第55話《蓄願》
塔の夜は深く静かだった。
窓の外で風が低く鳴り、燭台の火が細く揺れている。
検査の疲れがまだ残るのか、ナユは寝台の上で小さく息を吐いた。
――今日はもう終わり。ゆっくり休もう。
まぶたが落ちかけた瞬間、頭の奥で微かな電子音のような響きが鳴る。
《時計》スキルのアラームだった。
《通知:残り十五分。本日の《願い》は未使用です。》
――あっ、忘れてた……!
毎日一度だけのチャンス。
使わなければ消えてしまう。
けれど、今は動く理由がない。
逃げる訳でも、助けを呼ぶ訳でもない。
ナユは小さな手を胸に当てた。
――もったいないな……。
使わずに“取っておく”ことが出来たら、もっと役に立つのに。
例えば、何かが起こった時に一気に使えたら……
思考が形を取り始める。
その瞬間、心の奥がゆっくりと熱を帯びた。
《願い》の発動条件――“心からの願い”。
それを満たした時、世界は静かに応じる。
ナユの胸の中で、柔らかな音が鳴った。
まるで、鍵が回るように。
《新機能解放:蓄願》
《効果:未使用の《願い》を一日分ずつ保管可能。最大三回まで蓄積可。》
――……えっ。これ、マジで出来ちゃった?
貯めないといけないけど三回連続で使えるのはチート過ぎませんか神様!?
だけどこれは良い保険になるな。
小さく笑いそうになったが、声は出さずに毛布に顔をうずめた。
嬉しさよりも、安堵が大きかった。
これで少しは余裕を持てる。
外で、夜の鐘が一つだけ鳴る。
《時計》が自動的に日付を更新した。
ナユは目を閉じ、静かに呟く。
「今日の記録:検査後。二十三時四十五分のアラームで未使用に気付く。“ストック出来たらいいのに”と願った結果、《蓄願》発動。これで《願い》を貯められる……明日への保険が出来た。日報完了。」




