第80話《解析》
午前の稽古が終わり、静かな書斎に魔導書のページをめくる音だけが響いていた。
ナユは机に肘をつきながら、《未来設計》を通じてデータ整理をしていた。
「ミラ、訓練記録をまとめるのです」
『了解。記録処理中……完了。昨日に比べ、魔力制御精度が一・二%向上しています』
「やったのです!」
『喜びの反応、確認……意図、学習中』
ナユは一瞬きょとんとした顔で首をかしげる。
「それ、どういう意味なのです?」
『“嬉しい”という感情の再現方法を解析しています。現在、再現精度は二%……不完全です』
「それは……練習中って事なのです?」
『はい。……たぶん』
最後の「たぶん」で、わずかに間が空いた。
ナユはその一瞬に、機械の奥の小さな“何か”を感じた。
「ふふ、ミラ、ちょっと人間っぽくなってきたのです」
『非効率な表現です。人間らしさ、必要ですか?』
「必要なのです!」
ミラは数秒沈黙した後、静かに応答した。
『理解。学習、いえ……保留します』
「保留って!」
『すぐには処理できません。感情アルゴリズム、解析中です』
ナユは頬をふくらませながらため息をついた。
しかし、そのやり取りが妙に心地よく感じていた。
「……でも、ありがとなのです。ミラがいると、色んな事が整理できるのです」
『感謝の意。受理しました。解析結果――“嬉しい”の使い方に似ています。……記録します』
ミラの声にわずかなノイズが混じった。
冷たさの中に、微かな温度を感じる。
「ミラ」
『はい』
「わたし、もっと強くなるのです。深淵に行く為に」
『目標確認。達成難度:不明。しかし、達成意思、強度百%。……承認します』
その無機質な言葉の奥で、
ナユは確かに“理解されている”ような感覚を覚えた。
◆
「今日の記録:ミラが“感情”を学習中。少しだけ、人間っぽくなった気がするのです。まだ無機質だけど……この変化、悪くないのです。……日報完了」




