第99話《草原》
草の海が広がっていた。
淡い春の風が丘を越え、空を渡っていく。
その光の中を、ハクとクロが駆け抜ける。
白と黒の毛並みが風に揺れ、後ろからヒナが炎色の羽をきらめかせて追いかけた。
「わっ、待ってなのです!あんまり遠く行っちゃダメなのです!」
ナユがスカートの裾を押さえながら駆ける。
後ろからリカリーネが笑って手を振った。
「いいのよ、あの子達、ちゃんと加減してるから!」
「ほっほ、若いのう。風も彼らの味方じゃ」
バルドランはゆっくり腰を下ろし、帽子を膝に置いた。
年輪のような手の皺が、陽光を反射してやさしく光る。
少し離れた場所では、ミナとナユの母が弁当箱を並べていた。
セバスチャンが手際よく紅茶を注ぎ、香りが草の匂いに溶けていく。
「ふふ、すっかり遠足日和ですね」
「はい!空がこんなに青いのです!」
ナユは草の上に座り込み、空を仰いだ。
風が頬を撫で、光が瞳の奥で揺れる。
――それは、心の中まで透き通るような青だった。
「ねぇナユ、これ見て!」
リカリーネが弁当を開けた瞬間、目を輝かせた。
色とりどりのおかずがぎゅうぎゅうに詰まっている。
「おいしそうなのです!」
「でしょ?……でもあたし、作ってないけどね!」
「リカちゃんは食べる担当なのです!」
二人が笑い合うと、ヒナが肩にとまり、キュッと鳴いた。
それを見てハクとクロも駆け寄ってきて、三匹で輪になる。
穏やかな昼の光が、みんなを包み込んでいた。
やがて、バルドランがゆっくりと立ち上がる。
背筋を伸ばし、遠くの空を見上げた。
「……この空の下なら、どこにおっても同じ風が吹く。離れても――心は届くもんじゃ」
その言葉に、リカリーネが少し唇を噛んだ。
けれど、すぐに笑顔を作る。
「ナユ……次に会う時は、もっとすごい魔法を見せるから」
「うん、約束なのです!」
ナユは胸の前で手をぎゅっと握った。
風が二人の髪を揺らす。
ヒナが空を舞い、ハクとクロがそれを追う。
笑い声の中に、ほんの少しだけ、言葉にならない寂しさが混ざっていた。
それでも、ナユは笑った。
「また一緒に遠足に行こうなのです!」
バルドランが小さく頷き、帽子を深くかぶる。
リカリーネも空に手を伸ばして、ヒナを見上げた。
その瞳の奥で、光と風が交わる。
――別れは、きっと始まりの形。
草の匂いの中で、笑顔だけが残っていた。
「今日の記録:みんなで草原に行って、風と光と笑顔をいっぱい感じたのです。先生とリカちゃんは、もうすぐ旅立ち。でも、きっとまた会えるのです。だから今日は、笑顔で“いってらっしゃい”なのです。……日報完了」




