第39話《影動》
夜更け。
王都の空は月雲に覆われ、街の明かりも一つ、また一つと消えていった。
御屋敷の外では、風が街路の砂をさらい、どこか遠くで犬の遠吠えが響いた。
その静けさの中――。
屋敷の裏手、塀の影を何かが駆け抜けた。
黒衣。
足音は一つ。
だが、気配は複数。
「……あの子が、“例の奇跡”を起こしたガキか」
男の低い声が闇に溶ける。
もう一人が応じた。
「王命により、しばらく監視を続ける。だが、もし本当に“願い”を使えるのなら……」
「……厄介な存在になる」
短く囁き、影は屋根を伝って消えた。
一方その頃――。
ナユは寝台の上で目を開けていた。
幼い体には不釣り合いな、妙に冷静な思考が頭を巡る。
――さっきから、外の気配が変だな。
空気の流れが違う。風の音に、余計な“音”が混じってる。
無意識のうちに、周囲の“違和感”を拾っていた。
気配、温度、呼吸、空気の震え。
乳児の身で動けない分、五感は鋭く研ぎ澄まされていた。
――人の気配……それも複数。
でも、敵意がある訳じゃない……監視?
部屋の扉が静かに開いた。
セバスチャンがランプを手に入ってくる。
「お休みになれませんか、ナユ様」
低く落ち着いた声。
その影が揺れた瞬間、ナユの心が確信した。
――この人、気付いてるな。
外の“影”に。
セバスチャンはランプを卓上に置き、窓越しに夜の闇を見た。
「心配には及びません。あれらは“王都の夜”に潜む常の影です。……今は、私にお任せを」
その言葉と共に、空気が変わった。
穏やかな執事の顔の奥に、冷ややかな刃のような気配が走る。
彼の視線が闇を一度射抜いた。
次の瞬間、屋敷の外の“影”が一斉に気配を引いた。
――やっぱりな。
この人、只者じゃない。
頼もしすぎるわ、セバスチャン。
ナユは小さくあくびをし、まぶたを閉じた。
その寝息の向こうで、風が静かに鳴っている。
「……ふふ。あの年で、気付いておられるとは」
セバスチャンは微笑を浮かべ、ランプの火を落とした。
その瞳には、主への確かな敬意が宿っていた。
――全部聞いてるんだよなぁ……さっきのって威圧スキルかな?いつか教えてもらえたらいいなぁ……おやすみ。
「今日の記録:夜。屋敷の外に不審な気配。セバスチャンが動いた。俺もそれを感じ取れた……もしかして、感覚が鋭くなってる?威圧スキル欲しい……日報完了。」




