第299話《搬送》
崩れた天井の向こうへ、闇は逃げていった。
瓦礫がまだ小さく落ち続け、最深部に鈍い音が響く。
ナユはしばらく上を見ていたが、すぐに視線を戻した。
「追うのは後なのです」
短く言う。
振り返ると、リカリーネが立っているのもやっとの状態だった。
仲間達は倒れたまま動けない。
ナユは静かに息を吐く。
「まずは全員の安全確保なのです」
ヴァイスが頷く。
「正しい判断だ。地上の本体は逃げん」
『現在位置から冒険者ギルドのシェルターまで、最短搬送ルートを提示します』
ミラの声が続く。
『負傷者四名。自力歩行困難。即時搬送推奨』
ナユは小さく頷いた。
「分かったのです」
軽く手を前へ出す。
「来るのです――ハク、クロ」
空間が揺れる。
白い光と黒い影が現れ、二体の幻影獣が姿を取った。
ハクが静かに首を傾げる。
クロは低く鳴いた。
「お願いなのです」
ナユは真剣な目で言う。
「この人達を安全に運びたいのです。力を貸してほしいのです」
ハクが一歩前へ出て、静かにうなずく。
クロも尻尾を振り、了解を示した。
リカリーネが仲間達を確認する。
「ガイは意識なしだけど呼吸は安定。ロゥリィも同様。ウルトは骨折の可能性あり。師匠は魔力枯渇」
「急ぐのです」
ナユは動いた。
まずガイをハクの背へ。
ロゥリィとウルトをクロに。
バルドランはヴァイスが担ぐ。
リカリーネがふらつきながら立つ。
「……わたしは歩ける……」
ナユがすぐ横に来る。
「無理しないのです」
「でも……」
「リカちゃんは最後まで戦ったのです。ここからは任せるのです」
リカリーネは少しだけ迷い、そして小さく頷いた。
ハクの背へ乗る。
「ナユ……ありがと」
「当然なのです」
準備が整う。
ミラの声が響く。
『上層までのルート確定。崩落箇所は三か所。回避可能です』
「行くのです」
ナユの一声で、全員が動いた。
瓦礫を避け、
崩れた通路を抜け、
静まり返ったダンジョンを一気に戻る。
途中、魔物の気配はない。
ただ嫌な空気だけが残っている。
やがて。
地下入口の光が見えた。
外気が流れ込む。
ナユは最後に周囲を確認した。
「ここまでなのです」
外へ出る。
夜の空気が冷たい。
少し離れた場所に、冒険者ギルドのシェルター入口が見えた。
灯りが揺れ、人の気配がある。
ナユは真っ直ぐ向かう。
扉を叩く。
中から声。
「誰だ!」
「救助なのです」
扉が開く。
職員達が驚く。
「負傷者だ!中へ!」
すぐに運び込まれる。
治療班が走る。
担架が用意される。
ガイ達は次々と引き取られた。
リカリーネも降ろされ、振り返る。
「……ナユ」
少しだけ不安そうな目。
「本体、行くの?」
ナユは小さく笑う。
「もちろん行くのです」
拳を軽く握る。
「ここからが本番なのです」
ヴァイスが横に立つ。
「街中央だな」
『高密度反応、依然として地上中央に存在します』
ナユは夜空を見上げた。
黒い雲の奥に、嫌な気配が広がっている。
「待ってるのです」
静かに言う。
「すぐ行くのです」
ハクとクロを一度撫でる。
「ここで皆を守ってほしいのです」
二体は静かに応じた。
ナユは背を向ける。
ヴァイスと並び、
街の中心へ向かって歩き出した。
「今日の記録:最深部から全員を救出し、ハクとクロの力で冒険者ギルドのシェルターまで搬送しました。皆は無事治療を受けています。本体は街中央にいるので、これから向かうのです。本当の戦いはここからなのです。日報完了!」




