第12話 リーナの考察1
六人の証言を終え、わたしは自分の執務室に戻った。
机の上にはカイの手記と、証言の記録が積まれている。
整理しよう。
カイ・ソーマ。宮廷書記官。魔法の才能はなく、王立学院で数理学を修めた後、宰相ヴェルナーに採用された。以後六年間、書記官の肩書きのまま、王国のあらゆるインフラの設計と運用を一人で担ってきた。
彼が設計した仕組み。
軍の通信連携——各砦に自律的判断を委ね、王都の負荷を下げる分散型システム。
魔法通信塔ネットワーク——二十三基の塔の運用を数理的に最適化する方法論。
物流の経路計算——各街道の混雑と天候を変数とする動的最適化。
徴税の集計——書式の統一と自動集計の仕組み。
これらはすべて、それぞれの領域の専門家が作るべきものだった。将軍が、技師が、商人が、徴税官が。しかし、彼らは自分の領域の最適解を追求するだけで、領域を横断する設計はしなかった。
カイだけがそれをやった。専門知識がないからこそ、領域の壁を無視できた。
しかし——
証言には矛盾がある。
ガルスは「あいつの名前を出さなかった」と言い、レンは「引き継ぎが始まっていた」と言い、オルグレンは「追い出した」と言い、ヴェルナーは「先送りにした」と言った。
カイは自ら消えたのか、追い出されたのか。
わたしは手記を再び開いた。数式の部分は、王立学院の数理学者に依頼して解読を進めている。今日、その最初の結果が届いていた。
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王立学院 数理学科 教授アルベルト・モースより
リーナ殿
カイ・ソーマの手記を拝見しました。まず申し上げたいのは、これは手記ではなく設計書です。彼の人生の記録ではなく、王国の仕組みの設計図が数理言語で記されたものです。
主な内容は以下の通りです。
第一に、ネットワーク最適化の理論。通信塔をノード、通信経路をエッジとしたグラフ理論に基づく設計です。ただし、これは既存の理論の応用ではなく、カイが独自に構築した体系のようです。少なくとも、本学院には同等の理論を展開した者はいません。
第二に、「自律分散制御」と呼ぶべき設計思想。中央(王都)が全体を統制するのではなく、各ノード(砦、通信塔、商人ギルド)が局所的な情報に基づいて自律的に判断し、全体としての最適に収束するという考え方です。これは非常に先進的で、現在の学院の魔法工学をはるかに超えています。
第三に、そしてこれが最も重要ですが——手記の後半に、上記のシステムから「中央ノード」を除去したときの挙動を分析する数式があります。つまり、カイ自身がシステムから消えたとき、残りのネットワークがどう振る舞うかをシミュレーションしています。
結論から言えば、カイの計算では、短期的な混乱の後、システムは新たな均衡に収束します。ただし、それには一つの条件がある。
「各ノードが全体の情報を参照できる仕組みが事前に実装されていること」
これが、彼が提案した通信塔の自動化計画に相当するものと思われます。
つまり——彼は自分の失踪が王国にどれだけの影響を与え、どれだけの期間で回復するかを、事前に計算していたということです。
ただし、自動化計画が実装されなかった場合のシナリオも計算されています。その場合、回復には「外部からの介入」が必要とされています。具体的に何を指すかは記されていませんが、おそらく——
誰かが、カイの仕事を可視化し、各部門に共有することだと思われます。
アルベルト・モース
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わたしは手紙を読み終え、息を吐いた。
カイは計画的に消えた。それは確定した。
しかし、彼の計画には前提条件があった。通信塔の自動化が実装されること。それが実装されなかったために、計画は不完全なまま実行された。
「外部からの介入」——それは、まさにわたしが今やっていることだ。
カイの仕事を調査し、関係者に聞き取り、彼が何をしていたかを明らかにすること。それ自体が、各部門にカイの仕事を共有する行為になっている。
ガルスは初めて、自分が享受していた仕組みの全体像を知った。レンは自分が引き継ぐべきものの大きさを理解した。マーサは物流の仕組みが手動で回されていたことを知った。オルグレンは自分が何を拒絶していたのかを認識した。ヴェルナーは自分の先送りの代償を理解した。
わたしの調査そのものが、カイの計画の一部なのだとしたら——
いや、それは考えすぎだろうか。
カイは宰相に調査を依頼するよう仕向けたわけではない。カイが消え、混乱が起き、宰相が調査を命じた。それは自然な因果だ。
だが、カイならその因果を予測できたのではないか。
「自分が消えれば、誰かが調べる。調べれば、仕事が可視化される。可視化されれば、各部門が自分たちで動き始める」——そういう計算があったのではないか。
手記の最後の数式を、わたしはもう一度見た。
数式はわたしには読めない。だが、その余白に書かれた言葉は読める。
「この仕組みが、私なしで回る日が来たら——」
続きは書かれていなかった。
書けなかったのだろう。何を書くべきか、彼自身にもわからなかったのだろう。
仕組みが自立した先に、自分がどこにいるべきか。
それだけが、カイ・ソーマが解けなかった問題だった。




