33 カモミール
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オンフィスにジャスパー宛ての手紙を渡してから三日後、ジャスパーからの返信が届けられた。
「申し訳ないが、事前に話したとおりに検閲させてもらった」
「そういう約束ですから」
すでに切られた封をそっと指でなぞってから中から手紙を取り出して開いた。
「オパールが無事だと分かって安心した」
青い蝶が先に知らせてくれていただろうが、それを敢えて書かないことからジャスパーの警戒が伝わる。
「オパールを保護してくれている魔術師殿が協力してくれるという提案だが、こちらとしては確証なく動くことはできない。これは父の意思だ」
そりゃそうよね、とオパールも思う。毎日それなりの時間をオンフィスを過ごしても、完全に信じることはできないのだ。それだけではない、オンフィスはかつて別人になりすましてスヴァルトル辺境伯家に二度侵入し、二度目についてはオパールの監禁事件に関わっている。オンフィスがいくら考えを改めたと言っても、信用はゼロからではなくマイナスから積み上げねばならない立場なのだ。
「こちらの動きはおそらく何らかの形でしかるべき所に捕捉されているだろうと承知している」
その通り。王家の暗部であり魔術師でもあるルチルは、今も辺境伯夫人の一番近くでその喉元に刃を突きつけているのと変わらない。あの「遠見の鏡」が辺境伯家に仕掛けられている可能性だって高い。
ジャスパーが言葉を選びながらこの手紙を書いている様子が目に浮かんで、オパールは心の中で心配をかけてごめんなさい、とつぶやいた。
その日の午前中も、黙々と解毒薬を作り続けた。昼食後、オンファスが「庭に出ないか」と言った。
「出られるんですか?」
「自分がついていることが条件だ」
「……出てみたいです」
カーテンで閉め切られた部屋の中にいると、一日の感覚は食事でしかつかめなくなる。そろそろ日光を浴びないと、骨までもろくなりそうだ。
「人間だって生き物なんだ。太陽が恋しかろう」
オンファスの言葉には確かに慈しみがあった。
「絶対に自分の真名を言うな。『お父さん』だぞ。いいな?」
「わかったわ、『お父さん』」
本当の娘を見るかのように、その目からも優しさが見て取れる。
いけない、とオパールは思った。この王宮の中では一番信用できても、本当の信頼関係はまだ結べていないのだからと己を戒めた。
白い腕輪がほんのり温かくなった。ハウラもいる。何かあれば対応できるはずだ。
☆☆
王宮の尖塔は、降りるだけで10分かかった。しばらく歩いていなかったオパールは、思いのほか筋力が落ちていたことに気付き、部屋の中でもできる運動をしようなどと考えながらなんとか階段を降り切った。
「大丈夫か?」
「何とか……」
「塔の上の部屋に閉じ込めていたからな、悪かった」
尖塔の下には花壇があった。白い花が群れて揺れている。カモミールの花だ。薬師の中では初歩的なハーブとして知られており、穏やかな効能から子どもにも使えるとされているハーブでもある。
「いい香りがする……ということはローマンカモミールね」
メンタルに効果的とされるローマンカモミールは、かすかにリンゴの香りがする。身体的なトラブルに強いとされるジャーマンカモミールからはリンゴのような香りはしないが、ハーブティーとして飲みたい時には、ジャーマンカモミールの方が癖がなくて飲みやすい。
「『お父さん』、カモミールの花を採取してもいい?」
父に擬態しているオンファスは「構わない」と言った。小さなブーケになるくらい摘み取ると、「お父さん」は「貸してごらん」と言った。オパールが素直に渡すと、「お父さん」は持っていた紐でブーケを束ねた。
「ほら、これで持ちやすくなっただろう?」
「ありがとう……」
気配りのできるこの人が、どうしてオパールを監禁などしたのか。それとも、二面性があるのか。オパールの中で、オンファスを信じたい気持ちが強くなっていく。それは、かわいがられているとは思いながらも、どこか薄い布一枚隔てているように感じられた本当の父との距離感に悩み、こうあってほしいと願っていた父の姿を見せてくれる存在への依存心なのかもしれないと思い直し、それでもこのやさしさを疑うのは失礼だとも思い……。
乱れた心を、カモミールの花が癒してくれる。きれいに整えられ、ひもで結ばれたそのブーケ。ただそれだけのことなのに、オパールは泣きたくなって空を見上げた。スヴァルトル領の青空と同じ空が広がっていた。
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