20.迷惑な系譜
この国の王太子と別れ、あてがわれた部屋に戻ると、既にバカが戻って来ていた。
一人前に打ちひしがれて。
「お姫様は、来ないと言ったんだな?」
「…もう『姫』ではないそうです」
「成程」
洒落た言い回しだ。
思ったより頭の回る姫だったらしい。
惜しいことをしたかもな――…いやまだ分からないか。
「それで? お前はどうするつもりだ」
「…え、私ですか? 私には…もう」
子供だと思っていた庇護者が、成長した姿は美しかった。
自分が好かれていると知り、後先も考えずに抱いた。
子が出来ていないなら、一貴族の夫人になるより、隣国の王妃になる方が幸せだろうと身を引いた。
全てを忘れる為の旅の途中で、婚約者には既に愛人がいる事を知って憤慨し、『姫を助けられるかもしれませんよ?』と、誘われるままザミアの貴族についてきた。
行動力のあるバカというのは、甚だ有害だと、ルカスは深く思った。
『珍客が舞い込んできた』
と、配下の貴族から、ルカスが連絡を受けたのは半年前だ。
ルカスは日頃から、国境付近には目端の効く者を配置している。
外交の使者にも、大抵ルカスの息がかかった者が混じっていた。
ルカスの兄が即位した頃、ザミアの財政と、外交状況は最悪だった。
国の内側では、隣の大国、フィカスに負けた傷がようやく癒えて来たものの、外側に友好的な国は一つもなく、むしろ全面敵のようなものだった。
父王の暴虐によって、国が腐り果てるのを見過ごせず、ルカスは兄に手を貸し、王位を簒奪した。
王位に就いた兄は、父のように女色には溺れなかったが、外交に関しての意識は、それまでの王とあまり変わらなかった。
だから、ルカスは少しずつ、戦でなく小競り合いで済むように、小競り合いは話し合いで済ませるように手を回していった。
すると、当たり前のように国庫が潤ってきた。
元よりザミアは豊富な水源に恵まれた平原で、穀倉地帯が多い。
普通に暮らしていれば、富む国なのだ。
それを驕った代々の王が、他国を見下し、侵害しなければ。
余剰の富の存在を王に知られれば、また他国に戦を仕掛け始めるのは必至だった。
幸い、財務を司る官僚府はルカスの味方だった。
ルカスは彼らを支援する一方で、自らの評判を落としていった。
少しでも王やその周りの貴族に、彼が為そうとしていることを疑われないように、自らを酒や女に溺れる享楽的な男として演出した。
兄弟の父王がそのような男であったので、その血を引いているなら仕方ない…と皆すんなりと納得した。
幸か不幸か、ルカスは正妻を病で失っていたので、女性を近づけることを誰も咎めたりはしなかった。
だが、王はある日、既に婚約者のいるアデニアの王女を、嫁に取れとルカスに命令した。
「私には、幼女趣味はありません」
「分かっている。形だけだ」
呆れたように首を振る弟へ、どうでもよさげに、兄王は告げた。
まぁ嫌がらせだろうな、とルカスは思ったが、やはり嫌がらせだった。
勝手に、ルカスの名を使って出された求婚状には、当然の答えが返って来た。
そして、単なる『嫌がらせ』も、アデニアは恐怖に感じたのだろう。
王女の結婚が早まったと、知らせが入った。
まだ自らの影響力が大きいと知った、王は喜んだが、アデニアが姫君の持参金に、魔石が採れる鉱山の『採掘権』を含めたと聞き、激怒した。
「あれはそもそも、ザミアの物なのだ!」
ザミアとアデニアは、元は一つの国だった。
5、600年前、この辺りを治めていた王が二人の息子に、『山か大地かを選べ』といい、先に大地を選んだ兄がザミアを作り、残った山をもらった弟がアデニアを作ったという伝説が残っている。
それがなぜ『アデニアの山はザミアの物』になるのか?
一番問いたいのはアデニアだと思うが、現王だけでなく、それまでのザミアの王も、折あれば主張していたので、もはやどちらの国の民も聞きなれている話だ。
(おそらく、ザミアとアデニアは今でも一つの国で…その主導権はザミアにあるという、身勝手極まりない思い込みによるものだろう)
ザミアの豊富な水源は、一つは国の南北を切るように流れる大河ロサ、もう一つはアデニアの山から流れてくる水だった。
ザミアが山側を選んでいたら、その水を止めるか、毒でも流しかねないので、(どちらの国の民も)皆、『山がザミアの物でなく良かった』と思うまでがセットの妄言であった。
(それを思えば、あの騎士擬が、己の事しか考えぬザミア王家の血を引いているというのも、案外真実かもしれぬな)
配下の貴族により、ルカスと引き合わされたセドリックは、一見、まともな騎士に見えたが、話を聞けば聞くほど、『頭がおかしい』と思わざるを得なかった。
『幼き頃より姫は私を慕ってくれて…』
『いや今でもきっと…』
『もしかしたら待ってくれているかも…』
長い間の信頼を裏切り、自分勝手に近衛を辞めた男を、誰がいつまでも想うのか。
しかも、酒に弱い自白剤を入れ聞いたところでは、姫に乱暴まで働いていたという。
ソレを知った時点で、セドリックを斬り捨て河に投げなかったのは、ルカスのエルベ行きが決まったからだ。
兄王からは『鉱山を取り戻してこい』のみで、既に事の始まりを忘れているようだった。
自分がかき回した縁談のことなど、まるで頭にないのだろう。
ルカスはため息を一つ吐いて、策を巡らせることにした。
己の野望と、ほんの少しだけ『アデニアの姫』の身を案じて。
…影響力が大きい=迷惑度が大きいですねー
…ルカスさんは身内に恵まれてません。
…誤字脱字(多いです…)は、全部終わってから修正しようと思ってたのですが、国の名前が間違ってたのはちょっと放置できなかったので、一部修正しました<(_ _)>




