第95話《双影》
朝靄の庭。
白い息が風に溶け、露をまとった草が陽に光る。
その中央に、ナユと二匹の幻影獣――白銀の狼と黒狼が静かに並んでいた。
「おはようなのです。今日も一緒なのです」
白銀の狼は優しく尾を振り、黒狼は無言で隣に立つ。
二匹は視線だけで通じ合っているようだった。
勝手口が開き、ミナが朝盆を抱えて出てくる。
そして、目がまん丸になった。
「お、お嬢様!?に、二匹!?き、昨日までは一匹でしたのにっ!?」
盆を地面に置くや否や、ミナは駆けだした。
「も、もふもふが二匹……っ!失礼いたします!!」
ミナに抱きつかれた白銀の狼は「くふん」と喉を鳴らす。
黒狼は軽く体を躱したが、捕まるのは早かった。
「ふわぁぁぁ……尊い……しあわせです……!」
「ミナ、落ち着くのです。……スープがこぼれてるのです」
「は、はいっ……!で、でも心は満たされてるのです!」
そこへ、リカリーネが寝癖を押さえながら庭へ出てきた。
「ちょっと待って!?二匹!?昨日は白いの一匹だったでしょ!?その黒いの、いつの間に!?」
「えっと、色々ありましてですね。白い子がハク、黒い子がクロなのです!」
「そのまんま……でも可愛い!」
リカリーネが笑い、黒狼を見つめる。
クロは静かに一瞥し、また前を向いた。
『新個体、魔力安定。行動パターンは独立型。通信応答、最小限』
ミラの声が上空から届く。
小さな光球がふわりと浮かび、ナユの肩の上で点滅した。
『白の狼――防御特化。黒の狼――機動戦型。性格、正反対』
(えへへ、仲は良いのですよね。息ぴったりなのです)
『それは良い事です』
短く、淡々と。けれどどこか優しい響き。
その調子は、まるで見守る姉のようだった。
やがて、からん、とカップの音が響く。
バルドランがティーを手に、ゆっくりと庭に現れた。
「ほう……二体同時とは、やってくれるのう」
杖の先で空気を撫でながら、彼は観察する。
「ふむ……白は防御の結界を張る型。黒は……機動特型、いや――これは……」
バルドランの表情が僅ずかに変わる。
クロの全身から、淡い黒気が立ち上っていた。
「……この気配、まさか……闇属性か?」
『確認。魔力波長、闇系統と一致。光属性との共存を確認。稀少事例です』
ミラの分析は聞こえないが、タイミングよくバルドランは眉を上げた。
「闇と光という相反する幻影獣……ナユ、お主、まさか闇属性を――」
「はい。わたしの中の力なのです。光も、闇も……どっちも、わたしなのです」
風が止まる。
ナユの瞳が静かに揺れ、空気がわずかに震えた。
「み、見せてくれ!」
バルドランの言葉に、ナユは頷く。
右手をかざし、低く呟く。
黒い光が集まり、刃の形を取る。
「斬獲せよ、闇の刃――《ダークネス・エッジ》!」
闇の刃が空を裂き、淡くきらめく。
光を吸い込むような黒い残光が、地を滑り抜けた。
リカリーネが思わず息を呑む。
「な、なんか……怖いけど、綺麗……」
『出力安定。闇属性の制御、問題なし』
ミラの声が僅かに柔らかくなった。
ナユはその報告を聞き、ほっと息をつく。
バルドランはゆっくり頷いた。
「……なるほど。確かに闇じゃが、穢れではない。それは――お主の心そのものじゃな」
「はい。もう、どちらも拒まないのです」
ハクがナユの足元に寄り添い、クロがその背に静かに並ぶ。
白と黒、光と影。
その対は、今やひとつの呼吸のように同じリズムで動いていた。
バルドランは穏やかに微笑む。
「よかろう。ならば――次は確かめる番じゃな」
「次……?」
「うむ。“最終試験”じゃ」
「えー!?もう最終試験!?」
ナユは目を輝かせ、拳を握る。
「はい!やってみせるのです!」
朝の風が吹き抜け、ハクとクロの尾がそろって揺れた。
光と闇――その境界が、静かにひとつに溶けていく。
「今日の記録:朝、ハクとクロをみんなに見せたのです。先生がクロから“闇の魔力”を感じるって言っていました。試しに《ダークネス・エッジ》を使ったら、ミラが“安定”って言ってくれたのです。光も闇も、どっちも大事なわたしなのです……日報完了」




