第91話《叙任》
王城の鐘が、荘厳に鳴り響いていた。
大理石の回廊を抜ける風が、紅の絨毯をわずかに揺らす。
その中央――
ナユは純白の礼服を身にまとい、まっすぐに玉座を見上げていた。
玉座の両脇には、重臣達が整列している。
リカリーネとバルドラン、セバスチャンも控えの列に立っていた。
「――叙任式を執り行う」
宰相の声が響くと同時に、太鼓が一度だけ鳴り渡った。
場の空気が一気に引き締まる。
「北方の森にて、腐敗霧の魔王配下“サバリネ”を退け、王都を守護した功績、まこと比類なし」
朗読が進むたび、ざわめきが広がる。
まだ幼き少女が、王国を救った――その事実は、誰の耳にも信じがたいものだった。
「では、陛下より直接の宣言を」
重臣の声に合わせ、蒼衣の王が立ち上がる。
その背に、朝の光が射し込んだ。
「――ナユ」
名を呼ばれた少女が一歩進み出る。
緊張で指先が震えていたが、その瞳は揺らがなかった。
「お前の勇気と慈愛は、王国を救った。よって――」
王は杖を掲げ、荘厳に宣言した。
「男爵位と家名“ハルメリア”を与える!!あくまで成人までの仮授与という形だがな」
その瞬間、光が広間を満たした。
天井のステンドグラスが虹色に輝き、風が金の粒を舞い上げる。
文官が巻物を掲げ、金印を押す。
列席した貴族達は一斉に頭を垂れ、兵士達は胸に手を当てた。
ナユはただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「ハルメリア……それが、わたしの家の名……?」
「うむ。“希望を紡ぐ者”という古き言葉だ」
王はゆっくりと玉座を降り、少女の前に立つ。
その瞳には、穏やかな光が宿っていた。
「お前は、仲間の為に、死を恐れず、闇を退けた。ゆえにこの名を与える。この国の未来を担う、“希望”として」
王の杖がナユの肩に触れた瞬間、光の紋章が輝いた。
会場がどよめく。
リカリーネが目頭を押さえ、セバスチャンは静かに微笑む。
バルドランは頷きながら、微笑み短く呟いた。
「……やはり、お主は奇跡の子じゃな……ナユ」
あの日、自分を救ってくれた赤子をナユが重なる。
◆
式が終わった後、ナユは宰相の案内で小さな応接室に通された。
王はほどなくして一人で現れる。
重臣の影も、護衛の気配もない。
「肩の力を抜け、ナユ=ハルメリア」
「……はい、なのです」
王は窓辺に立ち、静かに外を見つめた。
王都の屋根の上に、淡い朝霧が漂っている。
「――勇者と魔王の行方を知りたい、そう願ったそうだな」
「はい。サバリネは“魔王の命を受けた”と……。けれど魔王はもう滅んだと聞きました。真実を知りたくて……」
王はゆっくりと頷いた。
「魔王も勇者も、どうなったかは分からぬ」
ナユが息を呑む。
「だが、かつて二人は、神域にて相討ち、次元の狭間に飲まれた。それ以来、姿は見えぬが……どちらかがまだ、息づいている」
「……やっぱり」
「“腐敗霧のサバリネ”が動いたという事は、その沈黙が破れたのだろう」
ナユは拳を握りしめた。
胸の奥で、あの戦いの記憶が再び脈を打つ。
「陛下……わたしの中に、少しだけ“闇”があるのです。あの時、それが目覚めた気がして……」
「ナユよ、恐れるな」
王の声が優しく響いた。
「光を持つ者ほど、闇を知る。それを制す者こそ、真に世界を導く」
その言葉に、ナユは小さく微笑んだ。
「わたし、怖くても前に進むのです。この名を汚さないように」
「うむ――お前こそが、ハルメリアにふさわしい」
王はゆっくりと背を向け、扉へと歩き出した。
出ていく直前、ひとことだけ残す。
「いずれまた会おう、希望の子よ」
扉が静かに閉じた。
◆
その夜。
ナユは宿舎の窓辺に座り、王都の灯を眺めていた。
遠くの夜空には、ひときわ強く輝く星がひとつ。
「ねぇ、ミラ……わたし、ハルメリアになったのです」
『はい。正式な叙任が確認されました。称号:“希望を紡ぐ者”名をナユ=ハルメリアと再設定しました』
「ふふ、ちょっと照れるのです……」
静かな夜風が髪を揺らす。
「でも、勇者と魔王、どちらかが生きてるなら――きっと、この名にも意味があるのです」
『記録しました。行動方針:光と闇、両方を見つめること』
「なのです!」
ナユは笑って立ち上がった。
「今日の記録:王様に正式に“ハルメリア”の名をもらいました。男爵って言われてもピンとこないけど……。勇者と魔王、いつかきっと真実を知りたいのです。今はただ、胸を張って生きるのです。――日報完了!」




