第35話《執事》
朝の光が、御屋敷の大きな窓から静かに差し込んでいた。
ナユ達が王都で迎える、初めての朝だった。
磨き上げられた床を、黒い革靴の音が一定のリズムで進む。
セバスチャンは手に白い手袋をはめ、寝室の扉を軽く叩いた。
「朝食のご用意が整っております」
その声は穏やかで、けれど不思議と“逆らえない力”を持っていた。
まだ夢うつつの母は慌てて起き上がり、父は布団の中で飛び起きる。
「す、すぐに参ります!」
「お急ぎにならずとも。朝は落ち着いてから、おいでください」
そう言って扉が静かに閉まる。
その足音が遠ざかるまで、二人は息を呑んだままだった。
朝食の食卓には、焼きたてのパン、温かいスープ、香ばしい魚、そして果物が並んでいた。
どの皿も整然と配置され、湯気さえも美しい。
母は感動のあまり声を失い、父は姿勢を正してフォークを取った。
「まるで王城の中みたい……」
「いや、下手すりゃそれ以上だ……」
その光景を、ナユは母の膝の上から見つめていた。
――段取り、完璧。
報告も、準備も、全部先読みして動いてる。
この人、俺の会社にいたら間違いなく“伝説の上司”ポジション。
ナユは心の中で感心しながら、小さく手をかざし、《鑑定》を使った。
【名:セバスチャン】
【年齢:五十六】
【職業:執事】
【状態:健康】
【特性:忠誠・規律・判断力・高い統率性】
――ふむ、優秀にもほどがあるな。
こんな人がいたら、プロジェクトなんて即日完成だ。
ナユは内心で頷きながら、スープを飲む父と母の笑顔を見た。
村にいた頃の不安や緊張が、少しずつほどけていくようだった。
食後、セバスチャンが柔らかく言う。
「本日より、御屋敷での暮らしが始まります。何かお困りの事があれば、私にお申し付けを。お二人がこの地に慣れるよう、全力でお支えいたします」
その言葉に、母は深々と頭を下げた。
父も「頼もしい限りです」と胸を張る。
ナユは母の腕の中で、ふわりと笑った。
――こうして、異世界スローライフの新たな日々が始まった……。
「今日の記録:御屋敷での朝。セバスチャンの完璧な采配に感服。鑑定しても優秀の塊。報連相の極みを見た……日報完了。」




