第12章:今度こそ大団円
それから数日後。怒涛の強行軍を経て、私たちは無事にエルバニア王国の公爵邸へと帰り着いた。
ようやく馬車から解放されてホッとしたのも束の間。公爵邸の豪奢な応接室には、なぜかエルバニア王国の最高権力者である国王陛下――つまり、セシリア様のお父様が、ソファに座っていらっしゃった。
国王陛下直々のお出ましに、私は緊張で背筋をピンと伸ばす。その私の隣には、相変わらず私の腰を片腕でしっかりと抱き寄せたまま、悪びれもせずにソファに踏んぞり返っているヴァル様がいた。
「エルバニア国王として、また一人の父親として、今回のことの顛末、確かに報告を受け取った」
国王陛下は、目の前に並べられた報告書から視線を上げ、まずは私を優しく見つめられた。
「結衣殿、まずは我が娘、セシリアのあまりに突飛な行動によって、多大なる迷惑と心労をかけたことを深く謝罪させてほしい。甥の番、しかも同性の女性を正妃に迎えようなどと……本当に、親の顔が見てみたいと言われても弁明のしようのない迷走ぶりだ」
「い、いえ! 滅相もございません、陛下! セシリア様はただ、その、私への感謝が少しだけ変わった形で行き過ぎてしまっただけですので……!」
私が慌てて首を横に振ると、ヴァル様がフンと低く不機嫌そうな鼻を鳴らした。
「陛下、結衣をそんなに優しい目で見つめるのはやめてもらおうか。たとえ叔父上であっても、俺の番にそんな視線を向けるなら、今すぐその王冠ごと叩き斬るぞ」
「お前は相変わらず、結衣殿のことになると一国の王に向かってすら一切容赦がないな……」
国王陛下は完全に呆れ果てたように深い溜息を吐いたけれど、すぐに真剣な、一国の主としての顔に戻り、ヴァル様を真っ直ぐに見据えた。
「――だが、ヴァルフレイド。今回の迅速な動きには、心から感謝している。改めて礼を言わせてくれ」
国王陛下からの真摯なお礼の言葉に、私はおや? と目を瞬かせた。てっきり、私を独占したいがためにセシリア様をザクセンへ強引に連行したヴァル様が、めちゃくちゃに怒られるものだと思っていたからだ。
「セシリアのあの『結衣殿を正妃に』という親書がもし公になっていれば、ザクセンとの婚約破棄どころか、我が国の王族の正気を疑われる国際問題に発展しかねなかった。それを、お前がセシリアを上手くザクセンの最前線へとおびき寄せ、地脈の浄化という最大の功績を立てさせた。おかげで今や両国では『愛するクリストフ皇子の危機に、聖なるユニコーンの乙女セシリアが駆けつけ、愛の力で国を救った』という、これ以上ない美談として祭り上げられている」
国王陛下は少しだけ目元を和らげ、どこかホッとしたようにつづけた。
「おかげで二人の婚姻は絶対のものとなり、我が国の不祥事になるはずだった種は、完璧な形で摘み取られた。お前のその結衣殿を守りたいという執念が、結果的には、最悪の事態を回避することにつながった。本当に、よくやってくれた」
「礼には及ばない。叔父上や国のためにやったわけじゃない。俺はただ、結衣を狙う有害物質を、俺の視界とこの国から合法的に排除しただけだ」
「……そうだな。だが、もう一つ、私にはお前に謝らねばならないことがある」
国王陛下の声のトーンが、一段と低く、重いものに変わる。
「セシリアの我が儘のせいで、お前には長年、多大なる負担と不名誉を背負わせてしまった。我が娘の醜聞を隠すためとはいえ、お前が女性のようなふるまいをして、社交界で奇妙な噂を流されるのを黙認し続けてくれたこと……本当に申し訳なかったと思っている」
「俺自身、あの喋り方は鬱陶しい羽虫をあしらうのに丁度よかったから、気にしてなどいないさ」
ヴァル様は気怠げにそう言ってのけたけれど、本当はどれほど不名誉な噂に耐えてきたのだろう。一国の軍神とまで呼ばれる最高戦力の男の人が、従妹のためにそこまで犠牲になっていたなんて。私はヴァル様の横顔を見つめながら、切なさと、彼の深い優しさに胸が締め付けられるような思いがした。
国王陛下は深く首を振ると、座り直してヴァル様を真っ直ぐに見据えた。
「いや、私の気が済まない。ヴァルフレイド、今回の国を救った大功と、これまでの不義理への詫びとして、お前に相応しい褒賞を授けたい。何か望みはあるか? 領地か、新たな爵位か、それとも王宮の財宝か。お前が望むものを何でも言ってみるがいい」
何でも、という国王陛下の太っ腹な申し出に、私は思わずごくりと唾を呑んだ。一国の王様からの褒賞だなんて、一体どれほど凄いものを要求するのだろう。
すると、ヴァル様は私の腰を抱いていた腕にグッと力を込め、私を自分の身体へとさらに密着させた。そして、その美しい金色の瞳をいたずらっぽく、でも底知れないほど濃厚な熱を帯びさせてギラリと光らせたのだ。
「ほう、何でも、だな? 叔父上」
ヴァル様は低く男らしい声でニヤリと不敵に笑うと、国王陛下に向かって堂々と言い放った。
「ならば、俺と結衣の結婚式の後は、最低でも三ヶ月……いや、半年の新婚休暇を要求する。その間、俺には一切の軍務も公務も持ってくるな。俺は結衣を連れて、世界の果てまで愛のハネムーンに出かけるからな」
「ぶふっ……!? ヴァ、ヴァル様っ!?」
あまりにぶっ飛んだ要求に、私は今日一番の悲鳴を上げてしまった。
領地でも財宝でもなく、私を独占するためだけの長期休暇!?
国王陛下は一瞬だけ呆然と目を見開いたあと、ははは、と大声を上げて笑い出した。
「なるほど! お前らしい、実に強欲で徹底的な要求だな! よろしい、認めよう。我が国の国威をかけて、半年と言わず、一年でも認めてやる!」
「ちょっと、陛下まで本気にしないでくださいーーーっ!」
私のてんてこまいな抗議など、二人の最高権力者の前には風前の灯火だった。
セシリア様の暴走が片付いたと思ったら、今度は国を挙げての「ヴァル様による私を檻に閉じ込める(合法的な結婚)」への外堀が、もの凄いスピードで埋め立てられていく。
ヴァル様は私の耳元に唇を寄せると、「これで逃げられないからな、俺だけの可愛いお姫様」と、鼓膜がとろけそうなほど甘い声で囁いてクスクスと笑った。国家規模の作戦は、いつの間にか私を完全に捕まえるための包囲網へと変わっており、私の心臓は、嬉しさと恥ずかしさで限界突破のてんてこまいを迎えるのだった。




