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第69話《成長》

 朝の光が屋敷の屋根を照らし、空には淡い光の粒がいくつも浮かんでいた。

 それらは風に流れながらも消える事なく、まるで昼間に星が迷い込んだようだった。


「……お嬢様、あれは一体……?」


 庭に立つセバスチャンが見上げる。

 その視線の先、芝の上に立つ金髪の少女――ナユが両手を腰に当てて笑った。


「訓練です!最近、魔力の全消費が難しくなってきたから、自動で《ライト》を発動するようにしてるんです!」


「全消費!?……自動、発動……?それはまさかーー常時ですか?」


「はい!寝てる時も、食べてる時もずっと!それに、身体強化も六重で常時展開してるんです!」


「……ろ、六重……っ!?六重を“常時”!?お嬢様、それは――正気の沙汰ではございません!!」


 老執事の声が裏返った。

 常時発動だけでも熟練の魔導士が数分で倒れる代物。

 それを六重――しかも日常的に、笑顔でやってのけている。


「え?でもこれが一番効率いいんですよ?」


「こ、効率!?お嬢様、六重常時など勇者でも一刻と持ちませぬ!それを“訓練”などと……!」


「だって、魔力は使えば使うほど増えるんです。筋肉と同じですよ?」


「……な、何と申されましたか……!?魔力が“増える”!?そんな理屈、聞いた事が……!」


 セバスチャンの胸に稲妻のような衝撃が走った。

 魔導士の常識が音を立てて崩れていく。

 だが、少女の体から放たれる“膨大な魔力圧”が、その言葉を真実へと変えていた。


「見てください。身体強化をかけたまま、《ライト》を同時発動しても魔力が尽きません」


 ナユが手を掲げると、屋敷の上空で光が弾け、空気が震えた。

 同時に、彼女の身体から立ち上る光の層が淡く脈打つ。

 まさしく、常識を越えた光景だった。


(……理では説明できぬ。この方は、理の外に立っておられる……)


「お嬢様……そのような無茶をなさって、何を目指されているのです?」


 ナユは少しだけ目を細め、空を見上げた。


「――《深淵アビス》を、踏破したいんです!」


「――っ!!」


 その言葉に、セバスチャンの血の気が引いた。

 《深淵》――現勇者でさえ逃げ帰った、世界最難関の魔窟。

 誰も帰還した事がない“地獄”と呼ばれる場所。


「お嬢様、それは……命を捨てる行為ですぞ!」


「ううん、違います。怖い所って聞いたけど、だからこそ見てみたいんです。今はまだ無理だから、強くなりたい。――のんびりスローライフしながら、ですけどね!」


 まるで朝露のように、さらりと笑って言う。

 セバスチャンは言葉を失ったまま、その瞳を見つめた。

 そこには恐れも迷いもなく、ただ純粋な“生きる意志”の光があった。


「……本当に、恐れを知らぬお方だ」


 老執事は深く膝を折り、低く頭を垂れた。


「――承知いたしました。お嬢様の志、しかと胸に刻みました」



 その夜。

 屋敷の食堂には三人の影が集まっていた。

 セバスチャンの報告を聞き、ナユの父と母は黙って視線を交わした。


「……《深淵》を目指す、か」


「止めるべきでは?」と母。


 しかし父は、ゆっくりと首を振った。


「いや……あの子の目を見ただろう。止めても無駄だ。ならば導くのが、我々大人の役目だ」


「……そうね。決めつけで夢を潰したくないものね」


 セバスチャンは二人に深く頭を下げた。


「――承知いたしました。お嬢様を導ける師を探してまいります」



 夜更け。

 執務室に灯るランプの下、書状の束をめくる老執事。

 一枚の名に、指が止まった。


 ――少し前に昇格したA級冒険者パーティー、極星の旅団の“不死身の魔星”バルドラン。


 静かに呟く。


「……この方ならば。お嬢様を導ける……唯一の男だ」


 羽根ペンが走り、封蝋が落とされる音が部屋に響いた。

 老執事の瞳には、再び熱を帯びた光が宿っていた。


(お嬢様……わたくしも、鍛え直さねばなりませんな)



「今日の記録:セバスチャンさんに修行法を話した。凄く驚いてた。六重の身体強化、安定。ライトの自動発動も継続。全消費=魔力増加理論、確信。目標:《深淵アビス》踏破。――日報完了。」

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