第71話《教授》
朝の光が差し込み、屋敷の一室に魔力の粒子が舞っていた。
書棚には分厚い魔導書が並び、部屋の中央には木製の長机がある。
その前で、バルドランが杖を突きながら立っていた。
「さて――今日から正式に授業を始める。まずは“基礎の基礎”じゃ」
リカリーネは頬杖をつき、欠伸をこらえる。
ナユは姿勢を正し、ノートを手に取った。
「基礎は大事なのです!」
「ふむ……やる気があるのは良いことだ」
◆
杖の先が空中に触れると、淡い光の円が浮かび上がる。
まるで古代の言語のようなものが幾つも並び、魔法構造の概念を示していた。
「“階梯”とは、魔法の威力と構築精度を示す段階のことじゃ。火でいえば――《ファイア》が第一階梯。《ファイアアロー》が第二階梯。《ファイアボール》が第三階梯、という具合だ」
ナユが目を輝かせてうなずく。
「つまり、威力が上がるほど階梯が上がるのですね!」
「その通り。同時に、魔力の制御が緻密であれば、低階梯でも上位を超える事もある。“力”よりも“理”じゃ」
「なるほどなのです。最適化と効率化の話ですね!」
「……なんの話それ」
リカリーネが呆れたようにため息をつく。
「難しく考えすぎよ。撃って燃やせばいいの」
「ふむ。お前はまだ若いが、火を見る目は悪くない。だが、魔法は暴力ではなく理の流れだ。炎も光も、導くものじゃ」
「……説教は聞き飽きたわ」
「じゃあ実践に移るのです!」
◆
庭に出ると、光と風が混じる気配が走った。
ナユは両掌を合わせ、真剣な表情を見せる。
「光よ、護りを重ねて――《プロテクト・サークル・トリプル》!」
三重の光輪が展開し、周囲の空気が軽く震える。
魔力の層が幾重にも重なり、屋敷全体を包み込んだ。
「……昨日も思ったけど、これを三重?一瞬で?ほんとに三歳なの?」
リカリーネが驚き混じりに言う。
バルドランも眉を上げた。
「ふむ……発動に迷いがない。構築も正確……見事じゃ」
「ありがとうございます!安全第一なのです!」
「くっ……なんかムカつくわねその言い方!」
◆
「では、次はお前達の“属性”を確かめよう」
バルドランが杖を立てると、魔力陣が淡く浮かぶ。
ナユの光と、リカリーネの炎が同時に輝いた。
「ナユの適性は光、そして――補助と風に素質あり。リカリーネは純粋な火。伸ばせば大成する」
「ふん、当然よ」
「わたしも頑張るのです!」
リカリーネがすぐ顔を寄せ、にらむ。
「“も”?張り合う気?」
「学ぶのは競う為ではないのです。でも、勝てるなら勝ちたいのです!」
「その口調で言われると腹立つのよ!」
◆
ナユは少しだけ考え込んで、首をかしげた。
「ねぇ、バルドランさん。全属性は使えないのです?」
「……ふむ、面白い質問じゃな。理論上、“全属性適性”というものは存在する。だが、実際に扱えた者は神話に語られる“始源の賢者”ただ一人。人の魂は、あまりに多くの属性を宿すと砕けてしまうのじゃ」
「なるほどなのです。なら、砕けないように鍛えればいいのです!」
リカリーネが思わず吹き出す。
「……は?そんなの聞いた事ないわよ!」
「常識を破るのも努力のうちなのです!」
バルドランが目を丸くし、そして笑った。
「……おぬし、見ておると飽きぬな」
◆
バルドランは目を細め、ふたりを見比べた。
「よい。火と光……どちらも世界を照らす属性だ。だが扱い方を誤れば、人も焼く。ゆえに、学べ。感じろ。考えろ。おぬしらなら、きっと到達できる」
「はいなのです!」
「……まあ、暇じゃないけど付き合ってあげるわ」
風が吹き抜ける。
光と火がゆるく交わり、揺らめいた。
「今日の記録:初の座学開始。バルドラン先生から魔法理論と階梯の講義。《プロテクト・サークル・トリプル》で安全確保。リカちゃんとは相変わらず仲良くケンカ。“全属性”は神話級らしいけど、いつかやってみたいのです!のんびり暮らす為にも、勉強頑張るのです!……日報完了。」




