第41話《来訪》
翌朝。
王都の空は澄み渡り、屋敷の庭に差す光が磨かれた石畳を照らしていた。
昨夜の出来事等、まるで夢だったかのように静かだった。
だが、屋敷の門前には見慣れぬ影があった。
王立学術院の紋章を刻んだ馬車。
黒衣ではなく、淡い灰の外套を羽織った初老の男が、微笑みを浮かべて立っている。
「おやおや、朝早くから恐縮ですが……」
フェルネ。
宮廷顧問にして学術院の学者。
その穏やかな声は、春風のように柔らかく、しかしどこか計算された響きを持っていた。
応対に出たセバスチャンが一礼する。
「ようこそお越し下さいました。どのような御用件で?」
「王命ではございませんよ。個人的な興味でしてね。――あの子、奇跡を起こしたと伺いました」
セバスチャンの表情は変わらない。
だが、その瞳の奥に一瞬、冷たい光が走った。
「ナユ様はまだ幼くございます。王の御病を癒したのは偶然かと。お見せできるようなものは何も」
「ほう……偶然、ですか」
フェルネは小さく笑い、杖の先で敷石を軽く叩いた。
鈍い音が響く。
まるで測るように、彼は空気の“揺らぎ”を感じ取っているようだった。
「――良い空気です。この屋敷には、王都では珍しい“穢れ”の少なさを感じます。あの子の存在が……そうさせているのかもしれませんね」
「学者殿は、何をお確かめになりたいのですか」
「ただ観察を。研究の一環です。もちろん、害するつもりはありませんとも」
そう言って笑うフェルネの瞳は、どこか底知れない。
表情こそ温和だが、目の奥には確かな探求の炎があった。
その時――
廊下の奥から、母がナユを抱いて現れた。
「まあ、来客?朝早くから……」
フェルネは軽く頭を下げ、柔らかく微笑む。
「これはこれは。あの“奇跡の子”を拝見できるとは」
母は少し戸惑いながらも、抱く腕に力を込めた。
「ナユはまだ赤ん坊です。どうか驚かせないでくださいね」
「ええ、もちろん。私はただ、祝福を伝えに来たのです」
フェルネは一歩近づき、そっとナユの小さな手を取った。
その指先が一瞬、微かに光を帯びる。
見逃すような一瞬――だが、セバスチャンの視線が鋭く動いた。
「……何をなさいました?」
「おや? ただの“挨拶”ですよ。学者式のご挨拶、というやつです」
フェルネは軽く笑い、何事もなかったかのように背を向けた。
「また伺いますよ。観察は、日を改めて……」
去っていく背中を見送りながら、セバスチャンは微かに眉をひそめる。
ナユの手に、わずかに“魔力の痕”が残っていた。
「……妙ですな。まるで“識別”の印のような……」
その声を、ナユは静かに聞いていた。
母の腕の中で、目をぱちくりと瞬かせながら。
――あの人、絶対ただの学者じゃないな。
雰囲気が、理系オタクというより……なんかスパイ寄り。
ナユの胸に、微かな警戒の火が灯った。
「今日の記録:フェルネ来訪。王都の学者らしいが、あの眼は“観察者”のそれ。俺の手に魔力の痕。セバスチャンも警戒中……日報完了。」




