第4話 斥候蜘蛛と1000クレジットの貯金箱
(1000億。2億。3300万……)
(計算が合わないなら、合わせればいい。常識で届かないなら、常識を“配送”でブチ壊せばいい)
俺はベッドから起き上がり、ポケットから10円玉を1枚取り出した。
(まずは「資産査定」だ。俺が持つ「二つのスキル」の性能を、徹底的にテストする)
最初は、組織が俺に「登録」した方のゴミスキル。
Fランク【配送】。
俺は10円玉を机に置き、意識を集中する。
配送先は、部屋の隅にあるゴミ箱の中。
距離、約3メートル。
「【配送】」
ズクン、と。
脳の髄が引き抜かれるような、強烈な疲労感。
昨日、小杉のコーヒーを消した時と同じ、最悪の魔力効率だ。
10円玉は、音もなくゴミ箱の中に転移していた。
(……燃費、悪すぎだろ)
たかが10円玉1枚で、この疲労感か。
最大転送距離が5kmだろうと、これじゃ話にならん。
コストは「重量」依存だ。
3メートルだろうが5kmだろうが、この10円玉を送るコストは変わらねえ。このスキルは、根本的に効率がクソなんだ。
(まあ、国家が俺を「ゴミ」と認定し、「無害」と誤認してくれてる分には、最高のカモフラージュか)
次に、本命。
【ワールド・デリバリー】。
俺はゴミ箱に意識を向け、スキルの「受取」を発動した。
「【受取】」
さっきと寸分違わぬ疲労感。
10円玉が手の中に正確に戻ってきた。
(コストは「重量」依存、これで確定だ。【配送】も【受取】も、同じ「重量」ならコストは同じ)
(これは連発するスキルじゃない。必殺の場面で、たった一度だけ使う、切り札だ)
では、次のテスト。
こいつの「真価」は、距離無制限という一点にある。
俺は、5km以上離れた場所を思い浮かべる。
……そうだ、俺が以前住んでいたアパート。
ここから約20km。
10円玉を握りしめ、あの空っぽの部屋の、床の真ん中をイメージする。
「【ワールド・デリバリー】――【配送】」
またしても、さっきとまったく同じ疲労感。
(距離はコストに関係ない。確定だ)
そして、10円玉は確かに手のひらから消えた。
成功だ。
半径5kmのゴミとは違う。
こいつは本物だ。
その、直後。
ビッ!!
視界の端が、赤く点滅した。
《警告:高位魔力変動を探知》
《【国家探知危険度】が 0.01% 上昇しました》
「……チッ」
これか。
国家の監視網。
Fランク【配送】(5km)では反応しなかった。
だが、距離無制限の【ワールド・デリバリー】を使った瞬間、即座にノイズを拾われた。
(迂闊に使えねえな)
(このパーセンテージが積み上がれば、俺は「虚偽申告のユニークスキル持ち」としてマークされる。使うのは、最低限。ROIが最大になる瞬間だけだ)
だが、テストは終わらない。
もう一つ、試したいことがあった。
俺は安っぽい社員寮の「壁」を見つめる。
(座標指定……)
(もし、この「座標」を、空間じゃなく「物質の中」に指定したら?)
俺はポケットから、もう1枚の10円玉を取り出す。
配送先は、あの壁紙の「裏」。
石膏ボードの「内部」。
「【配送】」
10円玉が消える。
疲労感。
俺は壁に近づき、指で叩く。
コン、コン。
硬い。
だが、さっき配送したあたりだけ、音が違う。
コツ、コツ。
中に、何かが「在る」。
(……入った)
(物質の内部に、別の物質を「強制的に存在させる」ことができた)
俺の口の端が、吊り上がる。
これがもし、石膏ボードじゃなく。
生きたモンスターの、心臓の「内部」だったら?
(……いや)
(今のは「止まっている壁」だから、座標指定が簡単だった)
(これがもし、時速30kmで突進してくるオークの、「常に動き続ける心臓」の座標だったら?)
(タイミングが0.1秒でもズレれば、心臓を外して即死させられない)
(座標設定がシビアすぎる。ぶっつけ本番で使えるほど、甘いスキルじゃねえな)
興奮を抑え、俺は最後のテストに取り掛かった。
(距離無制限なら、どこへでも送れるのか?)
配送先――クロノス・ロジスティクスの社長室。
「【配送】」
……シーン。
何も起こらない。
先ほどと違い、体への負担も感じられない。
視界に、冷たいエラーメッセージが浮かぶ。
《エラー:座標未登録》
《対象座標への物理的訪問履歴がありません》
「……なるほどな」
(要は「配送」か。俺の脳が「住所(座標)」を知らない場所には、送りようがない)
(一度「行く」ことで、その場所の空間座標が俺のスキルに「登録」される……そういう仕組みだ)
(いいだろう。ルールは理解した)
(スキルはテストしたが、丸腰じゃ話にならん。道具がいる)
俺は【神々のマーケット】を起動する。
だが、俺の視界の隅には、無慈悲な現実が映っている。
《残高:0クレジット》
(……詰んだか)
(スキルがあっても、最初の軍資金がなきゃ始まらない)
俺が神マケのトップページに戻った、その瞬間。
悪趣味なほどデカいバナーが、視界で点滅していた。
《ようこそ“優良養分候補”様! 新規ウェルカムキャンペーン実施中!》
《今なら【月一開催】闇鍋・廃棄処分ガチャ(1回1万クレジット)が、“無料10連”!》
「……無料ガチャ」
喉から乾いた声が漏れる。
中身は「闇鍋・廃棄処分ガチャ」。
(“廃棄処分”か……どうせゴミばかりだろうが)
(コストが「0」なら、リターンが1クレジットでも黒字だ。回さない理由がない)
俺は「ガチャを回す」ボタンを意識した。
視界が、ガラクタの山とゴミの渦に飲み込まれる。
《Fランク:魔界の毒草》
《Fランク:呪われたネジ》
《Fランク:異世界の土》
……
ゴミ。
ゴミ。
ゴミの山だ。
8回目まで、すべてが換金価値すら怪しいFランクの廃棄物。
(やはり、タダで手に入るのはゴミだけか)
そう諦めかけた、9回目。
視界が、Eランクを示す鈍い銀色に光った。
《Eランク・斥候蜘蛛(5体セット)》
「……蜘蛛?」
なんだこれ。
俺は、アイテムボックスに転送された「斥候蜘蛛」の“詳細”を開いた。
《説明:視覚・聴覚をスマホ(端末)に共有投影できる小型ゴーレム。踏まるると壊れる》
(……視覚を、共有投影……?)
その一文を見た瞬間。
俺の脳内で、バラバラだった情報が繋がりかけた。
(待て)
(もし、この「蜘蛛」をダンジョンに設置したら……俺は、安全な「自宅」にいながら、ダンジョンの光景を“見る”ことができるのか?)
(小杉の「闇在庫」の場所を特定するのにも使えるかもしれない)
(……いや、まだだ)
(今は、この蜘蛛を活かすための「武器」が先だ)
俺は、興奮しかけた思考を一度中断し、冷静に【業務用品】のストアページを開く。
モンスターを仕留めるための「弾薬」の値段を。
《異世界の鉄杭セット【Fランク】》
《価格:1000クレジット(10本セット)》
(1000クレジット……)
俺は、ついでに手に入った「魔界の毒草」や「呪われたネジ」をどうにか換金できないか、神マケのUIを調べる。
だが、「売却」ボタンや「買取」カテゴリは、どこにも存在しない。
(……売却不可か)
(神マケは「買う」だけの、一方通行の市場らしい)
(斥候蜘蛛はタダで手に入った)
(残るは、鉄杭の1000クレジット)
たった、1000クレジット。
その数字を見た瞬間、俺の思考は「詰み」ではなく「実行」に移っていた。
(……ああ、そうだ)
俺は、あの脂ぎった顔を、頭に思い浮かべる。
小杉。
俺には、最高の「貯金箱」があったじゃねえか
あいつの財布ごと奪う? バカか。小杉が即座に「盗難された」と気づく。ROIが最悪だ
あいつは、おそらく安物の財布に常に数万の現金を雑に入れてるタイプの人間だ)
あいつがどんぶり勘定なら、その中から1000円――たった一枚の紙幣が消えても、気づかないはず
「あれ?昨日何かに使ったか?」と勘違いして、終わりだ
これこそ、リスク最小の「最適解」だ
明日、あいつの財布から【ワールド・デリバリー】の【受取】で、1000円だけ抜き取ってやる
座標登録? 必要ない
明日、あいつが俺の目の前に来た瞬間、あいつのポケットに直接アクセスすればいい
いいだろう
ダンジョンで素材を狩るにも、小杉の「闇在庫」に寄生するにも、まずは「現場」での「座標登録」と「軍資金」が必要だ
幸い、明日から俺は「債務奴隷」として、その「現場」へ強制的に送り込まれる)
絶好の「下準備」の始まりだ。




