お風呂でダークエルフ
「う゛ぁぁぁぁ…五臓六腑に染みるわぁ。疲れが抜けていく~」
追い炊きした湯船に浸かり、思わず口に出る謎の擬音。
浴槽は少々窮屈だが、綺麗なお湯で身体が温まってく感覚は至福である。
異世界に居たときは基本水浴び、クエスト中は濡れタオル等で身体を拭く程度だったから尚更だ。
一応異世界にも風呂は無いことは無かったが、個人で持っているのは王侯貴族か大店の商人とか。後は街やギルドにある大衆浴場くらいだったが、ルールもへったくれも無いので基本湯船はドロドロで汚い。
疲れが抜けるどころか変な病気になりそうな程で、実際に過去にチ○コがオーク化した奴も居て大騒動になったとかなんとか。
ソレに比べれば謎の縮れ毛が浮いてる程度の残り湯はなんと綺麗なことでしょう。
「おー、浮いてる浮いてる。今更だけど、我ながら結構なサイズだな」
視線を下げれば湯船に浮ぶ褐色のメロンが二つ。
男の時より長く過ごした勝手知ったる己の身体、今更女の乳の一つや二つ見た所で取り乱すことは無い。
テンプレの女体に恥じらう段階は、既に28年前に通り過ぎているのだヨ。
しかし気のせいか以前より少し大きくなったような…うん、気のせいだな(焦)。
「ふぅ…」
一息吐き、なんとなく天井を見上げる。
思えば一週間以上もダンジョンに潜り、最後に銀皇龍の相手は流石に疲れた。
手応えからして銀皇龍は倒すことは出来たと思う。
しかし肝心の角を持ち帰ることが出来なかったので、恐らくクエストは失敗扱いになるだろう。
う~ん、ギルマス始め幹部陣・職員のみんなマジでゴメン。
それと宿屋の女将にも迷惑が掛かるだろうな、借りてる部屋に荷物置きっ放しだし。
他にも思い出すのは街の知り合い、同じギルドに所属するバカ共の顔ぶれ、そして世話になったお師匠。
辛かったり大変な事しか無かった異世界生活だったが、それでも色々な人に支えて貰った28年だったんだなと思う。
あれほど帰りたかったのに、いざ帰ってくればある種の郷愁の念に駆られるとは。
人間ままならないモノだ。
少し感傷に浸り、気持ちを切り替える。
なんであれ帰ってきてしまった以上、自分の今後を考えなきゃいけない。
腕と足を組み頭を捻る。
「家族に、なんて説明しようかね」
最初にして最大の難事である。
異世界転移して、女ダークエルフに変化して、28年冒険者やって、色々あって帰ってきました。
どう考えても頭のおかしいヤツの妄言、問答無用で警察に突き出されて終わりだ。
やはりここは定番の家族しか知り得ない思い出を語ったり、実際に魔法を見せる作戦で行くべきか?
その場合は一応の納得と理解を得られるかも知れないが、その後に家族関係が大きく変化して気まずくなりそう。
いっその事、家を出ようとも考えるが頭を振って却下する。
僕はともかく家族からすれば突然長男が失踪するわけだから、当然警察も絡む大事件に発展する。
なにより母さんは更年期だし、姉さんは就職活動開始の大切な時期だし、父さんは頭部最前線の後退が著しい。
出来れば家族に余計な心配や迷惑は掛けたくは無い。
となると…
「変身魔法で誤魔化すしか無いか」
溜息一つ、僕は立ち上がり呪文を唱える。
淡い光が全身を包み込み、ゆっくりと身体が変化を開始した。
まず身長が低くなり、身体に魔力で構成された肉が付いていく。
髪は短くなって銀から黒に染まっていき、最後に股間に男の象徴が生えてハイ完成。
何と言うことでしょう。
ダークエルフのお姉さんが気弱そうな小太り男子に大変身。
しかも唯の模倣では無く職人の気遣いにより、嘗てのデリンジャーは立派なパイファー・ツェリスカへと生まれ変わりました。
嘗て偉い人は言っていました。デカさは強さだと、デカいのは偉大なのだと。
ぶらーん…ぶらーん…べちぃ
「うん…邪魔。少し欲張りすぎた」
流石に穂先が脛まで届くのは盛りすぎだった。
過ぎたるは尚及ばざるが如し、少し控えめにパイソンに変更。
匠の技で常識的な範囲の巨根に仕上げ直しました。
少々トラブルは有ったモノの無事に変身を終えた僕は腕や足を回して可動域の確認をする。
「とりあえず、こんなもんかな。我慢できなくは無いけど、やっぱり窮屈だな」
今使っている変身魔法は見た目を変化させる魔法だ。
常時展開型なので常に魔力を消費するが、時間当たりの消費量は少なめなので然程問題にはならない。
しかし自身よりも小さい対象に変身すると窮屈になるのが少々煩わしい。
例えるなら一つか二つサイズが下の服を着ている感じだ、我慢できなくは無いが窮屈なことには変りは無い。
それでも始めて変身魔法を知ったときは、擬似的にでも元に戻れると歓喜したモノだ。
直ぐにコレじゃない感に襲われたが。
一通り確認を済ませた後は風呂を出て身体を拭いていく。
本当なら湯上がりなのでキンキンに冷えたエールをグイッとしたい所だが流石に今は自重しよう。
「でも少しだけ、ワンチャン一杯だけなら…」
…やっぱり止めよう。歯止めがきかなくなりそうだ。
それに今は酔っ払っている場合では無い。
誤魔化すと決めた以上、28年のブランクを少しでも取り戻さないといけないのだから。
「先ずは…世間の常識から始めますか」
新しい寝間着に身を包み僕は自室へと戻った。