19.王子様、かく語りき2/青春ゴッコ
季節がかわっても、あの子の恋は平行線を辿るばかり。俺はといえば、夏休み明けからまた女子たちに囲まれる平穏とはほど遠い毎日だった。
どっかに宝くじでも落ちてねーかな、と視線をウロウロさせていればわざとらしい上目遣いと目が合ってしまう。…退屈だ。
「野上ー、放課後どこにいるのー?最近、全然遊んでくれないよね?」
「ヒミツー」
「えー?なにそれ、ひどーい。教えてくれてもいいのにー」
「じゃあ、今日は?今日遊ぼうよ!なにか食べにいこっ!」
「今日も用事あるからむりー」
誰が教えてやるもんか、と心の中で舌を出す。見返りを求めてくるやつらと上辺だけのお遊びをするくらいなら、あの子のはなしをえんえんと聞いている方がよっぽど楽しい。
あの唯一の空間を邪魔されるくらいなら、甘い嘘をつき続ければいいだけだ。
絡み付く腕をゆるく組み直して、ちょっと笑いかければいいんだろ?簡単だ。
「また今度。…ね?」
「う、うん…わかった。約束だよ?」
単純な女子たちの反応がつまらなくてうんざりしていた俺の前方に、近頃よく見かけるあの間違いようのないシルエット。なんだ、わざわざ面白そうなモノ探さなくったってよかったのか。
友達と笑いながら、こっちへと歩いてくる白雪だったが、ニヤニヤ笑う俺と目が合うなり「うっわ」と心底面倒くさそうな声を出して顔を背けやがった。おっと、逃がしてたまるか。早歩きになる白雪を遮るようにひょっこりと手を振ればますます嫌そうな表情をされる。オモシロイ。
「白雪、夏休みぶりー。どこ行くの?」
「移動教室…。…その状況で話しかけてくんなばか、空気を読め」
小声で話しかけてくる白雪は、居心地が悪そうに俺を睨んでくる。背中から感じる複数の怪訝な視線のことを言われているのだとなんとなくわかるが、そんなことをいちいち気にしてたらきりがない。
…なんだか、さっき考えていたことと矛盾している。白雪とのことを知られるのは嫌なくせに、なんで自分からこいつに話しかけにいってんだか。
「え?空気読んじゃったら、おもしろくないじゃん。白雪、分かってねーなー」
「……うっざ」
「へへ、ありがとー」
「だから褒めてねーよ!!」
イライラしている白雪の腕を興奮ぎみに揺すっている白雪のお友達が「ちょっとー!杏ちゃん王子様といつのまにそんなに仲良くなったのー!?」と、隠しきれていない耳打ちをしているのが聞こえてくる。…王子様って、まさか俺のことか。すごいネーミングセンスだな、ギャグみたい。
「だめだよ、こいつとあんま目合わせちゃ。王子様じゃないから、あんなの!惑わされちゃだめ!」
笑いをこらえている俺から距離をとって、ギラギラと鼻息荒くしている友達を庇うように白雪が捲し立てて話していく。まるで、悪いひとについていっちゃいけません!とちいさなこどもに注意する母親のような口振りに、ついに吹き出してしまう俺。
「白雪って容赦ないよね、ぶっふ!おもしろくていいけど。…あれ?てか、髪伸びたな?」
「あんたはほんと、唐突に話題かえるよね…疲れる…」
がっくりと項垂れる白雪の肩まで伸びた毛先をちょんと引っ張る。「きゃあ」とかわいらしい悲鳴があがるが、もちろん声の主は白雪ではなくそのお隣にいるお友達のものだ。白雪は興味無さそうに俺の手をやんわりと振り払っている。…触ってるのが俺じゃなくて鈴村先生だったらもっと動揺してるくせに。なんだこれ、なんか釈然としない。
「…ねえ、野上。今の子、だれ?」
「んー?ただの雪だるまちゃん。そんなこわい顔しなくても、害なんてないよ?」
「ふーん。…どうだか」
遠くなっていく白雪の背中を意味ありげに見つめている女子たちの視線が不穏な雰囲気を醸し出していて、まさか今時校舎裏の呼び出しとか使い古された少女漫画的展開は起きないだろうとその時は、軽く流していたのだが。
「白雪さんでしょ?最近、野上のこと独り占めにしてんの」
「あんまり調子に乗らないでくれる?あんたみたいな子、野上が相手にするわけないでしょ」
…そのまさかだった。3日後、昼休みの屋上でベタな台詞とベタベタな展開が繰り広げられていた。しかもその現場にちゃっかり出くわしちゃうとか、俺も何やってんの?おかげで昼寝で微睡んでいた思考は復活してしまい、屋上の出入口のその上にあるタンクの陰に隠れる羽目になってしまった。それにしても、女子って怖えーな。あんな幼気な雪だるまちゃんにも容赦ないとかどうかしてる。…でも、俺が原因でこうなってるんだと考えると少しだけ白雪に申し訳なくなってくる。なんで、関係ない白雪巻き込んじゃうかなあ。あいつは俺なんてこれっぽっちも目にはいってないというのに。…白雪にはれっきとした鈴村先生という想い人がいるのだから。
「調子にも乗ってないし、野上を独り占めにした覚えもないよ」
敵意むき出しの女子軍団を前にして、白雪はやけに冷静だった。率直に告げた白雪の態度が気に食わなかったのか、女子たちはさらに声を尖らせて白雪の弱点を探そうと必死だ。
「はあ?なにそれ?ばかにしてんの!?」
「してないよ。本当のこと言ってるだけ。野上とは一応友達だけど、それだけだよ」
おい、一応ってなんだよ一応って。ちゃんと友達だろーが。
「友達ィ?そんなこと言って、野上の気引きたいだけじゃないの!?」
「野上のこと、好きなんでしょう!?いい子ぶってんじゃねーよ、ドブスのくせに!」
俺は今のあんたたちのほうがよっぽどドブスに見えるんだけど気のせい?
それにしても、あんなこと相手に言われて動じない白雪もすげーな。俺が女子だったらビビってる。そんでそのあと徹底的に仕返しするけどね。
腹の中まで真っ黒な俺とは違って、白雪はどこまでも真っ直ぐで真っ白ことばを、今にも爪をたてて襲ってきそうなやつらに向かって平然と話していく。
「ドブスでもなんでもいいけど、とにかくわたしは野上のこと好きじゃない。ほ、他に好きなひとがいるから」
「うっせーな、見え透いた嘘ついてんじゃね、」
「嘘じゃない。疑うのなら、野上にも聞いてみたらいい。野上も知ってるから」
「な、なんで野上に聞かなくちゃいけないのよ!」
「だって、みんな野上が好きなんでしょ?好きなひとの言うことなら信じられるかなと思って」
あいつ、ピュアか。
白雪の発言に女子たちの戦意が一瞬たじろいだのがわかった。まだ、半信半疑の女子たちに、白雪は怯まずに話を続けていく。
「それに、わたしにヤキモチ妬いちゃうぐらい想ってるのなら、こんなドブスに構ってないで野上にもっとアピールしたほうがいいよ。あいつ、捻くれてて天の邪鬼で扱いづらいやつだけどちゃんと余所見しないでまっすぐに向かっていけばきちんと応えてくれるはず。そういう男の子だと、思うよ。まだ付き合い浅いから、予想だけどね。でも多分、絶対そう。野上、割といいやつだもん」
そう言ったあと、慌てたように「なんか褒めてんのか悪口言ってんのかわかんなくなっちゃった、ごめん!とにかくわたしの好きなひと野上じゃないから!」とぽかんとしている女子たちに弁明している白雪。…ほんとだよ、褒めるんなら全部褒めてくれたらいいのに。
あたふたしている白雪に完全に毒気を抜かれたらしい女子軍団が互いの顔を見合わせた。良かった、どうやら暴力沙汰にはならなそうだ。
さっきまでの一発触発の空気はどこへやら。女子たちが笑いだしたのを、白雪は不思議そうに首を傾げている。
「なんなの白雪ちゃん、どんだけ発想力ピュアなの?ウケんだけど!」
「は?ピュア?なんで?」
「そうだね、あたし頑張ってみるわ!白雪ちゃん、ありがと!白雪ちゃんの演説聞いてたら勇気出てきたかも!」
「そうだね、頑張って。野上の愚痴なら喜んで聞くから」
「愚痴限定かよー!てか、なんでさっき自分のことドブスって言ったし!」
「ねーねー、白雪ちゃん今度話聞いてよ。あんたの好きな男の話も聞きたいしさー」
いつの間にか打ち解けている白雪たち。和やかなムードのまま女子たちの話は盛り上がり、最後にはメアドの交換までしていた。その光景に目を丸くしながら、女子って、わかんない生き物だなと実感する。何はともあれ、白雪が無事でひと安心だ。
女子軍団たちがいなくなってからも、そこから動こうとしない白雪に声をかけた。
「おーい、白雪」
「?、…野上!え、まさかずっとここに居たの!?」
「うん」
「盗み聞きとか…悪趣味」
「いやいや、俺は昼寝してただけだもん。白雪たちが勝手に青春ごっこ始めちゃっただけだろー?」
「元凶のくせに」
「お疲れ様です、姐さん」
「誰が姐さんよ…。…も~~~」
牛のようなうなり声を出してから、急に白雪が顔を覆って、しゃがみこんだ。そこから、何も言わなくなるからそっと屈んで様子を窺う。心なしか肩も震えている気がしてちょっと焦る。え、まさか泣いてる?
「ふ、ふふ、あははっ」
「は?」
「だ、だめだ、限界、ふはっ、ふふふ…」
…と思ったのは、勘違いのようだった。お腹を抱えて、ひいひい笑っている白雪につられて俺の口元もだんだん緩んでいく。
「笑いすぎじゃねー?」
「だって!今時屋上に呼び出されるとか、思わないから…ふっ、可笑しくてさあ…。しかもなんでわたしだよと思ったら…ぶふふ、おもしろくなってきちゃって…」
「そりゃ、白雪が恋敵だと思ったからでしょ」
「わたしが?恋敵?…ふふ、ありえないよ。あの子たちあんなにかわいいのに、なに考えてんだろ…」
「いや、あいつらは何も考えてないんじゃない?」
「でも、そっか…野上に恋してんだもんね。あんたに近付く子はみんな敵に見えるんだろうなあ」
そう考えると呼び出しなんてかわいいもんだね、と白雪がしみじみと呟く。なんの嫌味もない、やさしい声色で。
「怒らねえの?」
「なんで?むしろ少女漫画体験してるみたいで新鮮だったよ。友達も増えたし」
「白雪のポジティブシンキングすげーな…」
「そっか?」
「うん」
「…」
「…」
「…白雪」
「ん?」
「…ごめんな、巻き込んで」
「……っ、ふ」
「おい、なんでまた笑ってんの?」
「ご、ごめん。野上も素直に謝れるんだね、えらいえらい」
「…うっさいな」
白雪の手がよしよしと俺の頭を丁寧に撫でてくる。俺はガキじゃねーよ、ばか。そうやって悪態ついてやりたいのに、なんでかじっと身動きが取れずにされるがままになってしまう。
「野上も、大変なんだね」
「なにが」
「女の子に好かれすぎて想われ続けるのも、辛いのかなあって」
「…べっつに。もう慣れたし、どうでもいい。所詮、外っ面しか見てないんだよ、俺のこと」
「大丈夫。いつか野上のこと、外側も内側も、全部ひっくるめて好きになってくれる女の子が現れるよ。」
なんの根拠もないのに、堂々と白雪が言い張るからうっかり鵜呑みしそうになる。そんな都合のいいはなしあるわけない。仮にもし、その女の子が現れたとしても、それはこいつじゃないのだ。…あれ、なんでこんなに残念がってんだろ俺。
「でも、その女の子は白雪じゃないでしょ?」
「は?なに言ってんの。当たり前じゃない」
「………そーだね」
「?、なんで急に機嫌悪くなってんの?」
「なってない。なんかすっげームカムカしてるだけ」
「なにそれ、意味わかんない…」
はっきりと肯定されて、更に原因不明のイライラが募っていく。そうだよな、白雪が好きなのは先生だもんな。白雪が俺に恋して好きになる可能性なんてゼロに近い。分かってた。分かってるはずなのに、なんだよこれ。なんだこの無性にモヤモヤする感じは。
「気持ち悪…」
「え!?気分悪いの!?そういうのは早く言いなさないよ!保健室行く?野上くらいならわたし、おぶっていけるよ!」
「…やだ」
「駄々こねんな!ほら、はやく!立って!」
そのあと、白雪に無理矢理連れていかれた保健室。とりあえず寝なさいとベッドに放り投げられて、大丈夫?と心配そうに俺の額に触れてくる白雪の手がやわっこくて、なんだか耐えきれなくて毛布を頭まで被って誤魔化した。
今思い返せば、完全なるただのヤキモチだったのだが、当時の俺には理解できない感情だったのだ。