左胸のポケットに収める。

 アンドレイもうなずく。


 一行は、山を降り始めた。

 王都へ。


 一刻も早く、セイン川へ。


***



 その頃。

 精霊王の国では——。


 精霊の水鏡が揺れ、イアンを映していた水鏡は、一瞬にして泉へと姿を戻した。


 フィオリーナは頬をピンク色に上気させ、息を弾ませながら振り返った。


「オベロン様……!!」


 両手をぎゅっと握り、胸の前で組む。

 スミレ色の瞳は大きく見開かれ、柔らかなくちびるは幸せに震えている。

 フィオリーナはまさに輝いていた。


 そんな様子のフィオリーナは、いまだかつて見たことがない——オベロンは困ったように眉を下げた。


「フィオリーナ……」


 フィオリーナは信頼しきった表情でオベロンを見上げた。


「オベロン様、本当は許してくださったのでしょう? だから、イアン様のスミレのお花を生き返らせてくださったのですよね……?」


 オベロンはそっぽを向いた。

 白金の髪がさらりと流れて、オベロンの顔を隠してしまう。


「……スミレの花が生き返ったのは、私ではない。あなたがその手で触れたからだ」


 オベロンは嫌々ながら答えた。


「あなたがフロリアンの生まれ変わりであるイアンのもとに行くことを決めた時、私自身があなたに加護を与えた」


 オベロンは言った。


「あなたが心から大切にされた時、精霊王の愛し子としての力が開花する、と」


 あなたを守るためだった、とオベロンはぽつりとつぶやく。


「……自分の人のよさに呆れてしまうね。——まさか、あの男がこの条件を満たしてしまうとは」


 一生の不覚、とうなだれるオベロンを、フィオリーナは微笑みながら抱きしめた。


「オベロン様、質問がありますわ」


 フィオリーナの言葉に、オベロンはぎくりと肩を震わせた。


「今回、わたくしは、もう死んでいるのでしょうか……?」


 オベロンは答えなかった。


「わたくしは、フィオリーナとして、もう一度フローランド王国に戻ることはできるのでしょうか……?」


 オベロンは沈黙したままだった。

 フィオリーナは困ったように微笑んだ。


 オベロンは気まぐれだし、何やら策略家の面もある。

 おまけに我も強いのだが、今までフィオリーナに嘘をついたことは、一度もない。

 フィオリーナは、オベロンの沈黙を肯定と捉えた。


「わたくし、フローランド王国に戻ります」


 フィオリーナは力強く宣言した。


「イアン様と力を合わせて、フローランドを、そしてフローランドに暮らす人々を守ります。それに、イアン様と生涯をともに生きていきたいのです。わたくしは——」


 フィオリーナは想いを込めて、オベロンを見上げた。


「わたくしは、イアン様を信じます」


 横を向いたままのオベロンの肩が激しく震えたのを、フィオリーナは見た。

 フィオリーナは優しく手を伸ばして、オベロンの肩をなでた。


「大好きな精霊王様。わたくしはいつもオベロン様に祈りますわ。いつも、心はつながっているのでしょう? わたくしの祈りは、オベロン様に届きますか……?」


 オベロンはようやくフィオリーナをまっすぐに見つめた。


「……もちろんだとも。あなたはいつでも私の愛しい子なのだからね。あなたのドレスや宝石は、あとで精霊達に届けさせよう。イアンのバカによろしく伝えるといい。フローランドはもう雨の心配をする必要はないだろう。セイン川も大丈夫だ。しっかりと大切にしてもらいなさい。もし、何かあったら、私がいつでも川を氾濫させて迎えに行こう」


 オベロンは物騒なことを言いつつも、名残惜しげにフィオリーナの額にキスを落とした。


「さあ、もうお行き。私の愛しい子よ」


 フィオリーナは、しっかりとうなずき、精霊王の川へと入った——。


***




「イアン様」



 その声を、どれだけ待ち焦がれたことだろう。


 王宮から歩いてセイン川へ。

 それは、王宮で暮らしていた日々の、フィオリーナの日課だった。


 かつて、フィオリーナが愛した場所へと、イアンは足を進めた。

 フィオリーナが、そしてオフィーリアが毎日祈っていた、その場所へと。


 イアンはフィオリーナの存在を確信していた。

 なぜなら、王都にも雨が降っていたから。


 山から王都に戻る旅の間、どの町を通っても、雨は降り続けていた。

 まるで優しい祝福のような、しっとりとした、穏やかな雨だ。

 木々の葉から汚れを洗い落とし、大地にしっかりと染み渡る。

 植物は一気にみずみずしく立ち上がった。


「雨だ…! 雨が降っているぞ……!!」


 もうどれだけ長い間、待ち望んでいたのかもわからない。

 人々は感動に満たされ、次々に精霊神殿を訪れ、感謝の祈りを捧げていた。


 王都では、セイン川に向かおうとするイアンを、町の人々が取り囲み、口々に感謝と祝福の言葉をかけた。


「神殿で祈りなさい。近所に困っている人がいないか、確かめなさい。皆で助け合うように」

「はい、陛下。そういたします」


 若き王の言葉に、町の人々はうなずき、心から頭を下げて王を川へ送り出した。


「陛下、お気をつけて」

「陛下、いってらっしゃいませ」


 町の人々に見送られ、イアンは雨で服が濡れるのも構わず、川へと足を進める。

 そして、ようやく————。



「イアン様……!!」


 川岸でひざまづいて祈っていた、ピンク色の髪の少女が振り返った。

 イアンは駆け出す。


「フィオリーナ……!!」



 スミレ色の瞳が、喜びで輝くさまを、イアンは感動とともに見つめた。

 フィオリーナから差し出された細い手を、イアンはしっかりと握った。


 もう二度と、離さない——。


 雨は降り続く。

 精霊王の祝福を載せて。




「フィオリーナ。私は心弱く、何度も間違ったことをした。あなたを何度となく苦しめたのを、私は知っている」


「イアン様」


「私は二度と間違わない。もう二度と、あなたを離さない。あなたと二人で助け合ってこの国を守る。あなたと交わした約束を、今こそ果たしたい」


 フィオリーナはうなずいた。


「フィオリーナ」


 イアンはいまだ止む気配もなく、降り続ける雨の中で、ひざまづいた。

 雨雲の中から太陽が姿を現し、雨粒はまるでダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。


「あなたをこれ以上ないほど、愛している。もう二度と、あなたを離さない。これからもずっと、一緒に生きよう」


 イアンの言葉に、フィオリーナは微笑んだ。

 イアンは左胸のポケットから一輪のスミレを取り出し、フィオリーナに捧げた。

 フィオリーナはうれしそうにスミレを受け取る。

 そっと小さな手でスミレを包み込むと、幸せそうに胸に押し当てた。


「はい」



 万感の想いを込め、フィオリーナはイアンとともに未来を誓い合った。


♡♡♡ハッピーエンド♡♡♡


完結です!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

応援いただき、心から感謝です♡

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