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第70話《邂逅》

 昼下がりの雲が薄く流れ、王都南の通りを馬車がゆっくり進む。

 黒塗りの車体に陽が反射し、軋む音が静かに続いた。


 やがて白亜の屋敷が見えた。

 馬車が止まると、杖を持つ老魔法使い――バルドランがゆっくりと降り立つ。

 灰の法衣が風をはらみ、長旅の疲れを見せぬ背筋が伸びた。


 その背から、赤髪セミロングの少女が跳ねるように降りた。

 赤い瞳が鋭く光り、門から屋敷、そして庭までを挑むように見渡す。


「遠路、よくぞお越しくださいました。不死身の魔星殿」


 玄関先でセバスチャンが深く一礼する。


「渾名は要らん。名はバルドランでよいぞ?」


 低く穏やかな声に、少女がふんと鼻を鳴らす。


「師匠、挨拶なんかどうでもいいから。時間がもったいないわ」


 セバスチャンは口元に笑みを残し、手で庭を示した。


「せっかちな奴じゃのう……」


「本日の試しは庭にて。お嬢様がすでにお待ちです」



 庭には、金の髪を陽光に透かす少女が立っていた。

 その琥珀の透き通るような瞳がきらりと光を返す。


「ようこそなのです!」


 弾むような声。

 その瞬間、バルドランの胸に微かな疼きが走る。

 声の澄み方。

 目の奥に宿る、あの光。

 あの日、死の淵で見た“希望”が、形をもって現れた気がした。


(……まさか。儂を救った、あの赤子……?)


 胸の奥が、静かに熱を帯びた。


「こちらが、魔導師バルドラン殿。そして弟子のリカリーネ様です」


 セバスチャンが丁寧に紹介する。


「バルドランさん……!」


 ナユが驚いたように声を上げる。

 彼女の顔に広がる安堵と喜び――

 それを見て、老魔法使いの目が細くなった。


「……覚えておるのか?」


「もちろんです!助かってくれて、よかったのです!」


 その言葉に、バルドランの喉が詰まる。

 あの夜、胸を貫いた痛み。

 息が続かず、世界が遠のいていった時――確かに、光が包んだ。

 誰かが“生きろ”と願ったように。


「……そうか。あの時の赤子が、ここまで……」


 老魔法使いは、少しだけ震える手で杖を支えた。

 静かに息を吐く。


「奇跡は確かにあった。――あの日、儂はおぬしに救われた」


 バルドランは静かに杖を地に立てた。

 長い旅路の疲れを隠したまま、琥珀の瞳を見つめる。


「奇跡の子よ。今度は儂が、その力を確かめさせてもらおう」


「分かったのです!」


 ナユが胸を張る。

 陽を浴びてきらめく金髪が、ふわりと揺れた。


「セバスチャン、段取りを!」


「はっ」


 執事が一礼し、静かに下がる。

 恭しく片手を差し伸べて告げた。


「お嬢様の力、どうかお見せください」


「任せるのです!」


 ナユは小さく息を整え、掌を組んだ。


「光環よ、重なりて護れ――《プロテクト・サークル・トリプル》!」


 光が地を走り、三重の輪が庭を包む。

 透明な膜が張られ、空気が澄んで震えた。

 葉の影までも、静かな光を帯びる。


「三重結界を、そんな短い詠唱で……!?」


 リカリーネの赤い瞳が細められた。

 わずかな驚きが混じる。


「ふん、守りから入るタイプね」


「安全第一なのです!」


 ナユが笑う。

 その無邪気さに、リカリーネは唇を吊り上げた。


「じゃあ——攻めるだけよ!」


 紅い髪が舞う。

 掌を前に突き出し、完全詠唱が流れる。


「炎よ、我が手に宿り、紅蓮の牙を成せ――《フレア・ファング》!」


 紅の牙が、唸りを上げて突き進む。

 空気が焼け、芝が黒ずむ。


「光、流れ導け――《レイ・エッジ》!」


 ナユの詠唱短縮。

 白い線が閃き、炎の芯を断ち切った。

 熱が逸れ、火花が結界に吸い込まれて消える。


「……芯だけ切った?馬鹿な」


「燃える場所を変えるだけなのです!」


 ナユが軽くウインクをした。

 挑発気味な笑み。


「理屈はいいわ。力で押す!」


 リカリーネが踏み込み、詠唱を続ける。


「炎槍よ、穿ち、燃え尽くせ――《フレア・ランス》!」


 突撃槍のような炎が次々と放たれる。

 四、五、六。

 紅の雨がナユめがけ降り注いだ。


「軽く速く――《ブースト》!」


 ナユの足元が弾けた。

 芝を乱さず、影が三つ四つに分かれる。

 光刃が連続で閃き、炎の芯を順に切り払う。


「速っ……!」


 リカリーネが食いしばる。

 詠唱を断ち切り、至近へ突進する。


「近い方が得意よ!」


 掌に紅が灯る。

 熱が跳ねた瞬間、ナユが囁いた。


「もう一段、軽く――《ブースト》!」


 空気が弾け、白い軌跡が入れ替わる。

 次の瞬間、ナユはリカリーネの背後に立っていた。


「ここなのです」


 指先が肩を軽く突く。

 風が抜け、熱が空に散った。


「……っ!」


 リカリーネが振り返る。

 赤い瞳に、悔しさと僅かな尊敬が混じる。


「そこまで!」


 バルドランの杖が地を打つ。

 熱気が引き、風が戻る。

 庭の空気が穏やかに沈んだ。



 静寂。


 リカリーネが息を吐き、汗を拭う。

 ナユは胸に手を当て、にこりと笑った。


「楽しかったのです!」


「……次は負けないわ」


「次も全力で受けるのです!」


 バルドランが歩み寄り、穏やかに頷く。


「儂を救った命の恩人が、ここまで強くなったか……感無量じゃ」


 その瞳は、懐かしさと誇りに満ちていた。


「明日から正式に指導を始めよう。おぬしの“光”を見極めるためにな」


「はいなのです!」


 セバスチャンが深く頭を垂れる。


「本日も見事でございました」


 風が芝を撫で、三人の影が伸びて重なった。


「今日の記録:バルドランさんとリカちゃん来訪。アニシアとの戦いとは違って、初めての本気勝負。《プロテクト・サークル・トリプル》《ブースト》《レイ・エッジ》を使用。無傷で対応成功!明日から魔法指導開始予定。のんびり暮らすためにも、強くなるのです!……日報完了。」

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