第9話 成長の14日間と、蓄積する危険度
暗いワンルーム。
ベッドの横、工具箱を開けると――ぎっしり詰まった鉄杭が並んでいた。
百本。
小杉の裏金から運転資金として奪い取った1万クレジットの姿が、いまここにある。
(さて……稼ぐか)
そう思った瞬間、脳裏にひっかかるものがあった。
(……待て。俺って今、何回【配送】撃てる?)
ゴブリン5匹を倒すため、10本の杭を撃ち切ったあの夜。
最後の10回目を終えた瞬間、俺は疲労でベッドに沈み、そのまま意識が飛んだ。
あれが現状の限界。
――1日10回。
百本の鉄杭を使い切るまで10日。
回転率が悪すぎる。儲からない商売は腐るだけだ。
(ダメだ。まず換金日を把握するのが先だ)
スマホを開く。
斥候蜘蛛の映像リスト。
【2匹目:小杉デスク・モニター裏】
切り替えた映像には、いつもの脂っぽい事務所。
……そして、チャンスはすぐに来た。
翌日の昼休み。倉庫でコンテナを運びながら、イヤホン越しに事務所の音声を監視していた。
「あァ? クソ、めんどくせえな!
業者の回収、次の便は再来週の火曜じゃねえか!」
――ビンゴ。
再来週の火曜。
換金日まで14日。
(猶予は……2週間)
この14日間で、鉄杭100本――いやそれ以上を魔石に変えて、あの闇在庫へ叩き込む。
そう決めた瞬間、脳裏にあの警告がよぎった。
嫌な予感とともに、神マケのステータスを開く。
《【国家探知危険度】:0.15%》
(……チッ)
小杉から千円抜き、ゴブリン5匹分の魔石。
そして昨夜の裏金強奪と、鉄杭100本の受け取り。
自覚していた以上に、俺はすでに【ワールド・デリバリー】を酷使していた。
これはただの警告ではない。
国家の秘密警察の監視ゲージだ。
奴らが探しているのは、Sランクやユニークスキル保持者。
俺がスキルを使うたび、微弱なノイズが蓄積し、このゲージが上がる。
100%になれば――終わり。
疲労だけじゃない。
俺が向き合うべきリミットは、三つ。
一つ。14日間という時間。
二つ。脳が焼けるスキル回数。
三つ。《サードアイ》の危険度。
(……上等だ)
胸の奥で、乾いた笑いが漏れた。
(この三重苦で、最高のROI叩き出してやる)
◆
その夜から、俺のリモート戦闘は訓練へと変わった。
目的は討伐じゃない。
――疲労耐性と座標精度の強化だ。
初日の深夜。
Cランクダンジョンの映像を睨んで、鉄杭を撃つ。
「【配送】!」
ズクン――脳が揺れる。
9回目、視界が白む。
10回目、奥歯が砕けそうになる。
数日前の限界点。
(……まだだ。あと1回……!)
11回目。
「【配送】ッ!!」
ズクウウウウウン!!!
脳が焼け、そのまま意識が落ちた。
◆翌日。
激しい頭痛で目を覚ます。
だが夜にはまたスマホを握った。
11回撃つ。耐える。
そして――
(……12回目……!)
「【配送】……!」
失神。
◆3日目。
脳に熱い鉄棒を突き立てられたような痛み。
だが、倒れない。
13回目。「【配送】!」
14回目。「【配送】――ッ!」
ズクン!
14本目の杭が、ゴブリンの右目へ突き刺さった。
吐き気。目眩。
……ここまで。
震える手で神マケのメモ機能に記録する。
■3日間の成果
・使用回数:14回
・討伐数:30匹
・消費:37本
(……効率、悪すぎ)
疲労で座標精度が落ち、無駄撃ちが増えている。
回数を増やすだけではROIが悪化する。
(戦術、変える)
1匹あたりの消費を減らす。
狙うは――脳幹。
◆
地獄の精密一点狙い訓練へ。
4日目。外れ。
5日目。外れ。
6日目。外れ。
脳の耐性は向上し、1日の限界は16回・18回と微増。
だが命中率が上がらない。
工具箱の残り、10本。
(クソ……弾切れ)
換金日までに備蓄を最大化できない。
金が必要だ。
その時、斥候蜘蛛の映像。
小杉が万札の束を、例の隠し金庫に突っ込んでいた。
(……あの雑さなら、バレない)
リスクとリターンを天秤に。
弾切れは致命的。
(……やるしかない)
小杉がトイレに立つ瞬間。
「【ワールド・デリバリー】――【受取】!」
ズクン。
ポケットに新札の1万円。
即座にクレジット化し、鉄杭100本を追加発注。
合計200本。
(……まだ足りない)
さらに100本。
小杉の金庫が潤うタイミングを待つ。
◆
10日目。
苛立ちが募る。
限界回数は20回を超えた。
だが命中率は上がらない。
そして200本目を使い切った夜。
(……終われねぇ)
11日目の夕方。
小杉が新たな茶封筒を金庫に突っ込む。
(3回目……バレる確率は高い。だが――)
(リスク3割。リターン10割)
小杉が席を立つ。
「【受取】!」
三度目の1万円。
さらに100本追加で、合計300本。
その夜、ついに狙えるようになった。
モンスターの呼吸の谷間――
生体反応が静止する一瞬。
(……そこだ)
「【配送】」
糸が切れたように、ゴブリンが崩れる。
一撃。
12日目、13日目。
平均1.2本で討伐できるようになった。
備蓄の伸びが加速。
◆14日目。換金日。
最後の魔石を闇在庫へ【配送】。
工具箱には60本が残った。
表示された成果は――
【第14日目・換金日】
■使用回数(限界):25回
■平均消費:1.2本
■討伐:200匹
■備蓄魔石:215個(645,000クレ)
■国家探知危険度:2.75%
64万5千。
初任給にしては悪くない。
……が、心は一切浮かない。
澪の延命費――月80万。
(全然、足りない)
3300万の負債。
2億の保険。
1000億の奇跡。
このままCランクのゴブリンを狩り続けても、
――危険度100%の方が先に来る。
その時だった。
【1匹目:第3廃棄区画】の映像に動き。
見知らぬバンが近づく。
(業者……来た)
215個の魔石が詰まったダンボールが積まれ、
代わりに黒いカバンが置かれる。
小杉の足音。
……来る。
(どうする? 理想は俺の報酬だけ抜くこと。だが、中身は見えない……)
カバンごと奪うのは重量コストが重すぎる。
だが俺は――小杉の取り分がどれくらいか知らない。
(ROIを計算するには、まず原価が必要だ)
(今回だけは、データ収集だ!)
小杉の足音が近づく。あと10秒。
カバンの中の現金封筒に狙いを絞る。
「【受取】!!」
ズグウウウウウン!!!
重い。
意識が飛びかける。
ベッドの上に分厚い封筒が現れた。
(……90……94万5千!)
俺の取り分は64万5千。
(小杉の取り分は30万……!)
足音が――目の前だ。
一瞬で30万を掴み、叫ぶ。
「【配送】ッ!」
視界が白む。
だが、30万は消えた。
蜘蛛の映像へ。
黒いカバンの中――確かに30万が返却されていた。
小杉が封筒を確認し、舌打ち。
「……今月はこれだけか」
そのまま去っていく。
(……行った)
ベッドに倒れ込む。
脳が痛い。
だが左手には――
64万5千円の、生々しい重み。
(寄生――成功だ)




