第92話《帰還》
夕暮れの王都。
石畳の道を照らす街灯の光が、ナユ達の影を長く伸ばしていた。
屋敷の門が見えた瞬間――
「お嬢様ぁっ!」
玄関が開くより早く、ミナが飛び出してきた。
勢いのまま、ナユの胸に飛び込む。
細い腕が、必死にナユの背中を抱きしめる。
「ただいまなのです、ミナ」
「うう……っ、よかった……ご無事で……!」
ナユは苦笑して、その頭をやさしく撫でた。
その後ろから、父と母が駆け寄ってくる。
「ナユ……!」
「無事だったのね……本当に……」
母の声が震えている。
父は口を開かないまま、静かに頷いた。
「もう大丈夫なのです。みんなのおかげで、帰ってこられたのです」
◆
温かい灯りのともる食堂。
並べられたスープとパンの香りが、ようやく現実を感じさせた。
全員が席につき、ナユは両手を膝の上に置いて姿勢を正した。
「王都での報告を終えたのです。……王様から、勇者と魔王の事についてもお話を聞きました」
父と母の表情が少しこわばる。
けれどナユは落ち着いた声で続けた。
「まだ分からない事が多いけど、悪い魔族が動いているみたいなのです。だから――気をつけてほしいのです。外を歩く時とか、出来るだけ1人にならないで欲しいのです」
腐敗霧のサバリネが言っていた言葉を思いだす。
ミナが胸の前で手をぎゅっと握る。
「……わたしも気をつけます。お嬢様も、無理はしないでくださいね」
「ありがとうなのです」
少し笑顔が戻った。
リカリーネがスープを飲み干しながら、にやりと笑う。
「ねえ、言わなくていいの?大事な事」
「……分かってるのです。えっと……」
ナユは立ち上がり、両手を胸の前で合わせる。
真剣な瞳で、両親とミナを見つめた。
「王様から、家名と爵位をいただいたのです。家名は“ハルメリア”。爵位は“男爵”――成人するまでの仮授与なのです」
一瞬、沈黙。
母が口を手で押さえ、父が息を呑む。
「そ、そんな……本当に……?」
「ナユ……お前が……」
ミナは目をまんまるにして、両手を胸の前で組む。
「すごい……お嬢様、貴族様になっちゃった……!」
「ちょっと恥ずかしいのですミナ。でも、与えられたからには、それに恥じないように生きるのです」
父がゆっくり立ち上がり、肩に手を置く。
「……立派になったな、ナユ」
「うん……ありがとうなのです、父さま」
母は涙を拭い、優しく微笑んだ。
「家族みんなで、頑張らないとね。悪い魔族にも、負けないように」
「はいなのです!」
ミナが元気に手を挙げる。
笑いが広がり、ようやくいつもの食卓に戻った。
「今日の記録:王都から無事帰還。王様に報告を済ませ、家名“ハルメリア”と男爵の爵位を授かりました。家族とミナが迎えてくれて嬉しかったのです。悪い魔族が動いているみたいだから、みんなで気をつけるのです。守る事が、わたしの使命なのです。……日報完了」




