第301話《余波》
広場に、ようやく静けさが戻っていた。
砕けた石畳。
崩れた外壁。
黒く焼けた地面。
だが、あの圧倒的な気配はもう無い。
ナユはゆっくりと息を吐いた。
「……本当に消えたのです」
『周辺一帯に高密度反応は存在しません』
ミラが即座に補足する。
『地下残滓も収束傾向。危険度は急速に低下しています』
ナユは小さく頷いた。
その時。
遠くから、足音が近づいてくる。
冒険者達。
ギルド職員。
警備兵。
最初は恐る恐る。
だがやがて駆け寄ってくる。
「……終わったのか?」
「本当に消えたのか!?」
「さっきの光……何だったんだ……」
口々に声が上がる。
ナユは少しだけ困った顔をし、それから素直に答えた。
「終わったのです。もう大丈夫なのです」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
広場の空気が一気に緩んだ。
「……助かった……」
「生きてる……」
「街が……残ってる……」
誰かがその場に座り込む。
別の誰かは空を見上げて泣いていた。
その様子を見て、ナユは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
そこへ。
ギルドの責任者らしき男が走ってくる。
「君が……!」
息を切らしながら立ち止まる。
「報告は受けている。地下からの救助も、今の討伐も……全部、君達が?」
ナユは首を少し傾げる。
「皆で頑張ったのです」
ヴァイスが横で小さく鼻を鳴らす。
「こいつがほとんどやった」
「ヴァイスも一緒だったのです」
ナユはきっぱり言い直す。
責任者は一瞬言葉を失い、それから深く頭を下げた。
「……街を救ってくれて、本当にありがとう」
周囲の冒険者達も次々と頭を下げる。
ナユは慌てて手を振った。
「そんな大げさじゃないのです。困ってたから助けただけなのです」
その時。
別の職員が駆け寄ってくる。
「報告します!シェルターに搬送された負傷者、全員命に別状なし!」
ナユの目がぱっと明るくなる。
「本当なのです?」
「はい!重傷者も安定しています!」
ナユは胸に手を当て、小さく息を吐いた。
「……よかったのです」
ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。
◆
夜は深まり、広場には応急の灯りが並んでいた。
修復班が動き始め、瓦礫の撤去が進んでいる。
ナユは少し離れた場所で空を見ていた。
さっきまで星が見えた場所。
今は普通の夜空に戻っている。
「……終わったのです」
改めて呟く。
ヴァイスが隣に立つ。
「今回のは雛だったんだろう」
「そうなのです」
『負の集合体は世界規模で発生する可能性があります』
ミラの声は静かだ。
『今回の個体は初期段階でしたが、成長すれば国家規模の災害になり得ます』
ナユは少しだけ黙る。
「……でも」
小さく笑う。
「その時も、何とかするのです」
ヴァイスが短く答える。
「だろうな」
風が吹く。
遠くから、街の人々の声が聞こえる。
泣き声も、笑い声も混ざっていた。
ナユはそれを聞きながら、そっと目を閉じた。
生きている街の音だった。
◆
やがて。
ギルド職員が近づいてくる。
「宿の手配が出来ています。今日は休んでください」
ナユは少し考えてから頷いた。
「そうするのです」
ヴァイスも肩をすくめる。
「休める時に休め」
「了解なのです」
ナユは最後に広場を見渡した。
壊れている。
でも、残っている。
守れた。
その実感が、ようやく胸に落ちてきた。
ナユは小さく拳を握る。
「……また明日から頑張るのです」
そう言って歩き出した。
街の灯りの中へ。
「今日の記録:街中央の本体を討伐し、負の集合体は完全に消滅しました。負傷していた皆も無事で、街も守れました。雛でも危険だったので、今後も警戒が必要なのです。でも今日は少し休むのです。日報完了!」




