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第84話《夜話》

 夜の森は静かだった。

 焚き火の火が小さく揺れ、木々の影を長く伸ばしている。

 草に残る露が光り、虫の声が一定のリズムで夜を満たしていた。


 ナユはテントの入口に座り、スープの鍋をかき混ぜていた。

 リカリーネは反対側で腕を組み、焚き火をじっと見ている。

 バルドランはその背後で杖を突き、周囲の気配を見張っていた。


「……セバスチャン、まだ戻らないのね」


 リカリーネが不安げに呟いた。


「索敵をしてくれている。夜は気配が流れやすいからな」


 バルドランが火を見ながら答える。

 その声音には、どこか信頼の響きがあった。


「執事なのに大丈夫なの?」


「セバスチャンは大丈夫なのです」


 ナユが笑って言った。

 その声は迷いがなく、どこか確信めいている。


「彼は、この中で一番強いのです」


「……一番?」


 リカリーネが瞬きをした。

 バルドランは杖を軽く握り直し、焚き火の向こうで僅かに口元をほころばせた。


「ふむ……あながち間違いではない、かもしれんの」



 その頃、少し離れた森の奥では、セバスチャンが音もなく木々の間を進んでいた。

 外套の裾が風を切り、足音すら森に吸い込まれて消える。

 気配を消す、というより――夜そのものに溶け込むような歩みだった。


 彼は立ち止まり、目を細める。

 淡い青の魔力が視界に滲む。

 小動物が枝を跳ね、遠くで風が一度だけ鳴った。


(異常なし……よろしい。彼女らに安らぎの夜を)


 そう呟くと、彼は夜気を纏って姿を消した。



 野営地では、スープの香りが漂っていた。

 ナユが木椀を両手で包み、火を見つめながら息を吹きかける。


「おいしいのです。温まるのです」


「塩気がちょっと強いけどね」


 リカリーネは一口飲んで、肩をすくめた。


「リカちゃんの火加減はいつも完璧なのです」


「……ありがと」


 リカリーネの頬が火の光に染まる。

 その横で、バルドランは短く頷いた。


「良い夜だ。静けさを保てるだけで、十分に幸運じゃ」


 ナユはスープを飲み干し、空を見上げる。

 木の隙間から、星がこぼれるように瞬いていた。



『ナユ、体温上昇。感情値、安定』


「うん、分かってるのです。……でも、報告じゃなくて、今は一緒に見よう?」


『……了解。静音モードに移行』


 ミラの声が消える。

 夜の音だけが残った。


 ナユは小さく息を吐き、隣で眠り始めたリカリーネの毛布を直す。

 焚き火がはぜ、空気があたたかく包んだ。


「……みんながいる夜って、いいのです」


 ナユの言葉は、焚き火の光と一緒に夜空へ溶けていった。



「今日の記録:初めての野営。セバスチャンは索敵中。リカちゃんと一緒にスープを作った。おいしかったのです。みんながいると、夜も怖くないのです……日報完了」

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