第298話《決断》
最深部の空気が、重く沈んでいた。
崩れた骸の山の奥で、黒い塊がゆっくりと蠢く。
リカリーネは息を整えながら、その場に崩れ落ちそうになる体を支えていた。
ナユが前へ出る。
「もう大丈夫なのです」
静かな声だった。
だが、迷いはない。
黒い塊が形を変える。
腕のような影が伸び、空気が軋む。
ヴァイスが低く言う。
「再生が速い。普通の攻撃では削り切れん」
『解析結果一致。再生能力を越える総量ダメージが必要です』
ミラの助言は簡潔だった。
『短時間に連続した高密度攻撃を推奨します』
ナユは小さく頷く。
「分かったのです」
右手を開く。
左拳を軽く握る。
「竜言語魔法で倒し切るのです……竜装!」
魔力が流れる。
制御は完璧。
負荷もない。
「――竜爪」
指先に見えない爪が重なる。
鋭い力が収束する。
「――竜拳」
拳に圧縮された打撃の力が宿る。
黒い塊が迫る。
ナユは踏み込んだ。
斬る。
シュン。
影の表面が裂ける。
間合いを詰める。
殴る。
ドンッ!!
内部へ衝撃が通る。
だが終わらない。
再生しようと蠢く。
「まだなのです」
ナユは止まらない。
斬る。
殴る。
斬る。
殴る。
連続。
速度が上がる。
空気が震える。
竜爪。
竜拳。
竜爪。
竜拳。
黒い塊の再生が追いつかない。
形が崩れ始める。
『再生速度低下。崩壊閾値接近』
「押し切るのです!」
最後に踏み込み。
全身の流れを一点へ。
「――終わりなのです!!」
竜爪の斬撃が裂き。
直後。
竜拳の衝撃が内部を打ち砕く。
黒い塊が大きく歪み。
――砕けた。
崩壊。
闇が霧のように散る。
静寂。
リカリーネが息を呑む。
「……やった……?」
だが。
次の瞬間。
散った闇の一部が、天井へ吸い寄せられた。
黒い霧が渦を巻き。
天井の石を侵食し。
――突き破る。
轟音。
瓦礫が落ちる。
闇は上へ。
地上へ。
逃げていく。
ナユの目が細くなる。
「……逃げたのです」
『解析結果。本体ではありません』
ミラの声が続く。
『本体は地上、街中央方向に高密度反応を確認』
ヴァイスが短く言う。
「ここは核ではない」
ナユはゆっくり息を吐いた。
「つまり」
小さく拳を握る。
「本番は、これからなのです」
崩れた天井の向こうに、わずかな夜空が見えた。
「今日の記録:最深部の黒い塊を竜言語魔法で撃破しました。ミラの助言どおり再生を越える連続攻撃で崩壊させたのです。でも本体ではなく、闇は天井を抜けて地上へ逃げました。次は街中央へ向かうのです。日報完了!」




