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異世界AIは的外れ ~育てたら最強になりました~  作者: モグ
第1章:ハズレ ~使えないと言われた日~
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第2話:召喚、そしてハズレスキル(後)

「深谷、様……でしたか」


 控室に案内役の神官がやってきた。さっきまでとは明らかに態度が違う。腫れ物に触るような、申し訳なさそうな表情。


「スキルの鑑定結果について、改めてご説明させてください」


「ああ、分かってる。ハズレだろ」


 神官は言葉に詰まった。図星か。


「情報系スキルではありますが……実戦向きとは言えません。他の召喚者の方々のような、即戦力となるスキルではないかと」


「戦力外、ってことだな」


 神官は視線を逸らした。否定しない。肯定もしない。でも、その沈黙が何よりも雄弁だった。


「そのような言い方は……ただ、王城での待遇については、他の方々とは異なる形になるかと」


 城には呼ばれない。そういう話だった。


 他の召喚者たちは「勇者」として王城に招かれ、手厚くもてなされる。一方、巻き添えで召喚された上にハズレスキル持ちの俺は、適当に路銀を渡されて放り出される。


「まあ、いいさ」


 俺は立ち上がった。


「元々、巻き込まれた側だしな。自由にさせてもらうよ」


 神官は驚いた顔をした。もっと文句を言われると思っていたのかもしれない。


「あの、本当に申し訳ありません。せめて、この街での生活に必要な情報だけでも——」


「いや、いい。自分で調べる」


 俺はそう言って控室を出た。振り返ると、神官が心配そうにこちらを見ていた。


 落ち込んでないかと言われれば、うそになる。異世界召喚といえばチートスキルで無双。そんな展開を、俺だって夢見ていた。


 でも、現実は違った。俺は「巻き添え」であり、スキルは「ハズレ」。他の召喚者たちが王城に向かう中、俺だけが一人、城下町の雑踏に放り出された。


 スペックで判断される。あの時と同じだ——前世の転職活動で、書類選考で落とされ続けた時のような、あの無力感。


 でも、あの時、俺は諦めなかった。今いる会社で地道に成果を出し、気づけばチームに欠かせない存在になっていた。


 だったら、今回も同じだ。「ハズレ」だというなら、俺が「アタリ」に変えればいい。


 いつまでも落ち込んでいても腹は減る。


      ◇ ◇ ◇


 城下町の大通りを、俺は一人で歩いていた。


 初めて見る異世界の街並み。石畳の道、木造の建物、行き交う人々の衣服。どれも中世ヨーロッパのような雰囲気だが、どこか違う。空を見上げると、太陽は一つだが、雲の形が妙に幾何学的だ。


 露店の呼び声が飛び交い、どこかで肉を焼く匂いが漂ってくる。果物を売る店、布を並べる店、何かの薬草を乾燥させている店。どれも見慣れないものばかりで、目移りしてしまう。


 渡された路銀は銀貨三十枚。この世界の物価が分からないが、神官の様子からすると「まあ、しばらくは食っていける」程度の額らしい。少なくとも、今日の宿と食事は確保できるはずだ。


「まあ、なんとかなるか」


 独り言が口をついて出た。


 考えてみれば、前世でもAIを最初から使いこなせたわけじゃない。最初は的外れな回答ばかりで、「使えねえな」と思ったこともある。でも、使い方を工夫していくうちに、だんだんまともな回答が返ってくるようになった。


 このスキルも同じなんじゃないか?


「なあ」


 俺は心の中でAIに話しかけた。


「お前、俺が情報を渡せば使えるようになるのか?」


『はい。この世界の情報を伝えていただければ、より適切な回答が可能になります』


「俺次第か」


『そのように解釈していただいて差し支えありません』


 淡々とした回答。愛想も何もない。チャットAIそっくりだ。


 でも、その素っ気なさが妙に落ち着く。うそをつかない、ただの道具。感情で動かない、論理的な存在。それがこいつの本質だ。


 前世で一緒に仕事をしていた同僚たちとは違う。上司の機嫌を気にする必要もない。評価を気にして言葉を選ぶ必要もない。ただ、質問に答えるだけ。


 そういう存在が、今の俺には心強かった。


 俺がこの世界のことを教えれば、こいつはそれを使って回答を返してくれる。完璧じゃないかもしれないが、少なくとも今よりはマシになるはずだ。


 問題は、どうやってこの世界のことを学ぶか——


「きゃっ!」


 考え事をしながら歩いていた俺の耳に、小さな悲鳴が飛び込んできた。


      ◇ ◇ ◇


 路地裏で、子供が転んでいた。


 膝を擦りむいたらしく、傷口から血が滲んでいる。周りには大人の姿がない。迷子だろうか。


「大丈夫か?」


 俺は近づいて膝をついた。子供——五、六歳くらいの女の子——は、涙目で俺を見上げた。


「いたい……」


「ちょっと見せてみろ」


 傷は浅い。でも、子供にとっては大事件だろう。問題は、この世界に消毒液や絆創膏があるかどうかだ。


 ふと、思いついた。


「傷の手当ての方法を教えてくれ」


 俺は心の中でAIに質問した。


『基本的な応急処置についてお伝えします。まず、傷口を清潔な水で洗い流してください。異物が残っている場合は取り除きます。次に、清潔な布で傷口を覆い、圧迫して止血します。感染予防のため、可能であれば消毒を行い、清潔な包帯やガーゼで保護してください』


 現代日本の知識。でも、基本的な応急処置なら、この世界でも通用するはずだ。


「ちょっと待ってろ。水、持ってくるから」


 近くの井戸で水を汲み、手持ちの布——神殿でもらったハンカチのようなもの——を濡らして傷口を洗った。井戸の水は冷たく、この世界にも清潔な水源があることに安心した。


 子供は最初、怖がって暴れたが、優しく声をかけているうちに大人しくなった。


「ほら、じっとしてろ。すぐ終わるから」


「うう……」


「よし、これで大丈夫だ。痛くなくなってきただろ?」


「……うん」


 女の子は、まだ涙の跡が残る顔で頷いた。


「ダフネ!」


 そこへ、慌てた様子の女性が駆けてきた。母親らしい。


「ああ、よかった、こんなところに……! あなた、この子を助けてくださったんですか?」


「大したことはしてない。転んでただけだから」


 母親は安堵の表情を浮かべた。女の子の膝を確認し、きれいに処置されていることに気づいたようだ。


「でも、手当てまで……見知らぬ方なのに、本当にありがとうございます」


「いや、子供が泣いてたら放っておけないだろ」


 母親は何度も頭を下げ、女の子を連れて去っていった。女の子は去り際に振り返り、小さく手を振った。俺も手を振り返す。


 二人の姿が人混みに消えるまで見送ってから、俺はその場に立ち尽くしていた。


 胸の奥に、小さな温かさが灯っていた。


 異世界に来て、ハズレスキルだと思い知らされて、一人で放り出された。でも、こうして誰かの役に立てた。それだけで、少しだけ救われた気がした。


 そして、一つの事実に気づいていた。


 現代知識は使える。


 異世界のことは知らない。でも、現代日本の知識は豊富に持っている。衛生観念、応急処置、論理的思考。この世界では当たり前じゃないことが、俺のAIには詰まっている。


 そして、この世界の情報を俺が教えれば、こいつはそれを組み合わせて答えを出してくれる。


      ◇ ◇ ◇


 夕暮れの街を歩きながら、俺は考えをまとめていた。


 このスキルは、最初から完璧じゃない。


 でも、育てれば使える。俺が情報を渡せば、こいつはそれを材料にして答えを出す。異世界のことを知らないなら、俺が教えればいい。


 前世の知識と、この世界の情報。その二つを組み合わせれば、何かできるはずだ。


「お前、名前とかあるのか?」


『私に固有の名称は設定されていません』


「じゃあ、勝手に呼ばせてもらう。……いや、やっぱいいか。お前はお前だ」


『承知しました』


 相変わらず素っ気ない返事。でも、それでいい。


 こいつは道具だ。使いこなすのは俺の仕事。そして俺は、道具を使いこなすのが仕事のエンジニアだった。


「まずは、この世界のことを知るところからだな」


 俺は路銀の入った袋を握りしめ、宿屋を探して歩き出した。


 夕暮れの空は、オレンジと紫のグラデーションに染まっていた。前世で見たどの夕焼けとも違う、異世界の空。


 不安がないと言えばうそになる。でも、それ以上に好奇心が湧いてきていた。


 この世界には何があるのか。魔法とは何か。モンスターとはどんな存在か。そして、俺のスキルはどこまで使えるようになるのか。


 答えを見つけるのは、これからの俺次第だ。


 異世界生活、二日目が始まろうとしていた。


第2話「召喚、そしてハズレスキル(後)」 完


次回:第3話「異世界の朝」


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