宝箱の中身
『999本の薔薇、結婚式エンド』とは。
メインヒーローであるセウスと、ヒロインのフィーナが運命の恋に辿り着く涙のエンディング。
フィーナを取り巻く他の男性キャラクターのアプローチを掻い潜ってはセウスの好感度を徐々に上げていかな、そのエンドは見られへん。しかも、セウスだけ上げるってわけにもいかん。それだけじゃ駄目で、他キャラも上げてへんと、ここには辿り着かん。
普通に激ムズ案件ですわ。
このエンドを回収するまでに、どれだけの時間を費やしたか…。SNSで散らばっている情報をかき集め、踏むべきイベントと、避けるべきイベントを精査して、やっと辿り着く。
所謂大団円のエンディング。
セウスとフィーナの、結婚式。
それを参列するのは、今までフィーナを好きだった男たち。
そして昔一緒に暮らしていたアルヴァレイ家別邸を思い出すような、999本の満開の薔薇。
しかし、そんな中悪役令嬢のヴァネッサは、学園を去り、平民へ成り下がる。
フィーナに意地悪やいじめ、犯罪まがいのことまでしとったから、当然といえば当然だけれど。いや、処罰にしては生易しい。
まぁ、そこも含めて『大団円エンド』やからやと思う。
せやけど、それじゃあかん。
あたしは、目の前で、この素敵でまさにハッピーエンド、という光景を見たい。
「…その為には、まずこの世界についての確認からね」
前世の記憶を思い出してぶっ倒れ、そのまま帰宅。そのあと、「お恥ずかしながらお稽古で少し体が疲れていたのかもしれません。しばらく一人にしてくださいな」と苦痛の笑みを浮かべて母とメイドに告げれば、全力の笑顔で何かあったら呼ぶのよ!と告げられ数日稽古も家庭教師もなしが続いている。
美幼女の力、恐るべし。
閑話休題。
6才児のお部屋にしてはやたら大っきい自室に篭り、お稽古で余った用紙と羽ペンを用意する。そして前世の記憶を掘り起こして、誰にも読めないように日本語で書く。
きっと見つかっても、横に絵でも書いとけば、幼い子供の空想の文字に見えるやろう。
さて、乙女ゲーム『セント・ザ・クロス』。
そこに類似した世界であることは、わたくし達の存在と、この国の名前が示している。
母国、セントヴィクトリア王国。
前世の記憶のどこを探しても地図には載っていない、国。
この世界には魔法、と呼ばれる力がある。
わたくしはまだキチンと扱えないが、ゲームの舞台になる学園に入学する際、魔力測定診断が行われる。それにより入学にたる魔力と素質があれば無事桜咲き、魔力が足りなければ桜散る。入学試験のようなものだ。
学問の筆記試験もあるらしいが、それはまあ今この話では関係ないだろう。
こういう世界ではお約束だろうが、貴族出身者は、総じて魔力が高い。対して一般市民は、学園の合格水準を超えるものもいるらしいが、微々たるものだそう。
なので実質、貴族が揃って通う学園なのだ。
あとこういう所でのもう一つのお約束。
この世界の魔法には属性がある。家庭教師の先生は魔法属性と言っていて、種類は6つ。
火・水・風・地、光と闇。
最初の四つはよくある、よく居ると言ったところで、最後の二つはレアリティが高い。
その為、学園でもあまり学ばないらしい。
…この属性の話をして、お分かりの方も居るかと思うが、このゲームのヒロイン・フィーナは貴族出身者ではないが、膨大な魔力持ちである。属性は光。
まさにヒロイン、と思ってしまうほどのチート展開。ゲームでは光の魔法で重症のキャラクターを癒してたり、聖なる光、と呼ばれる大魔法でこの国を救っていた。
あれも良かったけど、あたしはその展開が見たいわけじゃない。
メインヒーローとの、最高お涙エンドが見たいんや!!!
「…コホン、議題が逸れましたわね」
オタクは話を聞かない。そして、自分の気持ちを語彙力もなく語ってしまう。
これは死んでも治らなかったようだ。
「というか、わたくし死んだのよね?
そこら辺曖昧だけれど……」
紅茶に口をつけながら、不思議に思う。
これはラノベとかでよくある、世界転生だと思っていた。
けれど、死んだ時の記憶が曖昧過ぎる。『セイント・ザ・クロス』をやり込んでいた事は覚えているのに…。ぐるぐると考えて、考えても何も出なかった。そういう時は時間の無駄だと諦め後回しにしなければ。
目下考えなければいけないのは、フィーナを彩る男性達のことだ。
つまり、攻略キャラクター。
彼らへの接し方一つで、最高のエンディングが決まる。
舞台はクロノス学園。フィーナが高等部に入学する時期。主に、生徒会メンバーが攻略対象となる。
そして、学園は中等部からエスカレーター式。フィーナは高等部から特待生として入学することになり、後に生徒会の庶務として迎え入れられる(ルート別でシナリオあり)。
襲いかかる嫉妬と羨望の波、親しくしていた兄の婚約者からの裏切り、そしてヒーロー達からの愛!!
そこで、攻略キャラとなる人物のおさらいをせなあかん。あらすじ通りにいけば、一学年上のヴァネッサがフィーナより先にエンカウントするんやから、誰が誰とかしっかり把握せなな!
って言っても、名前も顔も覚えてない。何故か靄が掛かったみたいに思い出されへん。またか!ってツッコミ入れたくなるわ。
きっとフィーナみたいに、名前と顔を伺って初めてその霞が晴れるんかも知らん。
でも、攻略対象の見出しはよぉ覚えてる。確か…。
「ツンデレ奥手メガネ・策士天使・わんこ下僕ストーカー・歩く肌色スチル・枯れおじ教師…」
そして紳士過保護のセウス。
なんやアホみたいなあだ名っぽいけど、これは公式からの設定であって、決してファンの呼称じゃない。公式が病気を患ってるんや。
中にはわたくし(幼女)の口から出てはいけない言葉もあるが、そこは気にしない。誰もいないしスルー。
「大体の方はわたくしが学園へ入学して、高等部へ上がる頃にエンカウントするでしょうし…」
となると、目下の目標はわたくしとセウス様、フィーナ様で仲良くなることですわね。
幼少期に仲良くなって、高等部で再会…というシナリオだったはずですから。
そうと決まれば早速お手紙を書きましょう。貴族令嬢の嗜み、文通の出番です。
レターセットを持ってきてもらう為、メイドの呼び鈴を鳴らすと、ガタガタと勢いの良い音が響き、少しの沈黙の後部屋にノックの音が聞こえた。
「お入りください」
「…失礼いたします」
ものの3秒ほどで来たのはわたくし専用、といっても過言ではないメイドのミモザだった。甘栗色の髪をリボンで一つに結び、少女特有の高い声でトーンを落として話してくれる。
「ミモザ、レターセットを用意して欲しいの。突然倒れてしまったから、セウス様と…フィーナ様にお手紙を書きたいわ」
「承知いたしました。…しかし、差し出がましいようですが、あまりご無理をなさらないでください。ヴァネッサ様がお倒れになった時。ミモザは心配で、胸が張り裂けるかと思いましたっ……」
「ありがとう、けれど大丈夫よ」
「も、も、勿体ない、お言葉…感謝いたします!!」
笑顔を向ければ、高ぶる感情に耐えるように口をきゅっと結んでいた。
知っていたけれど、ミモザはわたくしのことを主人以上に思ってくれているようだ。
一礼をして、部屋を出る姿を見て、何だかほっこりしてしまった。
前までのわたくしなら、「なにを言っているのですか?そんな事よりセウス様への便箋は豪華なものでなくては!!」と張り切っていたでしょうから、あんなリアクションになるのでしょうね…。苦労させたわね、ミモザ。
心の中で労っていたら、ぱたぱたと慌てた様子のミモザが帰ってきた。レターセットと、紅茶、あと何かを持って。
「し、失礼いたします」
「どうしたのかしら?」
「…アルヴァレイ公爵家、フィーナ様よりお手紙が来ております」
「っ!?」
フィ、フィーナ様から!??
ど、ど、ど、ど、ど、どうして!?
耳を疑い、思わず持っていた羽ペンを絨毯へ落とすところでした。それ程の動揺と、ふわふわとした気持ちが混じり合うのを感じます。
「…と、とりあえず、こちらに。お返事を書来ましたらまた呼びます」
「かしこまりました」
紅茶のセットと、便箋、そしてフィーナ様からのお手紙を置いて、ミモザは退室した。
いや、破顔するかもしれないから、退室させた、の間違いですが。
そんな姿、流石に見せられません。
ごくり、と固唾を飲み、何やらよくわからない緊張した空気の中、フィーナ様からのお手紙の封を開く。
『拝啓、ヴァネッサ・マンダレイ様。
お体のお加減はいかがでしょうか?
兄から聞くと、ヴァネッサ様はお稽古や家庭教師の先生方の授業が大変な中、アルヴァレイ家別邸へ遊びに来てくださっているとのことで。
その度に兄も喜んでおりますが、わたくしはヴァネッサ様のお身体が心配でなりません。
初めてお会いした時にわたくしが怪我をして、みっともなく泣いていたら声を掛けてくださる程。ヴァネッサ様はお優しい方だと思いました。
だから、そのお優しい気持ちを、ちょっとだけご自分に向けて差し上げて下さい。
突然、筆をとってしまい申し訳ありません。
お返事などは不要ですので、またゆっくり体を休めて下さいませね。
フィーナ・アルヴァレイ』
拙い字で書かれた、一枚の便箋。
一生懸命お手紙を書いているフィーナ様と、言葉遣いや書式などを横で教えていらっしゃるであろうセウス様を思うと、胸がぎゅぅ〜〜っと苦しくなる。
そうこれは愛!萌え!推しカプ尊い…!!!
ハッ、思わず手を合わせて拝んでしまいました。いや、でもほら、最高〜〜〜に可愛くないですか??
まず便箋がシロツメグサの柄なんですよ…???しかも端々に、主張しない程度に。500000000点満点の可愛さに、わたくし椅子から転げ落ちるかと思いました。
そんな衝撃音出したらミモザもお母様も部屋に入ってきますから耐えましたけれど。
あぁ、萌えポイントの解説をしたい…!!赤いペンで描く先生のように!!上にカーボン紙を敷いて、ここの字がちょっと雑で可愛い!とか、貴族の書式に慣れてない感がexcellent!とか言いたい!!!
それらの推し尊い!の気持ちをぐっと堪え、紅茶を喉に流し込み、ミモザに用意してもらったレターセットにお返事を書いた。
ファンレターのような感想を出来るだけ省いて省いて…。
お返事はいらないと書いてありましたが、『お手紙ありがとうございます。誠に嬉しく思い、手紙を綴った次第でございます。今度改めてご挨拶させて頂きたく思います』
くらいを少し長めに書きました。
ちゃんとしたお手紙もかけるんですよ、何たって令嬢ですからね!褒めて褒めて!!
薔薇の便箋に少し薫くらいの香水と、マンダレイ家の印をつけて閉じる。
ミモザを呼び、手紙を届けさせた。
「うふ、うふふふふ」
怪しい笑みがこぼれたが、気にしない。
フィーナ様からのお手紙を何度も何度も読み返してから、宝石箱へそっとしまった。
推しからのお手紙なんて、宝物に決まっている。
ベッドへ寝転ぶと、ふぅーーと、満足げなため息が零れた。
思い出すのは、きらきらと溢れそうな柘榴色の瞳。愛しさと、神々しさが混ざり合ったわたくしのヒロイン。
次に会うのが楽しみのような、緊張するような。取り敢えず、推しに言われたので、わたくしは体を休める事にした。
お夕食になれば、きっとミモザが呼びに来る。それまで、少し眠ろう。
ふっと瞼を閉じて、気がついた。
「あ、セウス様にお手紙書いてませんでしたわ。…まぁ、いいでしょう」