第90話《報告》
王都・王城謁見の間。
白大理石の床に朝の光が反射し、長い影を落としていた。
ナユはその中央に立っていた。
背後にはバルドラン、リカリーネ、そしてセバスチャン。
正面には、王国の象徴たる蒼衣の王が玉座に座している。
「――報告を」
王の低い声が響く。
その音が、広間の静寂を切り裂いた。
バルドランが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「陛下。王都北方の森に現れし“腐敗霧”の件についてですが、ナユの力で撃退に成功しました」
「ふむ。報告では、通常の魔獣ではなかったと聞くが?」
「はい。敵は人の姿を取り、強大な腐敗の魔力を操っておりました」
王の眉がわずかに動く。
「……名は?」
「自らを“腐敗霧のサバリネ”と名乗りました。おそらく、魔王直属の配下の一人かと、奴は魔王の命を受けたと申しておりました」
その名が広間に落ちる。
兵士達のざわめき。
重臣達の息が詰まる。
「魔王……もしや、その名、四天王……それがなぜ王都近くに……」
王が呟く。
その横で宰相が顔をこわばらせた。
「陛下、もし本当に四天王であるならば、あの戦いは――」
「――奇跡だ」
王が言葉を遮るように呟いた。
そして、ゆっくりと玉座を立ち、ナユの前まで歩み出た。
「その“サバリネ”を退けたのは……お前か」
ナユは一歩前に出て、背筋を伸ばした。
「はいなのです。……でも、わたし一人の力ではありません。みんなを守ろうとして必死で――」
王はしばらく黙ってナユを見つめていた。
やがて、その瞳に静かな光が宿る。
「年端もいかぬ子が、国を救ったか」
重臣達が小声で囁く。
「聖女だ」「神の加護を受けている」「あの光……」と。
王は手を上げ、静寂を取り戻した。
その目は、まっすぐにナユを見ていた。
「お主の功を称え、家名と男爵位を与える。成人までの仮授与ではあるが、正式な記録として残す」
広間がどよめく。
ナユは目を丸くして、慌てて頭を下げた。
「そ、そんな……わたしはただ、みんなを守りたかっただけなのです!」
その声に、王は微笑を浮かべた。
「――その心が、何より尊い」
静かな間が流れる。
王の視線が、光を受けて輝く少女の瞳に注がれた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「――この子は、神が遣わせた聖女なのかもしれぬ」
その言葉が響いた瞬間、
広間の全員がひざまずいた。
聖なる光が、ステンドグラスを透かして差し込む。
ナユの金色の髪が、柔らかく揺れた。
「今日の記録:王都の城で、サバリネとの戦いを報告しました。みんなが生きてて本当に良かったのです。王様に会うのは緊張したけど……“神が遣わせた聖女”って言われて、ちょっと恥ずかしかったのです。でも、これからも強くて優しい人になりたいのです。日報完了!」




