第34話《新居》
御屋敷の大扉がゆっくりと開いた。
柔らかな光が差し込み、白い石の床に反射する。
その中を、ナユ達一家はセバスチャンに案内されながら足を踏み入れた。
村の木造家屋とは比べ物にならない。
廊下は長く、天井は高く、床は磨かれて鏡のように輝いている。
壁には絵画が整然と並び、燭台の火が静かに揺れていた。
「こ、こんな立派な所で暮らすなんて……」
母の声が震える。
ナユを抱く腕に、無意識のうちに力がこもった。
父は言葉も出ず、ただ深く息を吐いた。
「夢でも見てるんじゃないか……」
「ご安心を」
セバスチャンは微笑み、老練な所作で一礼する。
「寝室も、暖炉も、浴室も全て整えてございます。陛下より“恩人への礼”として、最上の状態に仕上げておきました」
各部屋を案内されるたび、母は目を丸くし、父は小声で「すげぇ……」と呟く。
村では見た事もない家具と香り。
窓辺のレースカーテン、ふかふかの絨毯、暖かい光。
全てが別世界のようだった。
夕刻。
長い旅と緊張をねぎらうように、食卓が整えられた。
焼きたてのパン、香草をまぶした肉、野菜のスープ。
芳醇な香りが広間を満たし、家族の頬に笑みを取り戻させた。
「どうぞ。これは陛下からの直々の贈り物でもあります」
セバスチャンの言葉に、父と母は深く頭を下げる。
「な、なんと……王様から……」
母は震える指でフォークを取り、恐る恐る口に運んだ。
その瞬間、瞳が潤む。
「……美味しい……こんな味、初めて……」
母はパンをちぎり、温かいミルクに浸して柔らかくした。
「ナユ、これなら食べやすいでしょう?」
口に含むと、ほんのり甘く、優しい香りが広がる。
ふわりとした香りと柔らかい食感。
ミルクもまた栄養豊富なものだった。
思わず「ばぶっ」と声が出た。
だが心の中では――
――やべぇ……パンがちゃんとしたパンだ……!
会社帰りのコンビニ飯とはレベルが違いすぎる!
試しに、癖で《鑑定》を発動した。
〈パン:小麦粉(産地:王都近郊・質A)/焼成:上級/保存:48時間以内推奨/栄養構成:糖質58%・脂質10%・タンパク質9%・ビタミン微量+〉
――おおっ!? 情報が増えてる!?
栄養まで出てるじゃん……これ、スキルレベル上がったな?
食材を次々と鑑定していく。
〈肉:牛種・赤身・高タンパク〉
〈野菜スープ:栄養バランス◎〉
〈水:王都上水・清浄度高〉
……なるほど。
王様の毒を見抜けたのも、このレベルアップのおかげだったのか。
内心で納得しつつ、ナユは静かに息を吐いた。
――ふふ、これなら“美少女計画”の食生活も盤石だな。
母はそんなナユを見つめて微笑んだ。
「ナユ……嬉しいのね」
父も肩の力を抜き、穏やかな声で言った。
「これで、しばらくは安心して暮らせるな」
夜。
寝室の天蓋の下、ナユは柔らかな布団に包まれていた。
外からは穏やかな風が吹き抜け、遠くで鐘の音が響く。
――ああ……本当に、異世界で暮らしてるんだな……
そう思いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
「今日の記録:御屋敷入居。セバスチャンの案内で新生活開始。鑑定がLvアップし、食材の栄養まで分かるようになった。異世界スローライフ……想像以上に快適だ……日報完了。」




