第51話 総本店初日の祝勝と、動き出した迷子魂
王都の朝は、いつもより騒がしかった。
荷車の軋み。呼び込み。鍋の湯気。焼けた油。剣の鞘鳴り。それら全部が、同じ場所へ吸い寄せられている。
黒鉄要塞の出張所。看板はファントム・ロジスティクス。昨夜まで敵意を向けてきた連中が、今日は並んでいる。
列の先頭では、1号が淡々と頭を下げていた。
「受付は順番に。必要事項を伝票へ。優先度は医療、兵站、次に食。嗜好品は最後です」
反論は出ない。出せない。今ここに並んでいるのは、敵じゃない。依存者だ。
遠巻きに神殿の連中が立っている。監査団の視線は引いたが、消えてはいない。消す必要もない。見せたいものだけ見せておけばいい。
俺は司令室のコタツから動かず、斥候蜘蛛の映像で外を見ていた。勝つ時は現場に出ない。現場を回して、勝ちを固定する。
「高橋」
伝票束を抱えた高橋が、振り返る暇もなく返した。
「今しゃべらないで。手が3本ほしい」
「雇え」
「面接してる時間がない」
「面接しなくていい。試用で回せ。今日から。受付2名、伝票整理1名。賃金は上げろ。待ち時間の損失が一番高い」
高橋の眉が動いた。文句が来る前に、俺は続ける。
「雇用はコストじゃない。処理能力の投資だ。投資が遅れたら、王都が回らない」
「はいはい。わかった。王都の雇用市場を、あなたが救うわけね」
高橋は口を尖らせながら、すでに動いている。俺はそれでいい。
配送は現場が回す。門前でレオンが拳を鳴らしていた。兜の奥の目が、妙に輝いている。
「代表。指示をください。きつめのやつを」
1号が視線を向ける。声は冷たい。
「仕事」
「感謝です」
意味が分からない。だがこの変な部品は、壊れない。
「配送班。出るぞ」
レオンの号令で、数名が動く。運ぶのは収納ボックスだ。商品の移動はこれで十分。俺が手を出す場面じゃない。
ソフィアが通路の柱にもたれ、手袋を引き絞った。
「壊したら減給。遅れたら減給。勝手に英雄ごっこしたら減給。怪我を増やしたら修理費が増えるから、特に減給」
「先生。もっときついのを」
「減給」
「ご褒美」
神殿の見張りが、わずかに顔を引きつらせた。昨日まで異端だなんだと吠えていたくせに、今日は目をそらす。正義は、現場の泥に弱い。
倉庫の棚の上で、ロザリーが足をぶらぶらさせていた。
「ねえ。列、邪魔。燃やしていい?」
「だめ」
1号が即答する。
「じゃあ景観整備していい?」
その言葉の中に火薬が見える。1号は微塵もブレない。
「今日は接客。火薬は禁止」
「つまんない」
ロザリーは頬を膨らませたが、次の瞬間には笑っていた。つまらないなら別の遊びを探す。それが一番怖い。
行列は伸び続ける。医療、兵站、食。王都の生命線に、こちらが入り込んでいく。依存は支配の入口だ。支配は責任と敵を呼ぶ。
俺が息を吐いた時、視界にウィンドウが浮かんだ。金色の紋章。神々の市場。窓口の軽い通知じゃない。硬い。冷たい。上から来る圧だ。
神々の市場 本部監督部門より通知
対象:ファントム・フィールド計画
評価:審査継続
次の行で温度が落ちる。
付帯条件:王都総本店化の取引は本部監督下に置く
報告義務:週次
監督条項:優先順位と取引レートは本部が随時改定
首輪だ。便利になった瞬間に、規約で締める。こちらが王都を回したぶんだけ、向こうは条件を回す。俺は笑わなかった。怒りもしない。感情はコストだ。
「1号」
映像越しに、1号の顔が1度だけこちらを向く。
「本部が首輪を掛けてきた。だが外さない。首輪を付けたまま噛み返す」
「理解しました。総本店化は止めません」
「止めたら負けだ。依存を深くする。王都を回して、既成事実にする」
1号は頷いて、また接客に戻った。それが一番強い。
高橋が、伝票の束から1枚だけ抜いて、こちらへ滑らせた。
「これ、変。文面が無駄なく整いすぎてる。王都の人間の書き方じゃない」
俺は見た。確かに余計な言葉がない。目的だけがある。
「今は追うな」
「え」
「今日は本部が先だ。罠は作る。炙るのは後だ」
高橋は唇を尖らせる。
「はいはい。でも忘れないで。敵は1枚じゃない」
忘れるわけがない。忘れたら損だ。
昼。王都の流通はさらに滑らかになっていく。レオン隊が配送を回す。ソフィアが労務を締める。1号が代表として王都側と調整する。高橋は採用を回しながら窓口を捌く。
俺は動かない。動かないほうが利益が出る。
その時、視界にもう1度、金色の紋章が浮かんだ。さっきより静かだ。静かな通知ほど、怖い。
神々の市場 本部監督部門より通知
案件:迷子魂
対象:澪
喉の奥が、硬くなる。次の表示で空気が変わった。
状態更新:保留 移送中
移送先:非開示
関係者の接触:禁止
情報照会は審査に影響する可能性あり
俺は1度、息を止めた。怒りが胸を叩く。だが怒りは使い道がない。使える形に変える。
保留が移送中に変わった。本部が動かした。俺が王都を回している間に、澪を運び始めた。
運ぶ。配送。それは俺の土俵だ。俺は1号にだけ短く言った。
「王都は止めるな。支配は続けろ。依存を深くする」
「了解しました。王都は総本店として固定します」
「澪は別線だ。本部が動かすなら、俺も動かす」
高橋が顔を上げた。その目が、珍しく真剣だ。
「今度は追うの」
「追う。だが走らない。誘拐犯も本部も、まとめて炙る仕組みを作る」
ソフィアが淡々と口を挟む。
「炙る前に現場が燃えないようにね。燃えたら修理費が増える。減給が増える」
レオンが胸を張る。
「減給。ご褒美」
「黙れ」
1号の声が冷える。レオンは嬉しそうだ。世界が終わっている。
俺はコタツの上で指を組ん、盤面を見下ろした。本部は澪を動かした。澪は鍵だ。鍵を動かすのは、渡す相手がいるからだ。なら、誘拐犯も動く。
俺は視界の端で静かに光る紋章を睨んだ。
「本部が動かすなら」
言葉を切る。怒りを刃に変える。
「俺は王都ごと動かす」




