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早朝のダークエルフ



迫り来る母さんの足音に戦慄する。

今の僕は変身を解いており、何処に出しても恥ずかしくないダークエルフ姿。


不味い、マズイ、MA・ZU・I!

誤魔化すと決めた矢先、こげな姿見られたら一巻の終わりじゃ。

とにかく先ずは変身しないと。

だけど今変身を始めても母さん襲来までに完了するのは無理だ…ええい、布団を被れば良か!

僕は大急ぎで全身を隠すように掛け布団をかぶる。

布団の中で今着ている服を脱いでアイテムボックスに放り込み変身の呪文を唱える。

そうしてギリ詠唱が終わった所で勢いよく襖が開かれた。


「響、早く起きなさい。いつまで寝てるの!?」


久しぶりに聞く母さんの怒鳴り声。

思わず布団から出たくなる衝動に駆られるが堪える。

布団の中では変身の最中であり、変身完了にはもう少し時間が掛かる。

一応ニチアサヒーローのように一瞬変身も可能だが、結構痛いのであまりやりたくは無い。

なにより変身中は耐性の無い人が見れば卒倒モノの絵面の為、なんとしても布団の中身を晒すわけにはいかない。

この状況を切り抜ける為に僕は努めて思考を冷静にさせる。

冒険者は冷静さを失ったヤツから死んでいく、時代は『萌えるHEARTでCOOLに戦う冒険者』だ。


「ほらサッサと起きて、朝ご飯食べる!」


そう言って母さんは布団を強引に剥がしにかかった。

当然まだ変身の最中である為、僕は布団を剥がされまいと抵抗する。

以外と母さんの力が強く、此方の力加減をミスれば掛け布団を新調しそうだ。


「んんー!あと5分ン―――!!」


「古典的な台詞言ってないで早く起きなさい!」


少しでも時間稼ぎの為、当たり障りの無い受け答えで対応。

以前教会の禁書庫に忍び込んだときに出会った、謎の怪盗と仲良くなり声帯模写を教わったのだ。

芸は身を助けると言うが、まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。

そうして母との攻防を続け、身体の方を見れば変身行程は8割を過ぎた。

残るはマイパイソンの構築のみ、ここまで来れば大丈夫だろう。

抵抗を緩め、布団から顔を出した。


「わかったよ。起きる、起きるから」


「世話のかかる子だよ、まったく。もう朝ご飯出来てるから…って何?人の顔ジロジロ見て」


「い…いや、何でも無いよ母さん。おはようさん」


久しぶりに見る母さんの顔。

どこにでも居る至って普通の専業主婦で、相変わらずヒョウ柄の服が好きなオバチャン。

当たり前だけど、何も変わらない母さんがそこに居る。

異世界に居た28年間、気が狂いそうになるほど焦がれた、僕の日常を構成していた人物の一人。

僕は貴族対策で培ったポーカーフェイスで必死に平静を装う。

今にも噴出しそうになる感情を押さえ込む為に。

何も知らない母さんは「二度寝するんじゃ無いよ」と僕に釘を刺して台所に戻っていった。


母さんを見送り、徐に僕は立ち上がる。

変身は既に完了しており、箪笥から着替え一式を取り出す。

帰ってきた実感を顔に感じつつ、モソモソと制服に手を通した。


☆★☆★


支度を整えて階段を降りると忙しない音が聞こえてくる。

リビングの扉を開けると、忙しく家事する母さんの他に父さんと姉さんの姿があった。父さんはコーヒー片手に朝のニュースを見て、姉さんはパンを咥えて玄関を飛び出していく。

慌ただしいなぁと思いつつも、久方ぶりの当たり前の光景に少し上がる口角。


定位置に着くと母さんお手製のご機嫌な朝食が用意されていた。

艶々に輝く炊きたての銀シャリ、千切り大根が入った香しい味噌汁、焼きたて半熟のベーコンエッグ。

漂う強烈な匂いが僕の胃袋を激しく刺激する。

異世界には米も味噌も無かったから余計に匂いが堪らない。

久方ぶりに目覚めた僕の中の日本人の本能が「早く喰らえ!」と騒ぎ立てる。

荒れ狂う本能を宥めつつ、ベーコンエッグとご飯を頬張り、すかさず味噌汁を流し込んだ。


『至福』


この一言に尽きる。

トロリとした半熟卵が米と絡み、クドくなった口を爽やかな味噌汁がリセット。

そしてまた米と目玉焼きを頬張る幸せの好循環。時々、程良く浸かった沢庵を囓るのも忘れない。

あぁ…犯罪的だ、美味すぎる。

異世界の料理も美味しかったけど、やはり故郷の味には敵わない。


「おい、どうした響。何か辛いことでもあったのか?」


父さんが心配そうに僕の顔をのぞき込む。

顔に手を添えると、どうやら目から汁が出ていたようだ。

いけない、いけない。


「アハハ…大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪くて引きずっただけだから」


「…そうか、なら良い。でも、どうしても辛くなったら何時でも俺に言え、電話でも良い。人に話せば案外スッキリするもんだ」


それだけ言って父さんは鞄とゴミ袋を持って玄関へと向かう。

頼りないけど頼りになる背中を見送り、残った僕は朝食を再び食べ始めた。

しかし先程よりも箸の進みは遅い。


「辛くなったら何時でも言え…か」


たった一晩で出来てしまった極大の秘密。

肉親といえど簡単に人に明かせれる秘密じゃ無く、出来ることなら墓まで持っていきたい。

でも何らかの理由で話さなきゃいけなくなったときは…


「受け止めて、貰えるかな」


ポツリと呟いた独り言。

誰にも聞かれるわけも無く、母さんが見ている朝ドラのOPに掻き消された。


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