第10話 断章4
カイ・ソーマの手記 第十五頁
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仕組みが人を縛ってはならない。人が仕組みを使いこなす状態が正しい。
これはわたしの設計原則の第一条だ。
しかし現実には、わたしが作った仕組みは、わたし自身を縛っている。
通信塔の調整は毎朝わたしがやらなければ動かない。物流の経路計算は毎日わたしが更新しなければ止まる。徴税の集計システムは、例外処理のたびにわたしが介入しなければエラーを出す。
わたしが作ったはずの仕組みが、わたしを必要としている。これは設計の失敗だ。
設計者が不在でも動く仕組みこそが、良い設計だ。設計者に依存する仕組みは、設計者の自己満足に過ぎない。
——そう頭では理解しているのだが。
正直に書こう。
わたしは、必要とされることに安堵していた。
魔法が使えない。剣も振れない。人前で話すこともできない。そんなわたしが、この国で存在を許されている理由は、この仕組みを動かし続けることだけだ。
仕組みが自立すれば、わたしの存在理由がなくなる。
だから無意識のうちに、仕組みを完全に自立させることを避けていたのではないか?
自分で自分を必要な存在にし続けるために、仕組みの不完全さを残していたのではないか?
——認めたくないが、その可能性は否定できない。
ここに、わたしの限界がある。
全体最適を設計する人間が、自分自身の最適化だけはできない。自分の存在意義を手放すことが、全体にとっての最適解であると、頭ではわかっているのに。
これは数式では解けない問題だ。
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今日、エリスさんが淹れてくれたお茶がいつもより美味しかった。
彼女はわたしの茶の好みを覚えていてくれている。温度も、濃さも、わたしが好きな加減にしてくれている。
そういう「小さな善意」が、人を世界に繋ぎ止めている。
わたしはこの国の仕組みを設計してきたが、わたしをこの場所に繋ぎ止めていたのは仕組みではなく、人だった。
ガルス将軍は、荒っぽいが、わたしの言葉を聞いてくれた。
レンは、数式を理解しようと努力してくれた。
マーサは、わたしの不器用さを笑って受け入れてくれた。
エリスさんは、わたしの存在を覚えていてくれた。
それだけで十分だったはずだ。
なのに——
オルグレン卿に最後の提案を拒まれたとき、わたしは理解してしまった。
この国は変われる。だが、わたしがいる限り、変わらない。
わたしがすべてを回しているから、他の誰も回す必要がない。わたしが不満を飲み込むから、不満が表面化しない。わたしが調整するから、構造的な問題が放置される。
わたしの存在そのものが、この国の変革を阻害している。
だとすれば。
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(リーナ注:この頁の最後には、一行だけ書きかけの文章があった。途中で消されたように見えるが、かすかに読み取れた)
「さよならを言う勇気が」
(その先は判読不能)




